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本州一周TT2019参戦記

『 自転車で 9日間以内に 本州を 一周する 』

 ………初めて本州一周TTのことを知ったとき、それはもう理解不能なフレーズでした。その存在を認知したのは2017年の第3回で、ちょうど私が大阪東京キャノボに初挑戦してDNFした頃です。当時エクストリームライドといえばキャノボぐらいしか知らなかった私は、そのGWで繰り広げられた本州一周TTやBAJ2400に圧倒されました。特に本州一周TTは、ふぃりっぷさんとチャリモさん、そしてファットを駆るなるさんが見事達成、NAOさんも10日間で完走を果たし大いに盛り上がりました。
 すごいな。憧れるな。…と思う反面、俺には無理だ。実力も、経験も、巨額の投資に値する熱意もないと、別の世界のことのように思っていました。しかし心の変化は唐突に訪れます。昨年のGWに第4回の本州一周TT企画に乗じる形で東京青森キャノボに挑戦したことがきっかけで、関係者限定の打ち上げにお呼ばれされました。いろいろな意味で"濃い"人の集まりです。宴は大いに盛り上がりました。私の打ち立てたR4キャノボの記録もすごく讃えて頂けて恐縮でした(R4キャノボ28時間の記録は本州一周TTメンバーからの評価が他のサイクリストよりもかなり高いです)。私のことはさておき、宴の話題の中心はもちろん本州一周TTです。「回数こなしてくるとまたあのコンビニかとかなるよね(某Nさん)」とか「盛岡以北の4号はいつ通ってもクソ(某Zさん)」とか「オフロード嫌いなんですよ(某Fさん)」とか、面白おかしいお話を聞くことができました。尋常じゃない状況下での想像を絶するライドなわけですが、それでも皆さん生き生きと語らっています。辛かった思い出話なのに楽しそうです。
 そのとき思ったのです。これが"走り遂げた者たち"の世界なのか……と。この世にはまだ見ぬ世界がある。彼らは皆それを見てきたんだ。
 俺は?R4キャノボのてっぺんまで行くことはできたけれど、それまでだ。本州一周TTとは比べ物にならない。
 羨ましい。俺も"そちら側"へ昇りたい。同じ世界を見て、その上で同じ飯を食いたい。
 ――気がつけばその宴席で「来年は本州一周TTやります」と宣言していました。きっかけはこんなことでしたが、男に二言はありません。決意は固まり、本番に向けての準備が始まりました。

◆準備
 準備の話は山ほどありますが、詳細は書くのが大変なので割愛しますごめんなさい。とりあえず要点だけ書きます。
 マシンは3月にオーバーホール。コンポはカンパ12速RECORDになってギアレシオがワイドに。リアホイールは飛び道具のアマンダロコモティフディスク。ハンドル周りはアピデュラレーシングハンドルバッグに合わせて一新。積載量や利便性を向上。消耗品類はほぼ全て新品に。反射材も増設。荷物はチューブラータイヤ2本やチェーンやブレーキシュー等のスペアパーツに、雨具、ホテルで使う充電機器や軟膏等の医薬品。宿泊用具はひとつのタッパにまとめ、タッパの蓋にはホテルでのTODOリストを貼り付けました。時期的に入手し辛くなるカイロも忘れず。ホテルは決め打ちで前もって全部予約。走行中の目標ペースはグロス20.5~21.5km/hぐらいで、ホテル滞在時間は5時間を想定。日が落ちて間もなくぐらいにホテルに入って、日付変更前後ぐらいにチェックアウトする感じで組み立て、行程表はスマホのロック画面にしました。大雑把なところとしてはこのぐらいでしょうか。

◆前日譚
 本州一周TTは前日から始まっていると言っても過言ではありません。仕事峠や財政峠や家族峠……個々人にはいろいろな事情があります。幸いにも私は独身なので家族峠はほぼ平坦で、財政については見て見ぬふりをしつつ、目下のところは仕事でした。当初は午後半休を取って仮眠に充てようと思っていたのですが、GW突入直前の24~26日の3日間に資格試験の講習が入ってしまい、それは叶いませんでした。しかし逆にそれは3日間安定して家に帰れるということに気がつき、家に帰ってすぐ寝るという練習に費やせました。
 ……まあ、結局当日うまく寝付けませんでしたけどね!!

