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テロリストたちは家々に火をつけ、全てを燃やし、たちまち黒煙が立ちのぼった。

ユダヤ教の祝日シムハット・トーラの早朝、キブツ・ベエリで鳴り響いた警報を聞き、村中の人たちが素早く避難し、テロリストの侵入に備えて警戒態勢に入った。この後に何が起こるかなど、誰も想像さえしていなかった。

私は、小さな居間、兼シェルターである納屋に閉じこもった。素早く部屋を整え、誰もいないかのように見せた。そしてベッドの下に隠れ、これから起こることを待った。

アラビア語で「アッラー・アクバル!(アッラーは偉大なり)」と叫ぶ声とともに、あっという間にキブツ中から激しい銃声が聞こえ始めた。キブツに潜入したのは単一のテロリスト部隊ではなく大集団で、人々に危害を加えようとキブツ中を荒らしまわっているのだと理解した。彼らはキブツを制圧しようとしていたのだ!
そしてついに、家々に火をつけ、全てが燃やし、たちまち黒煙が立ち登り始めた。

テロリストが納屋にも入ってくるのではないかという緊張が高まる。入り口のドアは単純な作りで、一蹴りで破って侵入し、私を捉えることは容易な事だ。両親は私にメッセージを送り、落ち着かせようとしてくれたが、自分でこれ以上のことはもう何もできないのだと悟った。私は自問した。「キブツの住民全員を助けに来てくれるはずの軍隊は、一体どこにいるんだ?」

午前10時30分頃だった。ついにテロリストがやってきて、繰り返し叫びながら銃を乱射して中に入ろうとした。もはや恐怖で麻痺していた。私は身を守る武器も、戦う武器も、何も持っていなかったのだ。一秒一秒が永遠のように感じられた。私は1ミリも動かずにじっとしていた。それが、自分の身を守るためにできる最低限のことだった。最悪の事態を覚悟した。

どういうわけか、大きな奇跡が起こった。合理的な説明はとてもできない。数分後、テロリストたちは"あきらめ"、納屋には入ってこなかったのだ。なぜだろう。もしかしたら、1年ほど前に亡くなった祖父ダビデが天から降りてきて、私を見守ってくれていたのかもしれない。(祖父ダビデと、その祖父シュロモ・ズヴィ・カハト、彼らの思い出を祝福し、私はヨード・シュロモと名付けられた)永遠のように感じた恐怖の中、私は祖父の写真を見ながら祈っていたのだ。

父は、シナゴーグで子供たちが唱える「天使の助け」の祝福の映像を、リアルタイムで送ってくれた。シムハット・トーラーの朝、子供たちはトーラーを読んだ後、共有のタリート(ユダヤ人男性が頭や肩にかぶる、角がフリンジで縁取られたショール)の下でこの祝福を唱えるのだ。本当のところ、これは奇跡以外の何ものでもなかった。

その後、親しい親戚が連絡をくれ、私を助けるために救助隊が向かっていると教えてくれた。彼は情報を収集し、私を落ち着かせようとしてくれた。

しかし再び、ハマスのテロリストたちが戻ってきて、今度は納屋の窓から部屋に向かって発砲した。銃撃と、征服の雄叫びが響いた。私は震え上がった。このような混沌の中で持ちこたえ続けるには、とてつもない力がいるのだ!
こんな不条理な状況に陥るなんて、誰が想像できただろう?私は武器さえ持っていなかった。何時間も微動だにせず横たわり、私の体は耐え難い痛みで気が狂いそうだった。
そして再び、テロリストたちはあきらめて立ち去った。

午後6時頃、私の電話回線は切断され、インターネットにも繋がらなくなり、完全に孤立した。救助隊が気づくことを祈りながら、私は位置情報を送った。あらゆる場所で、状況がめちゃくちゃだった事は明らかだ。

私は、教え子たちと彼らの家族、そしてキブツの住民たちのことを心配し、彼らの安否を思い苦しくなった。キブツには退役軍人も大人も子供も赤ん坊もいた。心配と痛みで心は張り裂けそうだった。そしてそれを慰める方法もなかった。

午後10時頃、何かの音がどんどん部屋に近づいてくるのが聞こえ始めた。テロリストが兵士を真似た声を出しているのではと恐れたが、その数分後、イスラエル国防軍の特殊作戦部隊「ダイヤモンド」だと気づいた。
身を隠していたところから這い出すと、彼らが部屋の入り口に立ち、私に武器を向けているのが見えた。彼らもまた同じように、私が変装したテロリストではないことを確かめる必要があった。「あなたを助けに来ました、ヨードさん」

私は疲れ果てていて、もはや余力はなかった。しかし兵士たちは私を連れ出すと、別のアパートに隠れている女性の世話をするように頼んだ。当然、私はそうした。身を守る武器も持たずに。
彼女が怪我をしていなかったのは幸運だった。彼女は高齢でおそらく認知症だった。何が起こっているのかまったく理解していなかったが、それこそが彼女を救ったのかもしれない。

延々と続く銃撃戦、爆発、そして農場一帯での血みどろの戦闘が2時間ほど続いた後、私たちを救出するためにさらに多くの兵士が到着した。「ダイヤモンド」と「504部隊」が、私たちと他の数家族をこのホロコーストから連れ出してくれた。

私の第二の故郷であり、特別な存在であるキブツ・ベエリで起こった恐怖を、言葉では言い表すことはできない。

悲しいことに、私は7人の生徒を失い、さらに別の7人が「行方不明」だ。数字は関係ない。殺された一人ひとりの尊い命が奪われたのだ。虐殺された一人ひとり、それぞれの尊い世界が失われたのだ。

テロリストたちによる破壊と大量虐殺は、80年前に彼らがユダヤ人に行ったことと劣らない。しかし、大きな違いが一つある。当時、私たちは離散し、国もなく、IDF(イスラエル国防軍)もなかった。しかし今回は、このイスラエルという国で悲劇が起きたのだ。

キブツ・ベエリは完全に荒廃してしまった。ほぼすべての家が焼失し、ほぼすべての家族が誰かを失った。もうたくさんだ。言葉もない。

「そして多分...このような悲劇はこれまで起こったことはない。」

愛を込めて。

ヨード・K


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