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学生が終わりフリーランスへ、2018年は【順応】の年だった。

こんにちは、おかりなです。

2018年は今までの人生の中でも一位二位を争うほど忙しく、一瞬で過ぎてしまいました。
よく「歳を重ねると一年が早い。」なんて言われるものですから、大人になれてるのかな、と少し嬉しくなったり。笑

もちろん卒業と同時に会社などに就職するのではなく、フリーランスとして歩むことを選んだ私にとってそれはもう様々な経験をすることが出来ました。

定職に就かなかったことが正解か不正解かはさておき、今の自分の考えをまとめたいなと思いましたので、長くなってしまうかとは思いますが、2018年の総括をしたいと思います。
どうかお付き合いくださると嬉しいです。

▼2018年1月某日

思えばフリーランスを決意したのは去年の今頃だったような気がする。

年末年始は祖母の家で毎年過ごしているのだが、今年は落ち着くことなくそわそわしていた。というのも、来月の卒業作品展に向けて半年間撮り貯めた東南アジア11カ国の写真をひっくり返し、まとめては崩して、そしてまた並べて。苦痛だったけどまるで自分を見つめ直しているようで楽しかったんだ。

この時の写真展のテーマは【人と動物の関係性】
こんなに壮大なテーマなのに「あの子の話」なんてタイトルをつけて、まるで自分のことを語るかのように写真を組んだ。
写真に付ける文章なのに語りすぎだって先生に怒られたりもしながら、着々と準備を進めてった。

▼2018年2月16-21日

【日本写真芸術専門学校 フォトフィールドワークゼミ 卒業作品展】
舞台は新宿のオリンパスギャラリー。
5日間という短い会期の中で色々な人が訪れてくれた。20年間支えてくれた育て上げてくれた母や祖母。隠岐島の高校へ通っていた時の恩師。大好きな友達。一緒に仕事をしている仲間や運営の方々、本当に沢山の人が来てくれた。

何より嬉しかったのはTwitterなどで私を見つけてくれたファンの子も何人か来てくれたのだが、人生で初めてファンレターやプレゼントを貰った。

みんな私の作品に触れてくれたことが嬉しくて嬉しくて、書いてくれたコメントを読むたび今でも泣きそうになる。写真家の承認欲求はここにあるんだと確信した。ツイッターのいいねとはまた違う。

自分の見てきた景色にもろに肌で空気で感じてくれることが嬉しくて、私はフリーランス写真家への道を改めて決心した。


▼2018年3月9日

【卒業式】
卒業作品展が終わり、フリーランスになると決意した私は案外あっさりと3年間通った学校から卒業してしまった。

泣かなかった。むしろワクワクしていたのだ。
これからどうやって生きようか、写真で食べていくにはどうしたらいいのだ。
そんな不安と少しの自分への期待だけで卒業式を終えた。

印象に残っているものといえば卒業作品展に来てくださった方がそれぞれの作品をイメージして作曲してくださったものをCDに焼いてプレゼントしてくれた。自分が思っていたより明るいテンポの曲が収録されていてなんだか嬉しかった。

▼2018年4月

ついにフリーランス生活の始まり、、、と言っても学生時代から仕事はしていたので今月からやっとそこに集中できることが何より嬉しかった。
自分にはどのような写真が向いているのか、撮りたいのかを考えて考えたが全く分からなかった。
撮りたい写真が山のようにありすぎたからだ。

まずは何も考えず自分の撮りたい写真を撮りたいだけ撮ってみようと一つの繋がりから仕事をもらい自分自身でも作品を前向きに撮って伸ばして行った。

▼2018年5月5日

人生で初めて芸能人を撮影した。ちなみに料理を絡めた撮影も今までしたことなかった。
お相手はお笑いコンビ千原兄弟の【千原せいじ】さんだった。
芸能界に詳しくない私でも知っているような超有名人に撮影開始まで手が震えていた。

ただ逆の立場で考えた時にこんな見た目も若い素人っぽい女性に撮られるなんて相手も超不安だろうということを考え、私は自分でも驚くほど堂々と撮影に挑んだ。
結果特にトラブルもなく撮影を終え、クライアントさんからも絶賛して貰った。

▼2018年5月某日

4月の時点で撮りたいものを好きなだけ撮ると決めていた私はツイッターでモデルを募集し、いろんな街に行き場所を絡めた写真を楽しんで撮影していた。

とても楽しい撮影だったが自分の写真の足りない部分を見つけたきっかけにもなった。

▼2018年6月某日

仕事の写真とはさておき、自分が作品として撮り残したい被写体についても考えた。
それについてはテーマなどは考えず、まずは撮りためてみようということで6月に祖母の家にもう一度出掛けた。

