落合陽一が文學界の「落合古市対談」で伝えたかったこと

【落合陽一は何をしたいか】

まず僕は現状の日本の社会課題を憂い危機感を持って行動し,自分の持てる能力(例えばコンピュータを使った人の能力の技術的サポート)を使って社会に貢献しようと思っている研究者であり,起業家であります.そういった社会課題を議論する場を作ったり,工学的に貢献したり,メディアで発信することで多様な人にとって暮らしやすい社会を実現したいと考えています.

例えば下記のプロジェクトでは現状の問題について活発な議論を行ったりしておりました.その様子自体も書籍にまとめるなどして,なるべく日本の現状の課題について耳を傾け,理解し,テクノロジーを使ってその課題が少しでも解決するように行動することを目指しています.

またそういった課題に対する具体的な実装として,今は介護用の車椅子のプロジェクト耳の不自由に対する方々のプロジェクトなど様々なプロジェクトを行ってきました.人の能力を拡張する実装を通じて,この社会をより多様に,そしてより滑らかに人が暮らしやすい社会を作りたいという想いがあります.そのために研究プロジェクトを進めてきました.研究だけなく表現でも関われることがあるのではないかとも考えています.


僕がこの対談で伝えたかったことは,社会に課題がある.今まで人力で解決してきた課題をそのままにしていては同じことを繰り返してしまう.我々はテクノロジーを発明し,開発し,社会実装し解決していかなくてはならない.今日本のおかれた状況を変えていかなければならない.正しくテクノロジーが使われれば,平成の次の時代には希望がある.それを実装し,我々の一人一人が暮らしやすい社会を実現するために,一つ一つ実行して行くしかないということです.

そのために,「アカデミックな研究」と「メディアでの正しい発信」と「大学や大学院での教育」と「社会実装による様々なビジネスとのコラボレーション」が必要だと僕は考えています.そうでなくては現状を変えることは出来ずに何十年来の停滞の中に我々は再び潜ってしまうと考えるからです.

【今回の文學界の対談で大きく反省している点】

今回の文學界の対談で大きく反省している点が2点あります.

1.介護にまつわるコスト課題(職員のサポート)と,終末期医療にまつわるコスト課題を,対談形式なので同列に語ってしまったこと.

2.終末期医療に関してコストや医療費負担の知識が不足していたため,校正でも気が付かなかったこと.

ただ誤解ないようにはっきりさせておきたいのは,「平成の課題についてざっくばらんに語る場」のなかで,現状の社会課題に関する危機感となんとかしようと思う気持ちから出た言葉であるということです.僕は現状の課題があると聞かれたらその場で頭を悩ませながら「どうしたらいいんだろう」「困ったなぁ」「なんとかしないと」と危機感を持ち,考えながらなんとか答えを探そうとします.20ページに及ぶ長い対談なのと,対談という形式だと発言をカットすると校正上対談相手の発言にも修正が必要になるので,対談中で出た放言を記事化してしまったことは非常に反省しています.

また,僕は終末期のQOLを高くしたいし,その金額を積極的に削減したいと思っている訳ではありません.問題山積だし明日からそのお金払えないとなったらどうするの? と言われれば頭を悩ませながら何か方法はないか? と考えていた,というのが対談の文章では伝わらないトーンです.

では,上記の1と2について述べていきたいと思います.


【1.介護にまつわるコスト課題(職員のサポート)と,終末期医療にまつわるコスト課題を,対談形式なので同列に語ってしまったこと】

Twitterでも下河原さんとのやり取りで書きましたが,

僕は終末期のQOLを高くしたいし,それにまつわる費用を積極的に削減したいと思っている訳ではありません.なので,デリケートな問題を対談形式で受け答えするには適切でなかったなと思っています.僕と古市さんには以下のようなポジションの違いがあり,

そのせいで,労働力不足の解決によるQOLの向上と本来QOLで議論すべきところがコストの問題として安楽死尊厳死に繋がってしまったということが大きな問題です.

コストの議論で生死の話をしてはいけないし,その倫理については十分議論する必要があると思います.その点については下記の議論など様々な議論や注釈をいただきました.浅学な自分にご教授いただき様々な方々に感謝しています.

僕は徹頭徹尾,「日本にお金がないけどどうする? 明日から医療費払えないけどどうする?」という現状を悲観的に見た将来的な仮定(財政に関する議論は別なところで行いたいと思います)に対してコストの議論を考えていたばかりで,QOLや生命倫理の話と繋がって理解されてしまったのなら,それは非常に意図と異なり残念です.ここの真意に関しては荻上さんが受け手になっていただいて下記の議論にまとめられています.

