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父の背中

民放ドラマの時代はもう終わりなのか。配信コンテンツに舵を奪われていくのか。そんな風に思い始めていた矢先に出会った得体の知れないドラマ『VIVANT』。この3ヶ月、まさしく『大きな渦』に巻き込まれていった。



「弾を込めない男」

8話「本当に裏切ったのなら私の目の前で殺せ」と黒須殺害を乃木に命ずるが、渡した拳銃の中身は空。
10話の元指令官への復讐に使用した拳銃の中も空。

ベキは心底「仲間への裏切り」と「血が流れる」こと嫌う男だった。

乃木がいくらDNA判定で血の繋がった息子だと証明されても、仲間を裏切る者ならば心を許すことはなかった。

そこにはベキなりの信念がある。

公安の仲間から裏切られ、家族を失ったベキ。
「裏切り」は「悲劇」や「憎悪」を生み、多くの血が流れることを誰よりも知っている。そんなベキだからこそ譲れない信念だったのであろう。

そもそも黒須を最後まで生かしておくと決めたのもベキのはず。一流の別班員である黒須が命を狙ってくる可能性もゼロとは言えない。にも関わらず黒須に手を掛けることはなかったのだ。

さらにアリの家族フェイク殺し動画を見た一言目が「辛かっただろうな、アリ」という言葉だった。最終的に別班に知恵を貸したアリを咎めることもなく、アリを労わる言葉が真っ先に出てきたのだ。ベキとはこういう男なのだ。

このベキの「信念」こそ最終話、例のラストシーン考察に繋がるひとつのピースとなる。

テントという組織

ベキの信念にも繋がる話だが、テントという組織は「悪」なのか。わたしにはその判別を付けることはできない。「悪」だと言う人も居ていいし、「正義」だと言う人が居てもいい気がする。

「テロ」や「殺人」を認めているわけではない。どんな理由があれそこには犠牲があり、悲しみが生まれる。だがしかし、救われる人がいるのもまた事実だ。

あなたにとって正義はヒーローでなくていい、悪が正義であってもいいのだ。

チンギスはテント出身者であり、過去に経済格差が齎す辛さを嫌というほど見てきた。今、ワニズが指導権を握れば自分と同じように施設に通う子供たちが路頭に迷ってしまう。そうならないために、テントがテロで得た資金をムルーデルにマネーロータリングしている事実を揉み消すことをキメル法務大臣に頼み決定した。揉み消すという行為は「悪」と呼ばれる行為かもしれない。だが、チンギスの行動を「悪」だと呼ぶ人は少ないだろう。時にはよくない方法を使ってでも守り抜くことがあることをVIVANTはしっかり描いてくれた。それがうれしかった。

乃木憂助という男

乃木憂助という男を一言で語るには危うさがある。

ズバ抜けた才能、父親に会いたいという幼さ、日本に脅威を向ける者には手段を選ばない潔さ。そのどれもが乃木憂助である。

そして、「愛」を知らない男だった。

最終話で最も印象的なシーンがある。

「お父さんあなたに会うまで本当は不安でいっぱいでした。僕のことを覚えてくれているだろうか、会っても何も感じないんじゃないか。僕のこと愛してくれないんじゃないかって」

時間は記憶の色を変える。

記憶の中の優しさや温かさは昨日のことのように思い出せても、そのままでは居てくれない。

とても怖かったはず。父は今や世界のお尋ね者のリーダー。会いたい気持ちと会いたくない気持ちが交差していただろう。乃木の涙に溢れる苦しさが伝わってきて一緒に泣いてしまった。よかった、本当によかった。テントの秘密を知らないまま出会っていたら何も答え合わせができないまま乃木はベキを殺していたかもしれない。ノコルとも兄弟になれなかったかもしれない。

