ライ麦畑は今日も雨.天気の子を見ながら考えたこと

落合陽一のマガジンへようこそ,今日はちょっと前に天気の子を見た感想を書き留めておこうと思ったので書いておこうと思う.ネタバレがありそうなので,ネタバレ嫌いな人はトップだけで.

たまたま雨の日のスカイツリーが綺麗だったので写真に撮ったらこんな感覚.

僕の感想としてはこのツイートに現れていて,映画冒頭に出てきたライ麦畑の本からなんかそんな話の展開なんだろうなぁと思う気持ちで見た.

帆高と須賀の関係性を世代によるライ麦の差で考えながらずっと見ていた.Newszeroで有働さんが制作に密着してたこともあって,番組前に有働さんと話したとき,有働さんもライ麦の話をしてた.やっぱりみんなライ麦気になっちゃうよね.

やっぱり僕らの世代にとっては,家出と社会との接続とその離脱しそうな子供を社会に抱きとめるような考え方っていうものをライ麦を通じて青春の中に織り込んだから,それが抜けないんだろうなぁと思いつつ.

自分勝手なドラマを願いたがっているのは,聴衆なんだろう.僕もきっとその一人で,勝手に語りたがる何かを触られるのは,当時のセカイ系とゼロ年代にたくさんの同人ゲームが出てきたことにも似ている.ぼくも駄文を書きたいその一人,ありがとうくすぐってくれて,と素直な心地よさがある.

帆高と須賀の関係性やどちらに主観を重ねるかといった考え方まで含めて,もう触れないセカイ系を取り戻そうとするのか,それともそのまま没入するのか.やれやれといって過ぎ去ってくれない現実への向かい方をどうやってやり過ごすのかそれとも没入するのか.なんだかんだ,人生にそのターニングポイントなのか女神の後ろ髪なのか,それをカッコ悪さ全開で追い求めたくなる気分をくすぐる.これはいつもの新海節のいいところだと思う.

世界が狂っていると考えることができれば,主観的な世界認識を超えられるのかもしれない.自分の閉じた世界が世界であると思えるくらいの多感な時期をどう過ごすか.天気の子が期限付きなのもきっとそういう暗喩なんだろう.多感な妄想に現実的な手触りを感じる期限を超えれば,何もない日常に埋没して生きていくようになるんだろう.その時期のストーリーを抱えて一生生きていくのもいいし,そうじゃない人生も広がっている.

スポンサーロゴがついてる世界はどこまでたってもこの世界の延長であって,セカイ系になりきれない感覚がすごく大人だなぁ,と月並みの感想を持った.閉じてはいられないし,子どもに物語を願ってもいられないし,セカイ系でいられる瞬間を失った後主体性を取り戻すのには,セカイ系で生きるものを嘲笑してるだけじゃなくて,その無様な自分を突破しながらただ生きるしかないのかなぁと思いながら.


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落合陽一

メディアアーティストで光や音や物性や計算機メディアの研究をしているような感覚的物書きで博士持ちのスナップシューターです.多様性社会を目指す波動使いの准教授.プロフ写真は©︎TAKAY

コメント2件

大昔の小学校は「他人のせいにしてはいけません」と子供の頭に刷り込んだ。その結果かどうか、テレビドラマなどでも「俺のせいだ」「私が悪かった」とかいうセリフがあふれた。すべて他人の責任と決めつけるのもどうかと思うが、なにもかもじぶんでかぶることもないんじゃね?妄想に現実の手触りを感じることもあれば、妄想のはずだと舐めてたらほんとに美女に声かけられていたとかとんでもないことになっていたとか、世の中も自分も整然と整ってるわけじゃない。それを狂ってるというならいえる。他人を救えるかなんてわからない。どうせ出たとこ勝負になっちゃうけれど、志が持てるならもつのもいいねとは思う。
野崎孝訳白水Uブックスで読んだきみです(笑)恋愛至上主義で大丈夫と思えた時がありました。ほんと閉じた世界。でも、こどもだから、未来への不安がない。開けた世界でもまれて人並みとなり、おとなになっちまって、不安だらけでかっこわるくなった。かっこわるいけど、かっこつけて生きよう、おとなだから。
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