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黄金色に逆らえない。

駅。

俺は駅が好きだ。鉄道マニアというわけではないが。

街と街をつなぐポータルのような存在が、何だか魅力的に思える。

田舎の閑散とした駅も趣があって好きだし、都会の人や物にあふれた駅も賑やかで好きだ。

俺は今福岡に住んでおり、博多駅をよく利用する。

最寄りというわけではないが、駅の周りに様々な店が密集していて便利なのだ。

非常に大きくて、賑やかな駅だ。

ある日野暮用でその博多駅へ行った。

用事を済ませてあてもなく駅の中をふらついてみると、一軒の土産物屋が目に入った。

観光地によくあるご当地キーホルダーやご当地お菓子、ちょっとした玩具などを扱っているよくある土産物屋だ。

こういう店があると何か素敵なものがある気がして、つい誘蛾灯に誘われる虫のようにフラフラと吸い寄せられてしまう。

そして俺は素敵なものを見つけた。

黄金の一万円札だ。値段はなんと驚きの300円。

これが何なんだかはわからない。

なんでこんなもん作って、なんで売ろうと思ったのか全くわからない。

一万円札が黄金だからって、なんなんだよ。

だが、これは素敵なものだ。こんなに素敵なものが世の中にはまだあるのだ。

かつて中世の船乗りが黄金の国ジパングを探し求めたように、またはゴールドラッシュを夢見たかつてのアメリカ人たちのように、いつの時代も黄金色は人々を魅了してやまない。

もちろんそれは現代の博多駅の土産物屋でも変わらない。黄金色には逆らいがたい魅力がある。そして俺も逆らえなかった。それだけのことだ。

封を開けてみよう。

福沢諭吉が輝いている。

俺は福沢諭吉を黄金に輝かせようなんて考えたこともなかった。

きっと福沢諭吉にはまだ俺が気がついてない可能性が秘められているのだろう。

裏はこうだ。翼を広げた鳳凰が神々しく輝いている。

しっくりきすぎて、もともと一万円札の裏は黄金色だったのではないかという気さえしてくる。


黄金色の一万円札。

買ったけど、本当に要らない。

しかし要らないものほどなんだか魅力的に思える。そんなことはないだろうか。

要らないものの中にこそ、本当に素敵なものはある。そんなことはないだろうか。

これは本当に要らないけど。

買ったけど。300円で。

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