親子の運命を救ったのは奇跡の子、ジャミーン。
だが、ジャミーンの父を救ったのはベキであり、ジャミーンが生きているのも乃木のおかけでもある。
ふたりの行動が巡りに巡って自らの運命を変化させたのだ。
乃木とベキはとても似ている、ふたりとも曲げられない『信念』があるのだ。

VIVANT

最終話、新たな謎が生まれようとしていた。
ベキは生きているのか

わたし個人としては生きていても、亡くなっていても美しい幕引きでありどちらでも良いという気持ちもあるが、ここでは敢えてどちらなのか言及していく。

冒頭の「弾を込めない男」でベキは「仲間の裏切り」と「血が流れる」ことを嫌う男だと紹介した。

ベキの最終目的は『個人的な復讐』だ。だが、復讐とは相手を殺すこととは誰も言っていない。さらにベキ、パトラカ、ピヨの銃には弾が入っていなかった。そして、憂助が止めにくることも知っていた。このままでは無防備なバトラカ、ピヨは乃木に殺される可能性がある。
個人的な復讐のためにベキが仲間の二人を巻き込むとは到底思えない。乃木が復讐を"止めてくれる"のを信じていたはずだ。

そして、乃木の『信念』は
『日本に脅威を向ける者には手段を選ばず』であり、
イコール『大切な存在を守る』ことだ。

ベキたち三人の銃には弾が込められていない。これは乃木がアリにしてみせたようにフェイク。さらに乃木はノコルに対し、「皇天親無く惟徳を是輔く」と伝える。乃木にとってベキは『徳のある人』ということだ。そんな人物を弟のノコルに遺骨も渡さず煤になるまで燃やすとは思えない。

ここまでVIVANTはキャラクターがブレることなく描かれてきた。そして、乃木が難しい言葉を伝えるときはその裏に隠れた意味を読み取れというメッセージである。これらの理由からベキ、パトラカ、ピヨの三名は生きていると言えるだろう。


おわりに

このような重層的なストーリーは一歩間違えれば批判にも繋がりかねない。VIVANTが視聴者の共感を最後まで得ることができたのは『敵か味方か、味方か敵か』というキャッチコピーに隠されていると思う。

1話〜3話では「乃木・野崎・薫 vsチンギス」という「敵、味方」であり、"濡れ衣を着せられた"乃木の逃亡劇になる。チンギスはチンギスで仲間の警官を乃木によって殺されたと勘違いしているので両者の敵味方構図が非常に納得できる。

4〜5話では「公安・バルカ警察vs別班」という以前の「味方」が「敵」に「敵」が「味方」に変わる瞬間だ。

6〜7話では「別班vsテント」
ここまではテント内部が見えず、残虐なテロ組織だと思われていた。

そして8〜9話で一気にテントの秘密が明かされる。ここでは「別班・公安・テントvsバルカ政府」という構図に変化する。以前の敵が全て味方になった瞬間だ。

「悪」や「正義」という分け方をしない。善悪に囚われない「敵でもあるが、味方にもなりうる」という関係性の変化で描き続けたことが視聴者の共感を得たのではないだろうか。

さらには登場するキャラクター造形が本当に素晴らしく感動した。どの人物も一貫して軸がブレていない。例えば通称黄色の裏切り者ギリアムの処刑一つとってもベキやテント幹部のキャラクター軸がしっかりしていた。(本当はこのエピソード詳しく書く予定でしたが今回省きました…)

そして、映像がとても美しかった。この画を見ていたくてつい再生ボタンを押してしまうほどに。そして、VIVANTは裏話も随時更新してくれます。視聴者が気になっているあれこれをすぐに解説してくれる。視聴者をもっともっと楽しませたい、という思いがびしびしと伝わってくる。毎週日曜の夜が、楽しみで久しぶりにドラマを軸に予定を組んだりもした。
出会わせてくれてありがとうございます。

ドラマってこんなに楽しいんだということを久しぶりに思い出した賑やかな(VIVANTな)夏になりました!


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