◆初日
 仮眠から目を覚ます。寝付きは悪かったけど、とりあえず眠くはない。きっと大丈夫。夕飯を摂って、風呂で体温を上げる。身支度を整えて忘れ物チェックを済ませ、そそくさとスタート地点の舞子公園へ向かう。雨は降っていないけど、雨雲レーダーを見ると姫路の辺りに雨雲が待ち受けている。降られるのは1時間後ぐらいだろうか……?


 00:00に信号も青になり、ぴったりスタート。とりあえず普通に進みます。本州一周のコツは日常感だと誰かが言っていました。これは非日常じゃないんだ日常なんだと自己暗示しながら急がず焦らず怠けず腐らず進みます。
 7km地点の西明石で雨が降り始めました。悪態をつきながらレインジャケットを着込みます。雨量は体感で0~2mmほどで強弱あり。厄介ですが、水たまりを作るほどではなく、気温も6℃がボトムだったのでしんどいというほどではありませんでした。3週間前に試走したときは最低3℃まで下がっていたので、むしろ比較的好条件です。
 岡山市街で日の出を迎え、倉敷まで進むと空が晴れました。良い傾向だと思っていたら、ここで参加メンバーであるしばいぬさんが高齢者ドライバーに撥ねられたという悲しいお知らせを目にする。池袋で大きい事故があったばかりだし、冬にもランドヌールが犠牲になっていますし、私も最近通勤中にヒヤリハットをやらかされたばかりで、頭の痛い問題です。いろいろな意見があると思いますが、とにかく現状は変えてもらわないと危なすぎると思います。しばいぬさんは大きな怪我は無かったようですが、その後岡崎で大事をとってDNFされていました。お大事に……。
 順調に進めていった私のほうは、笠岡の辺りから北北西の風が強くなり始めたのを感じます。風はこの日ずっとこの調子で、進路がやや北になると進みが鈍く、南になると進みやすく感じました。風収支は微妙に赤字でしたが、広島スタートで9号を北上し始めた高峰ひなたさんと比べるとはるかにマシです。
 尾道のちょい手前の200km地点が最初のコンビニストップ。コンビニではその場で食べる用のツナマヨおにぎりと適当な菓子パン、車載用に水とウイダーとスティックパンを買います。さらにここにバナナを加えるかどうかがコンビニでの購入物のテンプレになりました。いままではスティックパンはフレームバッグに突っ込んでいたのですが、今回フレームバッグは満杯。でもハンドルバッグのポケットにジャストフィット。これがうまく機能する。走りながらスナック菓子をつまむような感覚で、片手でパンをもぐもぐ補給できる。空になったらそのままゴミ箱としてのスペースに。超便利。


 広島県を走りながら気がつく。福山市街と広島市街の2号線の一部区間(福山市は府中分かれ交差点~西桜町1丁目(東)交差点、広島市は出汐町交差点~広島市役所前交差点まで)が車道のみ自転車進入禁止になっている。迂回路を策定する余裕は無いので、歩道をトボトボ転がす。過去にチャリンカスがなにかやらかしたのだろうか?嘆かわしいことだ。
 広島市のコンビニでお昼ごはんを、山口県下松市のコンビニでおやつを済ませ、新山口駅へ。新山口駅近くの踏切を渡ろうとしたら、SL山口の客車をDD51がゆっくり牽引しているせいで踏切で長時間足止めされてしまった。正直じれったかった。

