水素は使うけど水素社会は来ない

よく「水素社会ってホントに来るの?」という質問を受けます。

不思議なことに、質問されるのは有名な企業の経営者さんとか、科学の最先端にいる方ばかりです。いろいろなシチュエーションで「水素社会」が語られ、実際にトヨタ自動車のミライなどは街を走行しているわけですが、やはり水素は扱いにくく、「高圧ガスタンク」が生身の人間のすぐ近くにあるというのは「チョットね・・・」と思われる方が多いようです。

ただ、エネルギー源の選択肢が多いことそのものを否定する人はおらず、水素の本当の可能性を考え、水素キャリアの研究が盛んです。水素キャリアというのは、水素は常温常圧では扱いにくいので、水素原子を多数含む扱いやすい分子を見つけ出し、そこから必要に応じて水素を取り出して使用しようとするものです。アンモニアは分子の密度あたりの水素含量が高いので水素キャリアとして有望視されていますが、ギ酸についても多くの研究が行われています。

ところが水素キャリアにも問題があり、ここから取り出した水素はいわゆる「圧力が立たない」という状態になります。単に「もわん、もわん・・・」と水素が発生してもそれを利用することは難しく、高圧に圧縮する必要があり、現在は圧縮機を使用しています。そうすると、圧縮機の騒音や振動、故障リスク、せっかくのエネルギーの一部を圧縮機の駆動で消費してしまう、小型化できない、など様々な解決すべき問題が生じてしまいます。

産業技術総合研究所は圧縮機を用いないで、ギ酸から高圧水素を連続的に供給する技術を開発しました。今回開発した技術では、イリジウム錯体を触媒に用いて、ギ酸を水素と二酸化炭素に分解する化学反応によって、圧縮機を使わずに簡単に40MPa以上の高圧水素を連続的に発生できます。

また、既存の水素キャリアを利用する水素製造技術では、原料や不純物などを除くため、多段階の精製が必要ですが、今回の技術では、精製する水素と二酸化炭素が高圧であることを利用して、そのまま二酸化炭素を液化させて気体の水素と分離して高圧水素を製造できます。更に、理論上化学反応だけで200MPa以上の高圧水素が得られるので、燃料電池自動車等への高圧水素(70MPa)の供給も十分可能で、将来、水素ステーション構築の大幅なコストダウンが図れると期待されます。

冒頭の質問の答えとしては、今現在もお風呂のお湯を沸かすために、電気を使う家庭もあれば、ガスを使う家庭もあり、灯油を使う家庭もあり、太陽熱温水器を使う家庭もあるように、水素も単なるエネルギー源の選択肢の一つとなり、いわゆる「水素社会」は来ない、ということになりますでしょうか。

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