存在と記憶を考えながらボルタンスキー展を彷徨う.

落合陽一のマガジンへようこそ,今日は夏の日にボルタンスキー展に行った話で,国立新美術館は地元なので,存在とか時間とか記憶を考えるうちになんだか自分の人生も考えてしまったというエッセイ.

六本木を歩いているとついうっかり人生を振り返ってしまう.僕が振り返りがちな思い出や野郎という話は最近の記事2件くらいを見て貰えばよくわかる.

さて地元国立新美術館でボルタンスキー展Lifetimeが開催中だ.思い出野郎の僕としては見に行かなくてはいけない,と暑い日に日差しを浴びつつ見にいった.やはり自分の存在や記憶のことを考えてしまう.

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落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集

落合陽一が日々見る景色と気になったトピックを写真付きの散文調で書きます.落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集

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落合陽一

メディアアーティストで光や音や物性や計算機メディアの研究をしているような感覚的物書きで博士持ちのスナップシューターです.多様性社会を目指す波動使いの准教授.プロフ写真は©︎TAKAY

落合陽一の見ている風景と考えていること

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コメント4件

きゃー、どうしましょ。もう一度ボルタンスキー展に行かなくては。ちょっと、身をかがめてささやきかける感じの「発言する」はポストカードを買った上に、自分でイラストまで書いてしまいました。「DEPART」の写真に配線ケーブルがちゃんと入っているのがツボです。私もできるだけ多くの作品を見に歩きたいです。
「アタカマ砂漠のどこかわからんところにアニミタスを作ってきた」と聞いたとき初めて「こいつ只者じゃない」と気が付いた。それまでは只の偉大な芸術家だとしか思っていなかった。落合さんが「有限なリソースとしての自分自身をどういったものに変換していくか」を考えながらさまようことができる作品群。得難い。しかし、アタカマ砂漠のどこかにある、あった、アニミタスにしかもはや気を惹かれないわたし。
お盆の季節に、生まれ育った土地で、死から遡って自分の人生を考えてみる!かけがえのない自分という情報に基づいたあり様が自ずと見えてきそうですね。無理のない自然な感覚で好きだなぁ。今さらではありますが、私もこの夏そうした時間を持ちたいです。きっと、これからも年齢重ねても今さらではありますが、は続く予感…
ボルタンスキー展は、影絵の踊る死者に伴って、前方に見える黒い山に向かう道すがらが最高にわくわくしました。あれは何の山だ?いざ直面すると、わくわくは一瞬で消え去りましたが。
勉強不足でボルタンスキーさんの事も知っているのは、今展覧会をやっているという事ぐらいなのですが、
一点を見続ける視点の迫力を感じます。
生で見たらその視線の先にどんなボルタンスキーさんが浮かびくるのか感じてみたいな〜とか、夜中にテンションあがってしまいました。
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