通過チェックの写真を撮り、9号線に乗って湯田温泉の宿を目指す。チェックインの前に最寄りのローソンに入り、ビタミンやたんぱく質に脂質を補給しようとサラダや牛乳等いろいろ買い込む。この日の食費は約3300円だ。平日は一日1000円の食費で生活してる貧乏人には震えあがる金額である。それでも今は目をつぶろう。走行距離は433km。
 泊まったホテルは『ステイズイン山口湯田』。チェックインは20時半の計画でしたが到着時刻は18時半で2時間前倒し。おいしいです。計画だと滞在時間は次の養父のホテルの都合もあって4時間しかいられないことになっていたので、稼いだ2時間のうち1時間を滞在時間延長に充て、残り1時間はそのままバッファにします。自転車は室内は駄目だけどフロントならOKとのことで、宿泊セットと要充電アイテムだけ取って客室へ。ホテルでのTODOリストは次の通り。
 充電→着替え→シャワー→アイシング→洗濯(パッド手洗いするだけ)→食事→歯磨き→軟膏・ネオパ塗り→ボトルの飲み口洗い→就寝→起床→プロテクトJ1・日焼け止め塗り→トイレ→着替え→片付け→チェックアウト→パッキング
 となっている。慌ただしくて大変だったけど、ぶっつけ本番でも何とかなった。

◆2日目
 アラームで眼が覚める。身体が重い。重いけど普通に走る分には大丈夫そうだ。行こう。まだ序盤なんだ。
 チェックアウトしてリスタート。時刻は23:20。時間貯金は1時間と10分だ。今日は440km先の養父まで走る計画。9号線はアップダウンがえげつないらしく、この日が私の本州一周の行程で最長距離かつ最高獲得標高のクイーンステージ。踏ん張りどころだ。予定では22時着だけど、できれば時間貯金は温存するか積み増したいので目標は21時、グロス20.7km/h以上だ。頑張ろう。


 外に出るといきなり寒い。4℃だ。防寒具はしっかり着込んでいるのでとりあえず平気。星が見えないので天気は曇りかな。体調は……左アキレス腱が痛い。かばうためにパワーにリミッターがかかる。あと股間が痛い。とくに前傾姿勢のときに股間が痛むので、得意のDHポジションを長時間維持するのが厳しい。でもとりあえず目標ペースには乗っている。パワーセーブ運転で快復を狙おう。
 気温は1℃まで下がった。暗くて寒いと眠くなる。眠気覚ましにベンチで5分寝転がったのと、道の駅でトイレついでにホットコーヒーで暖を取ったのがちょっとタイムロスだった。


 日本海側に出ても理不尽なアップダウンは終わらない。このクソ9号め。登坂や股の労りでダンシングが多くなったからか膝から嫌なピリピリ感。膝も労わらねばとしばらくパワーセーブしたらこれはいつのまにか治った。この日の朝ご飯コンビニは180km地点の大田。我ながらよくこの距離までストップを引っ張ってきたなと思う。
 出雲に向かって行く途中で、西日本一周中の酔猫庵さんとスライド!向こうから手を上げてアピールしてくれた。嬉しい。
 長かった島根県を離脱し鳥取県へ。海沿いの道に出るとすごい向かい風が!無風だったはずでは…!?昼ご飯でコンビニに入りついでに風予報アプリを見ると、見事に正面から強い向かい風。しかもこの先ずっと、鳥取市を越えて内陸部へ逃れるまでは続くらしい。

 パワーリミッターが効いていてAveパワーは118Wの今、ペースはグロス21km/hをどうにか上回っている状態だけどこの風だとグロス21を下回るのは時間の問題かもしれない……。小康状態で推移するグロスAveに一喜一憂しながらひーこら突き進み、ようやく鳥取市。そして鳥取砂丘を横目に眺めて内陸へ進路を移すと、いままでの風が嘘のように消えて無風に。あと70kmこのペースで頑張ればギリギリオンスケで宿だ!と喜びも束の間で、300m上がったり下がったりのアップダウンが再び待ち受けていた。心は修行僧なので真顔で登り続ける。日が落ちて気温も下がってきた。ループ橋を下る頃には6℃まで下がってきた。レインジャケットを着て暖かくしたいけど、あと10kmなので我慢。そしてようやく目的地の最寄りのファミマに辿り着いたので、またサラダとかいろいろ買い込み、1km弱進んで本日の宿『ピュアホテル』へチェックイン。

