生家が取り壊されることになって考えたこと

落合陽一のマガジンへようこそ,今日は非常に個人的な話なんだけど,エッセイは個人的な話から切り取りつつ世界を俯瞰するもの,という感じもするのでそれはそれで価値があるかなぁと思いながら.

僕は自分の故郷はどこかと言われると,東京六本木,と答えることが多い.30歳くらいまでの人生を六本木で暮らしていたからだ.正確にいうと麻布台のあたり.六本木の中学校に通ったり,六本木一丁目の駅から地下鉄で開成に通ったりしながら,長くあの街と過ごしてきた.

子どもが生まれたあたりで引っ越してしまったものの,街の風景を見るとやはり,小さい頃の記憶が蘇るし,そこにある風景は自分の美的感覚や好奇心の礎を作ったと思う.風景を見ながら考えることが多い日々を過ごしているうちに,原体験的な風景に興味が湧いたのと,取り壊されることになったらしいという風の噂を聞いて,見に行ってみた.

今日はそんな,すごい私的な,でもきっと何か参考になるかもしれない,そんな視点を共有するお話.再開発で移り変わっていく街の風景を考えながら.

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落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集

落合陽一が日々見る景色と気になったトピックを写真付きの散文調で書きます.落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集

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落合陽一

メディアアーティストで光や音や物性や計算機メディアの研究をしているような感覚的物書きで博士持ちのスナップシューターです.多様性社会を目指す波動使いの准教授.プロフ写真は©︎TAKAY

落合陽一の見ている風景と考えていること

落合陽一が日々見る景色と気になったトピックを写真付きの散文調で書きます.落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集

コメント5件

「こちらが落合陽一博士の生家です」と高らかに紹介されて好奇心と敬意の大量のまなざしに晒される重責を回避できて、いまごろ天国でご生家も晴れ晴れしい気分でありましょう。
かなり昔ですが、この近くで働いてたことがあって。最近大通り沿いを歩いた時は、変わらないなという印象だったのですが、再開発が進んでいるのですね。生家が取り壊されるというタイミングではありますが、子供の頃に落合さんが見ていた風景に触れられて嬉しいです。日常の出来事っていうのは大事にしていてもそうでなくとも記録がないと思い出すに至らない事多いですよね。言葉や画像に残せておけたらどんなによかったか・・・と、わたしは、たまに消化出来ていないものを行ったり来たりする事があるのですが、区切りついて晴れ晴れしい気持ちだとよいですね。きっとまた数年後にこのnoteを見ている落合さんもいるのでしょうね。
数年前までこの近くで働いていました。まさしく落合坂を通りかかって、地方から出た身としてはこんな住環境が六本木にあるのかと驚いたことも覚えています。いまは転職し地方に戻りましたが、当時の仕事に没頭していて夢中だったころの記憶をダブらせて懐かしい気持ちになりました。記憶を形やモノで残すこと価値は理解できるのですが、次のステップに進むためにあえて処分するタイプの私は、もう写真とevernoteと関わった商品しか当時のものはありません。ときおり懐かしく思い出しますが、今を大切にするべく保存しておくことにします。甘酸っぱい思い出です。
さすが落合さんと言うか、思い出のグレード感が庶民とちょっと違うな、なんて感想を持ちました。ボルタンスキー展の展示で、思い出の中の長靴を再現した作品があったのですが、非常に曖昧な形で、しかも、いびつな金属の網越しの向こう側にあって、どうなってるんだと顔を近づけたら、作品に近づき過ぎて、会場の監視役の人がヒヤヒヤしていたことを思い出しました。決して、触っていません(笑)。懐かしい思い出に別れを告げて、次にどんな展開を見せていただけるのか楽しみにしています。落合さんの作品の本物にお会いしたことがないのですが、会えたらいいなぁ。(このマガジンの写真や文章に会っているので、作品の本物に会ったことがないというのは誤りで、展示会場の作品に会ったことがないが正解でした。)
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