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the pillowsを聴く時

 皆さんは、自分の才能が認められずに、一人で泣いたことはあるだろうか?
 the pillowsのボーカルである山中さわおは、ある時「自分のことを褒めてくれるのが自分しか居なかったんだ!」ということを言っていた。その言葉は未だに僕の心の中に残っている。

 the pillowsを初めて知ったのは、「音楽と人」で「wake up! wake up! wake up」の発売に伴って彼らが単独表紙になった2007年の6月号の時だ。
 当時僕はTHE BACKHORNというバンドの大ファンで、彼らのニューアルバムが出る度に表紙になるので、その月だけ「音楽と人」を買っていた。当時、大学院生だった僕は、アルバイト代のほとんどを当時付き合っていた彼女に使い、わずかなお小遣いでやりくりしていたのを覚えている。
  その年も僕は楽しみにした。
  だが、表紙には見慣れない顔の男が表紙になっていた。
なんだなんだと思うながら、BACKHORNの記事を読んで本を閉じた。
 それから暫くして、時間があったのでどれどれと表紙の男のインタビューを読んだ。

 抜群に面白かった。

 ピロウズの結成まで。認められるまでの苦悩。自分らしさを守れるか。才能について。
 読み終わる頃、僕は涙していた。
 当時、研究室には、パソコンがあって通信料は研究室持ちだったので、gyao!がやっていた「音楽と人」の動画チャンネルを観た。あの頃は一つの動画を観るまで凄く時間がかかっていた。
 やがて、ある曲が流れ始める。 
 それが「ストレンジカメレオン」だった。

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 サビでまた泣いていた。
 当時の僕も「君といるのが好きで後はほとんど嫌いで」だったからだ。

 バイト先の百貨店にCDショップがあり、僕はバイトが終わるとよくそこの視聴コーナーに行っていた。そこは1枚5分だけ試聴できる仕様になっていた。
 「wake up! wake up! wake up!」が置いていたので、試聴した。なんだこの気持ちの良い感じはと衝撃だった。何故買わずに試聴だったかと言うと、何度でも書くが当時の僕にはお金が無かった。彼女の誕生日にディズニーリゾート2泊3日の旅に連れて行くために毎日貯金をしていた。
 翌日聴いた「YOUNGSTER(Kent Arrow)」は、なんともワクワクする曲だった。当時僕は、創作活動をしていて、新人賞に送っては落ちていたので、心から励まされた。

 そんなことを続けているうちに、次の月の給料日が来て、僕は「wake up! wake up! wake up!」を買った。毎日聴いて、彼女に素晴らしさを語った。「Foon the planet」も買って、「あの頃の夢から片手を離すけど」という歌詞の意味を毎日考えていた。

 やがて僕は当時付き合っていた彼女と別れてしまう。
 別れてしばらくしてから「PIDE PIPER」が発売された。
 「いつか一緒に行きたいね」と言っていたピロウズのコンサートに僕は一人で行く。ZEEP大阪だったと思う。海の近くのライブハウスだ。
 この時のライブで、山中さわおさんが言った。

「君たちから見たら俺たちみたいなオジサンは終わっている人間かも知れない。でも、10年前の俺たちは、こんな未来想像していなかったんだ。だから、自分の嗅覚を信じて自分の好きな服を着て、自分の好きなことをしていこうぜ!」

 そこから「Funny Bunny」を彼は歌い始めた。
 もう、涙が止まらなかった。

 よし、自分の夢が叶うまでカラオケで「Funny Bunny」を唄うのは止めよう。そう決めた。あれからもうすぐ12年経つが、まだ唄えていない。

 社会人になってから自分の常識の無さに愕然とすると共に、何度も世の中の物差しで測られる続け、自分の価値観がぐらぐらと揺らいでいくことも感じた。
 その度に「ハイブリッドレインボウ」を聴いては、自分を鼓舞し続けた。

 社会人になってからお付き合いした人との思い出は、嵐山の廃線になった線路を夜、二人で歩いたことだ。「ガールフレンド」を唄いながら帰ったのを覚えている。その頃は、もうクリエイターを目指す夢は諦め始めていた。数か月ごとに応募していたのが、半年に一回、年に一回と減って行った。
 やっと「あの頃の夢から片手を離すけど」という歌詞の意味が少し分かってきた頃だった。

 勿論、その彼女とも別れた。 
 「エネルギア」や「トライアル」の歌詞を聴く度に思い出して切なくなる。

 そうそう、僕が就職したところはかなり堅い職業で、会社のバッチをつけている時だけでなく、プライベートもお客さんの眼を気にするように言われていた。
 そんなある日、職場の近くにあったレンタルDVDショップに立ち寄った。
 僕は映画が好きだ。山中さわおさんもよく映画にちなんだ曲名をつける。当時の僕は、黒澤明にはまっていたので、古い日本映画のコーナーに居た。どれを借りようかな、と、迷っていた。ふと耳を澄ませると「雨上がりに見た幻」が流れていた。
 おっ、ここの店、分かってるじゃない、と思ったら、棚の向こう側から声が聞こえる。

「先輩、これピロウズの結構コアな曲ですよ」

 何、ピロウズを知っているのか、と棚の向こう側に行こうとしたが、足が止まる。棚の向こうはアダルトコーナーだったので、勿論年齢的にはOKなのだが、自分の仕事のお客さんに万が一見つかるわけにはいかない。かといって、DVDの棚と棚の間から、握手しようと手が出てきても怖いだろう。
 結局どんな人か分からなかったが、今でもこのことは覚えている。もう、そのレンタルDVD店も今は無い。

 10年ほど働いてその会社を辞めた。
 そして、転職して無職やら派遣社員やらを経験して、今年の5月からまた働いている。
 今までの経験が全く役に立たない未知の分野だが、これまでの経験を買われて雇ってもらえた。
 会議で企画書がボツになる度に帰り路に「ハイブリッドレインボウ」を聴く。そして、「王様になれ」を聴きながら次の企画を考える。
 今の僕の夢は自分の著作を出すことだ。
 必ず「Funny Bunny」を気持ちよく歌ってみせる。その日のために今日も頑張ろうと思う。

 なんで、こんなことを書いたかというと、山中さわお監督作品、「王様になれ」を観たからだ。やっぱり、ピロウズとは一生付き合っていきたい、と改めて思った。

こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。