学校で主権者意識を育むのは「無理ゲー」なの?

主権者意識を育む活動をしていることもあり、「主権者意識を育む」意義や方法を考える日々ですが、時々SNS上でやり取りをさせていただく原田記者のツイートに引っかかったので紹介します。

そもそも主権者教育とは?

主権者教育は、

国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく主権者を育成していくこと

と主権者教育の推進に関する有識者会議で取りまとめられています。

また、社会には「互いに関わりあって生きて暮らしていく場」という意味があります。国や世界といった「大きな社会」において主権者としての資質・能力を育成するためには、家族や学校・地域・職場といった「小さな社会」において、自ら考え判断し、行動していく意識を育むことが大切だと思います。

主権者教育は「18歳前の選挙権を意識し始めるころからするもの」というイメージも強いようですが、私たちは生まれたときから「主権者」です。

幼児は幼児なりの、小学生には小学生なりの、中学生には中学生なりの「社会」があります。そういった頃から、さまざまなことを「自分の問題」として捉え、考え、判断し、行動する力を養っていくことが必要だと考えます。

「越智君、こどもに権利はないんだよ。」?

原田記者がおっしゃるような、

高校まで「受験と部活以外の余計なことはするな。問答無用で校則は守れ。異論は認めん」ていう自己決定権のない暮らし

が、18歳までの当たり前の生活だとしたら、それは非常に残念です。

ずいぶん前になりますが、僕はある先生から「越智君、こどもに権利はないんだよ。」と言われたことがあります。大学院の頃から「こども・若者と社会をつなぐ」活動をしていたこともあり、非常に印象的な言葉として残っています。


主権者教育は、社会の中で円滑な人間関係を維持するために必要な能力を身につけることも大事だと思いますし、それは時に年長者から教わることも必要なことだと思います。

一方で、社会の中で円滑な人間関係を維持するには、互いを尊重したり、個人の権利と責任を学びあうことも必要です。

以前関わった出来事ですが、「学生はごみを捨てるときに分別をしないから困る」というおばちゃんと、「おばちゃんが信号無視をするから困る」という学生がいました。

昔ながらの社会だと、ゴミ出しのルールが地域で決まっていたりしているので、それは守らなければいけないルールなのかもしれません。一方で、交通網の発達や社会が大きく変わる中で、信号は変化してきたルールの1つです。


僕は、本来主権者教育でやるべきは、「模擬投票体験」だけでなく「模擬自分が動けば社会が変わる体験」だと思っています。

「守るべきルール」と「変化するべきルール」を考えることは、学校にも同じことが言えます。大事なことは、それを一緒に考える場作りで、それが一番効果的な主権者教育ではないかと思います。

そうなると、学校における主権者教育も決して「無理ゲー」ではないかもしれません。

ただ、その際に大切なことは、「先生と生徒」ではなく、ぜひ「同じ主権者」としての目線で場を作ること。社会には「こどもにも権利はある」んです!

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