やはり私は動物が大好きだ。思考の部分や、本能だけで生きていると思っていた動物の理性について興味があった。

▼2018年7月某日

有難いことに撮影関連の仕事が増えてきて、1ヶ月の経過が一瞬にも思えるようになってきた。

ここで私は約2年半続けていた渋谷の居酒屋でのバイトを8月いっぱいで辞めることを決心した。

完全に写真の仕事だけで食べていこうと思った。何より時間が勿体無いと感じた。バイトでも写真関連のバイトがしたいと思ったのだ。

▼2018年7月某日

自分の撮る写真のテイストなど色味などが全く決まってなかったが、この月に撮影したウェディング写真などは自分の写真人生の中で自分の想いも色味もバッチリな作品になった。

自分の写真で仕事をしている感じがして嬉しかった。

▼2018年8月

フリーランス生活が4ヶ月を過ぎようとしているところ、自分の写真に自信が持てるようになってきた。
小学生の時から目指していた【写真家】の道はそれこそ不透明なままだったが、【カメラマン】には不完全ながら熟せていると思う。

どの案件も好きな写真が撮れていてもちろん改善する部分がありながらも楽しめて撮れていることが何より大切だと思った。しかしこの時の私は自分の写真が評価されないことになんだかモヤモヤしていた時期でもあった。

自分の写真に足りないものが見えてこなかった。技術云々ではなく、心の部分がまだ完全には写らなかった。

▼2018年9月

7月の時にバイトをするなら写真関連のバイトがしたいと書いたと思うが、その夢が今月叶った。

専門学生時代の恩師から声がかかりその方のアシスタント、そしてその師匠にあたる、写真家【本橋成一】さんの事務所でアシスタントをさせていただくことになったのだ。

本橋さんは写真ももちろんだが映画の監督としても有名だったので新しい世界に飛び出せるとワクワクしてたまらなかった。
そして写真のモチベーションが最高潮に高まった私はおばあちゃんになるまで撮り続けたいと思っている女の子の実家へとはるばる長野県までお邪魔した。

フィルムですべて撮影していて仮スキャンしか出来てないが少しだけ紹介しておこうと思う。

▼2018年10月

「エモい」という言葉に考えさせられ翻弄される月だった。自分の写真に足りないところが、どうやらこの「エモい」という部分だと感じ、「エモい」写真を追い続けた。

10月の後半に開催した(株)ラブグラフの社内運動会でも写真の真面目なお話をする機会があった。

そこで私は自ら何が足りないのか沢山の人に問い合わせた。結果やはり色々なテイストで撮ってしまっているせいで私自身の思いが見えてこない、という意見もあれば私(撮り手)側が見えない写真が素敵だと言ってくれる人もいた。

「エモい」写真というのは写ってないシーンや撮り手まで見える写真というのだが私は逆の写真が強いらしい。「エモい」に振り回されていた私は目が覚めた気がした。以下の写真は振り回されている真っ最中の写真たちである。

▼2018年11月20日

この日は私の誕生日でもあるし、何より人生で初めてバズった日でもある。
北海道に撮影に行った際に撮影した「青い池」の写真を沢山の人に見てもらえた。

自分が大好きな青色でバズったのも嬉しかったし、「エモい」に翻弄されていた私にとってここまでストレートな写真が評価されたことは自信の一歩にも繋がった。

▼2018年11月23日-25日

東京大学のデザインサークルとコラボをし、
東京カレンダーという雑誌のパロディで【東大カレンダー】というものを作成し、駒場祭で販売した。

自分の写真が冊子となって発売される経験も初めてだったので売れるのか本当に不安だった。ただ販売する前の販促ツイートが思ったよりも伸びてくれたので少しだけ不安も晴れ期待の気持ちも高まった。
結局の売れ行きはこちらの記事をお読みください。笑

▼2018年12月

先月の青い池の写真のおかげか今月は色々な方から仕事の声がかかり大忙しだったような気もするし、教習所に通い始めたのもあり、割と落ち着いていたような気もする。

自分自身のことが一日の終わりに整理できるようになり何がやりたいのかが明確になってきた。来年はどうなるのか、もっと自分が好きだと思える写真が増やせるのか今からなんだかワクワクしていた。

欲を言うのであればもっと海外に行きたい。
もっと動物の写真を撮りたい。
自分の腕を磨きたい。
新しいものに囲まれながら自分への投資をいつまでも続けていきたいなと思う。

最後は撮り納めに旅行した地獄谷野猿公苑の温泉に入るお猿さんたちで今年を締めくくりましょう。来年もどうかこんな私を見ていてください。支えてください。たくさんお仕事をください。長くなりましたが、お付き合いくださりありがとうございました。


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