 どうにか20時半の目標時刻マイナス30分で辿り着いた。自転車は客室に持ち込めるように新聞紙を用意してくれていたし、室内がすごく綺麗。今回は使わなかったけど共同浴室もあるらしく、ちょっと長居したくなる宿だったが今はそれどころじゃない。やることやって寝よう。明日は計画では3時発、前倒し分があるので1時半にリスタートしよう。そう思ってアラームをセットし、床に就いた………。

◆3日目
 アラームが鳴っていないけど目が覚めた。やった。もしかして前倒し起床かな?
 ………と思ったら全然違った!時刻は4時半!寝坊!約4時間の寝坊!
 必死に積み上げてきた1時間半の貯金が、一晩で2時間半の借金に!
 このディレイを挽回しながら進める?できるかもしれないし、できないかもしれない。それよりも時間の心労を抱えて走りたくない。もし間に合わなかったらどうする。宿を取り直せる?探してる時間なんてある?しかもこの先雨予報だよ?そもそもオンスケじゃないと安比高原は超寒い深夜に通過することになるかもよ?そんな装備で大丈夫?体調だってアキレス腱も左だけじゃなくて右もチリチリし始めてるし、股も痛いよ。敦賀より先まで行くと撤退も大変だよ。それでも、続ける…………?


 ………諦めてしまいました。873kmでリタイアです。目の前が真っ暗になったとはまさにこのことでした。無理を通せば身体の痛みは我慢できましたし、計画の行程は実は8日プランだったので時間の隠し貯金は24時間以上ありました。それでも、スケジュールにない暗闇のその先へ突き進む勇気が私にはありませんでした。


 悔しいですが撤退戦です。舞鶴でリタイアした高峰ひなたさんが朝来まで電車で来られるということで合流しました。彼は山陰で私よりも酷い風の条件下に翻弄されてもなお宿を取り直して頑張っていたようですが、直前の未明に福知山の辺りで気温がマイナス2℃まで下がったことがきっかけでこの先待ち受ける雨予報を乗り切れないと判断したとのことです。私も予定通りリスタートしてたらマイナス2℃だったってことか……。無理だ。たぶん死ぬ。ひなたさんは私のマシンに興味津々の様子で、オーナーとして嬉しくなりましたw
 その後は9号の悪口などで小一時間立ち話で盛り上がり、午後から雨らしいということでお別れさせてもらいました。別れ際にかけられた「またどこかの道で!」というセリフが格好良かったので、そのうち私も使おうと思ったのはここだけの話。
 養父から自宅までは120kmちょっとの道のり。もし本州一周を続行していたら黒部までの380km予定だったので、相当気が楽です。生野からは見知った道なので、あれよあれよという間に自宅。雨もギリギリ回避。奇しくもほぼ1000kmぴったりの行程で、私の本州一周TTは短縮した格好で幕を下ろしました。

◆総括
 以上が私の今回の本州一周TTです。たったの4分の1で終わってしまいました。まだまだ実力不足です。スピードは充分以上にあったと思いますが、足りないものの中でも特にメンタルが足りませんでした。たとえ先が見えなくても、そこに果てしない苦しみや寒さや暑さや逆風や山岳が待ち受けていると分かっていても、何としても頑張るという勇気と覚悟が足りませんでした。このGWを襲った異常な低気温がそもそもの元凶ではありますが、自分の弱さを見つけてしまって失望してしまった節もあります。寝坊ひとつであっさりとスケジュールが瓦解し、それだけで諦めてしまった自分が今は恥ずかしい。
 良かったところもあります。特にマシンは期待通りに仕上がっていたと思います。こいつとならファストロングは無敵です。乗り手である自分はこいつにふさわしくあるよう精進せねばと思い直しました。

 まだ見ぬ世界を見るために、もっと頑張ります。
 応援して頂いた皆様、ありがとうございました。  了

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