名称未設定

祖父がやたら生き物を殺す手記

 俺には尊敬する人がたくさんいる。その一人が数年前に他界した祖父だ。

 小さい頃はよく遊んでもらったし色々なことを教えてくれた。それによくふざける面白い祖父だった。

 さて、「終活」なんて言葉がある。自分の死に備えてあれこれ生前に支度するというような意味だ。

 俺が生まれた時からすでに(あるいはそれ以前から)「もう死ぬ、死ぬ」と言い続けてきた祖父の終活は完璧なものだった。

 具体的には自分が死んだ後に遺族がやることの完璧な手順書を一冊のノートにまとめあげてくれていた。連絡先の一覧、手続きの順番、必要なほぼ全てをなにも考えずにノート通りに行動すれば良いようにしてくれていた。

 さらに自分の葬儀で流してほしいと死ぬ前に残していた音声では自分の人生を振り返って語り聞かせながら葬儀にきていた人間をゲラゲラ笑わせていた。

 死ぬときはこんな風に死にたい、と思わせてくれた。誤解を恐れずに言うならば、祖父のことは死の手本として尊敬している。


 そんな祖父が生前残した手記が最近見つかった。この内容が、なんかすごかった。自身の子供の頃の出来事を振り返った、誰に当てたものでもない、独白のような文。おまけに途中で途切れている。それを孫である俺が勝手にネットに公開して良いものかどうかと少し悩みはしたが、する。面白いし、なんせ孫だから。

 載せちゃまずそうなところや個人名は伏せる。あと、わかりにくいところは孫による註釈を入れる。(註:)みたいな感じで入れる。

(※生き物が死にまくるし、読む人によっては気分を害するかもしれませんので苦手な人は注意してください。読むのをやめて可愛い猫の動画とか見に行ってください)

   ゴメンナサイ

何時の頃からか 私は足が熱くて苦しんだ 特に夜はなかなか寝つかれず 洗面器に水を入れ それに足を入れて やっと眠る始末であった 冷蔵庫がきてからは 氷をタオルで包み足に巻きつけて寝る日が続いた
長い間 十年以上も苦しんでから 何か原因があるのではないかと考え始めた
或いは「たたり」とか いろいろ考えている内に ふと思い出したことがあった

それは 小学1,2年の頃かと思うが 近くの溝にいた蟹を捕らえ 空き缶に入れて 小石で「くど」(註:かまどみたいなの)を作り その上に缶を乗せ、下から火をつけるのである
間もなく蟹の足は一本一本ずつはずれて やがて胴だけになり その頃になると独特な匂いが鼻をつくのだ
そこに今度はまた空き缶で水を汲んできて注ぐと ジューッと音がして この儀式は終わるのだ

思えば残酷な遊びであり 暗い性格だと思う そんなことを何回かしたことを思い出した
これがたたっているのではないかと考えはじめた 娘に話したら「私の足が焼けるのも じゃ、お父さんのせいよ いやねェー」と言いだした

私の残酷の犠牲にあったのは蟹だけではなく 鶏は日常茶飯で、兎、猫、犬、豚、カラス、カエル、鳩等々 

子供の頃 父が青年学校(註:昔そういうのがあった)から持って帰っていた 教練用の銃があった
父のいない日 その銃に空砲の弾をつけ 銃口から空気銃の玉をパラパラと20粒くらい入れて裏山に登った
何かないかと探している時 カラスがみつかった
まさか 当たることはないだろう 弾も出ないだろうと思っていたが 引き金を引いた
音は予想よりも大きかったが カラスは落ちなかった と思いきや やがて 落ちたのだ
急いで走って行ってみた そばに行ってみると 黒いのは仕方がないが 黒光りしていて気持ちが悪いのだ
でも せっかく落ちたので拾ったが まだ少し生きていた
ますます気持ちが悪くなったが それでも持ち帰り 母に見られないよう裏に隠しておいた

夕方になって 母が私のところに来た
「誰かカラスを譲ってくれて 言うてきとんなはるバッテン(註:「誰かがカラスを譲ってくれと言ってきているけど」の意)」と怪訝な顔をして言った
その時 おばさんが私のところまで走ってきて「坊ちゃん 薬にしますけん わけてください」と頭を下げた
私は「ウン」と言って かくしていたカラスを渡した
一瞬 大義名分ができたようでほっとした
母にもしかられずに済んだし 父にも内緒にしてくれた

魚の料理、鶏の料理、兎、食用ガエル、台湾ドジョウなどの食べ方は父に教えられた
勉強のできない私に ひょっとすると そんなん技術を仕込んでくれたのかも……

その頃 猫も数え切れないくらい 家の前の松の露と消えた……

農林学校の屠殺の実習があった 豚である
教師が説明をした 合図で四本の足をそれぞれのロープで滑車を使って逆さにつり上げ 一人がハンマーで眉間を一撃し その瞬間専用の刃物で 喉をL字型に かき切るとのこと
ところが このかき切る希望者がないので 私が名乗り出た それじゃ……ということで開始されたが 豚の悲鳴を聞いたとたん 私の手はブルブルふるえ出したのだ
でも でも 50人が見ているので、今更やめられない 私はもう一思いにやった

血が噴出し 私の腕や胸が真っ赤になった
教師は 用意してあったタライを血がこぼれないようにすえた
この血は「ぬか」にまぜて 鶏の餌にするとのことであった


 残念ながら手記はここで途絶えている。どこかに続きがあるのか、ここで書くのをやめてしまったのかはわからない。

 この手記を公開したかったのは倫理的な話をしたかったからだとか、命についての話をしたかったからではない。ただめちゃめちゃ面白いなと思ったから共有したかった。身内贔屓かもしれないがめちゃめちゃ面白い。もし続きが発見されたら紹介したい。

 カラスを引き取ったおばさん、カラスをどう薬にするつもりだったんだろう。祖父は猫や鶏には具体的に何をしていたのか聞きたいような聞きたくないような。他にも気になることだらけだ。

 直接聞けばよかった、もっと祖父と話をしておけばよかったと後悔しても遅い。今後、死にそうな人の話を聞く機会があったら大事にしたい。

 それに何より人間いつ死ぬかわからない。俺も残しておいたほうが面白がってもらえそうなエピソードはジャンジャン残しておきたい。みんなも出し惜しみするな。残せ。

切実にお金が欲しいのでよかったらサポートお願いします。