①オウム事件から23年~娘たちが見た父・麻原彰晃

1995年3月20日に起きた地下鉄サリン事件から23年の時が流れた。事件が起きたとき、筆者は霞が関にある東京地裁の記者クラブで勤務していた。車での朝駆け取材(検事の自宅近くで朝、待ち伏せ取材すること)をしていたため、事件に巻き込まれることはなかった。だが、現場に駆けつけた時のあの混乱と恐怖はいまでも脳裏に鮮明に残っている。オウム事件とは何だったのか。本当にすべてが明らかになったと言えるのか。死刑執行の準備が進む中、もう一度問い直してみたい。(本稿は3回連載します)

3月20日、事件で夫を失った高橋シズエさんに記者が「刑の執行についてはどのように考えるか」と問うと、高橋さんはやや厳しい表情でこう答えた。

「法にしたがって粛々と進めていただきたい」

今月14日にはオウム死刑囚13人のうち、7人が別の拘置所に移送され、死刑執行の準備は進んでいる。

だが、公判中から意味不明の言動を繰り返してきた麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の執行をめぐっては、ある問題が指摘されている。それは刑事訴訟法のこの規定だ。

<死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは,法務大臣の命令によって執行を停止する>(刑事訴訟法479条)

いま、松本死刑囚はどんな精神状態にあるのだろうか。

2月、東京の小菅駅で会った二人の女性。姉の松本宇未(うみ)さん、と、妹の麗華(りか)さん。松本智津夫死刑囚の次女と三女だ。

麗華さんはかつて教団で「アーチャリー正大師」と呼ばれた。
地下鉄サリン事件の当時11歳だった。

姉妹が向かったのは東京拘置所。獄中の父親と面会するためだ。

私)もしお父さんに会えたら、何を聴きたいですか?
麗華)父に会えたら、やっぱり、事件のこと聞きたいですね。

面会受付に向かった二人はわずか十五分ほどで出てきた。

私)どうでしたか?
麗華)会えませんでした。
私)(面会受付は)どういう答えだった?
麗華)10分くらい待たされてから、初老の刑務官のかたがいらっしゃって。
宇未)呼びかけても出てこないとおっしゃって。
私)毎回同じ反応?
麗華)そうですね。最近は5分たたないくらいで。3分くらいでもどってこ
られて、(手で×印)とかって終わってしなうこともありますし。

意味不明の英語、ひとりごと、居眠り・・・・。松本死刑囚が裁判中に見せたこうした異常な言動は「詐病」つまり病気のふり、と見なされてきた。

松本死刑囚の娘たちですら、2004年に始めて面会するまで「詐病」だと思っていたと言う。麗華さんは最初の面会時のことをこう語る。

「たぶん会話できるだろうと、お父さんが何か反応してくれるだろうと、大きい期待をしていって。私は勉強嫌いで、父によく勉強しろって怒られていたので、「嫌いな勉強して大学に通っているんだよ」って、話したんですが、何の反応もなくて。でも信じたくなくて。『病気じゃない。父はすごいから詐病がこんなにうまくなっている』とおもって・・・」(麗華)

姉の宇未さんも同様だった。

「そのときは詐病だという風に私自身が信じていたので、父からこっそり合図があるんじゃないかと一生懸命、父の姿を見ていたのですが、そういうのなくて・・・」(宇未)

松本姉妹は、松本死刑囚との面会の様子をノートに記していた。そこには姉の宇未さんが描いたスケッチがあった。

これが獄中の松本死刑囚だ。
車いすに乗り、オムツをつけていた。髪は短く、髭はない。逮捕前とはまるで別人だ。話しかけても返事はなく、始終、相槌をうつような「ブンブン」という唸り声を発していた。それは姉妹が話をやめても続いたという。

さらに、ノートには面会中の松本死刑囚の奇妙な行動が書かれている。

<手のひらでまたをさすりだし、どきっとする。どうしよう。
すぐおわってほっとする。
今日はよく笑っていた。
こちらからできるだけはなしかけた。
途中泣いてしまった>

宇未さんが記憶をもとに色つきの絵を描いた。

土気色の肌。顔や首、手の皮がむけ、赤いあざが広がっていたという。顔のいたるところに水ぶくれ。頭髪は白く、なぜか、前頭部は丸くはげていたという。

麗華)左目の眼球がなくて、右目も灰色の濁った感じ。
私)昔は眼球は?
麗華)義眼だったみたいです。
麗華)歯もいっぱい抜けてて。その当時、父はまだ50そこそこで、若かったのですが、もうおじいちゃんという感じで、面影がなかったです。
宇未)魂の抜け殻みたいな感じで、ちょっと人間に見えないというか、むしろ人形のように見える感じで、表情も普通の人が作れるものと違いますし。

面会中に異変が起きたことも・・・。

麗華)拘禁反応によくあるらしいのですが、こういうふうに(右手で左腕を摩る動作)ずっと面会中、30分やっているとか。
宇未)けいれん起こして白目むいちゃうこともありました。
麗華)電気ショック起こしたみたいに、がががって(上体をのけぞる)やって、戻るとか。

これがそのときのスケッチだ。

一審の死刑判決後、弁護側が依頼した6人の精神科医は松本死刑囚について
「拘禁反応で意思疎通をはかれず訴訟能力はない」との意見書を出した。
しかし東京高裁が依頼した精神科医は訴訟能力を認定。専門家の意見が割れる中、東京高裁は2006年、控訴を棄却、二審の審理に入る前に死刑が確定する異例の結末となった。

その二年後の2008年、最後の面会ノート。松本死刑囚は車いすに座って足を組んでいる。
(以下、松本姉妹のノートより)

両手をすりあわせながら笑う。
「きょうはご機嫌がよろしいようですね。何か嬉しいことでもありましたか」
黙っている。
ハナをすんとすすり上げたので
「かぜをひいてらっしゃるのですか」
「腕が赤いですが、かぶれでもしたのですか」
黙ったまま。

今の父に意思表示などでできるわけがない。何がどうなっているのか
はわからないが、会えればいい。会いたい。

(松本姉妹の面会ノートより)

結局、4年間の面会中、会話は一度も成立しなかった。この日から十年間、松本姉妹は200回以上、拘置所に通い続けているが、面会は実現していないという。

「10年、外部の人が見られないのは異常なことだと思うので、是非見せて欲しい。面会室につれてくるのが無理なら、父は病舎にいるといわれているが、そこから覗くだけでもいいので、父を見せて欲しい」(麗華)
                          (第二回へ続く)

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竹内明

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