そういった意味では,コストはコストとして,QOLはQOLとして議論すべきところですし,介護と終末期の話が混在して対談が展開されたのは非常に良くないことでした.反省しており,これからの発言や考えではしっかりそこの線引きを守りつつ議論を展開したり実装したりして行こうと思っています.


【2.終末期医療に関してコストや医療費負担の知識が不足していたため,校正でも気が付かなかったこと】

上記に述べたように「平成の課題についてざっくばらんに語る場」のなかで,現状の社会課題に関する危機感となんとかしようと思う気持ちから出た言葉です.なので,現状にまつわるデータを多数いただいた上で,該当箇所については撤回します.(※文學界の対談記事自体は提言のようなものでも論文でもないので,そういう読み物だとして受け入れられると僕は考えていました.その点で至らなかったと反省しています

また議論が活発に行われ,多数の当該分野の有識者の方々からデータをいただき,感謝しています.

関連するツイートは下記にまとめられています.僕は普段介護の問題や身体障害の問題についてはプロジェクトを行っている関係上よく議論するのですが,終末期医療に関する問題については浅学だったため大変勉強になりました.そのコストはそれほど大きくなく,違った領域での効率化を行った上でどうやってQOLを確保していけるか考えるのが課題だと理解しました.ありがとうございました.

僕は命の選別をする意図ではありませんし,今我々の日本社会が抱える課題について真摯に向き合って行くべく日々自分のできることをするだけなのですが,生命倫理を考える上で下記の議論も参考になりました.ありがとうございました.



3.最後に:実際に行動に移していかないといけないこと

下記の高橋さんの言葉にあるように,「けもの道」を進んでいかないと社会にまつわる課題を解決していけないのだなと思いました.今回の件で様々な方から意見をいただき,これからも「けもの道」をよく知る人々と手を結んで課題解決に務めて行きたいと考えています.


また,QOLを確保するためにもテクノロジーを使ってQOLを向上させながら現状のコストを下げて行くことが求められていると強く実感しました.社会実装可能な技術開発が,この問題のために貢献できるところは多いと思います.

全20ページの長い対談ですが,その中から平成の抱える問題について議論が進み,至らぬ点もあり反省点もありましたが,周囲にいらっしゃる方々のおかげで僕の理解も進みました.様々な方にお知恵を拝借したり,ご教授いただいたり,大変嬉しかったです.ありがとうございました.

(随時更新)

【その後の議論】

他の議論(優生思想という批判やカーストに対するブログメディアの切り取り)に関しては下記に書いてあります.少なくとも僕はそういった差別思想に対して断固として異を唱える立場です.

Twitter上での他の人たちとのやり取り



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落合陽一

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コメント12件

という訳で、
「これから世界をつくる仲間たちへ」
を買いました。
これを選んだのは"仲間じゃない
し"という意味不明の反感からで
す(失礼)。
まだプロローグなのでこれから
ですが、意外と読みやすい。
(理解は別)

高次脳なんで時々こんがらがり
ますが、まあゆっくりいきます。

全然関係ない話
目次の「WOW!」を見たとき、
"WOW!シグナルの話?"と心が
踊った。
医療は聖域や大正義ではなく、血税で運営している公共事業の一種で、予算は有限であり効果的に使っていただきたい。医療が神のような視点で叩く人がいますが、医療制度を支えている若者の死因トップは自殺です。目の前の命の話ではなく、もう少し次元の高い視点を持って欲しい。
このままだと医療が日本の癌になる日が来るでしょう。自殺対策も医療も結果は同じ、雇用対策も回り回って命を助ける。落合さんには目の前の対策だけではなくてもっと羽ばたいて欲しい。
「けもの道」というお言葉が印象に残りました。実際に医療を動かしている人は、あくまで具体的な環境、状況の中で、なにができるか?を考えられているのですね。一つ思うのは、百聞は一見にしかずという言葉がありますが、文章というのは百聞の方で感覚的にいうと2次元だとします。一見の方は3次元だとして、情報を一見的に伝える方法はないかなと思います。つまり、この医療の話にとどまらず具体的な環境、状況を一見的に見れたら理解がぐっと増すのではと思います。もちろん一般的に公開できるものは限られるでしょうが。
高橋政代先生は落合さんと同じようにフロントランナーとしての大変さや風当たりのきつさを感じていらっしゃるように感じました。いつの時代も1番前を走る方は大変だと想像しますが、どの分野の方々も応援しております。私自身はフロントランナーの方の足を引っ張るようなことだけはしたくないな、と思う次第です。
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