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わたしのヒーローおじさま

20年前の3月。
母の運転で最寄りの駅まで送ってもらい、予定通りの電車に飛び乗った。

3年間通った中学校は家から徒歩5分で、徒歩通学だった。
通学、通勤時間の電車に乗るのは初めてだ。

駅のホームは多くの人で溢れかえっていた。
ここから1時間かけて私は高校受験の会場に向かう。

大丈夫、やれることは全てやった。

会場の最寄り駅に着くまでには10駅以上ある。
車内は混み合っており座れなかった。
向かう先が都心部なこともあり、降りる人はほとんどおらず、駅に止まるたびに人が増えていく。

ぎゅうぎゅうと押され続け、いつの間にかドア付近の手すりのあたりまで追いやられていた。
ボックス席の壁を背にしてそれにもたれかかり、左側にドアがある状態。
ほとんど開かない方のドアだ。

私の目の前に、左手で雑誌を持って右手をポケットの中に突っ込んだ男性(推定40代)が立っていた。向かい合っている状態だった。

どうにも距離が近い。

混雑しているので近いのはしょうがないのだが、それにしても近い。
そして何よりもその男性は、雑誌を私の体に立てかけて読んでいた。

身長差があるので、向かい合って、鎖骨のあたりに雑誌を置かれているような感じだった。

そうなってくるとポケットに入っている右手もなんだか気持ちが悪く、私はちょっと横にずれようとしてみたり、思いっきり上体をのけぞらせてみたり、色々試してみた。
それでも男性は全く意に介さないよう様子で、本を読み続けている。

ただ特に触られているわけでもないので痴漢なのかもわからず、ただただ私は戸惑っていた。
今思えばめちゃくちゃ困惑していた。

男性の目的がわからない。ただたんに本当にちょうどいい物置として私の上半身を利用しているだけな気もするが、私は文句を言っていい立場なのか??

そんなことをぐるぐる考えていた。
ぐるぐる考えながら、相変わらずモゴモゴうにうに動いたりしていた。

なぜよりによって受験当日の朝にこんなことが。

そう思ったとき、

「君、やめなさい。彼女嫌がっているじゃないか!」

という声が車内に響いた。

私の斜め前にいたロマンスグレーのサラリーマンのおじさまが、男性の肩を掴んでそう言ってくださったのだ。

言われた男性は気まずそうに私の体から雑誌を退けて、そっぽを向いた。

私は混乱していて、ありがとうございますが言えなかった。
とりあえずペコリと頭を下げたかもしれないがあまり覚えていない。
助かったという気持ちと、みんなの注目を浴びてちょっと恥ずかしいという思いもあった。

そこから二つ駅を越えて目的地に到着し、私は電車を降りた。

そして、その件で動揺していた私は、しっかり迷子になった。
たくさん人が進んでいる方につられて歩いて行ったら、違う高校に到着した。終わったと思った。当時はスマホなんてなかったから道は間違えたら即死亡だった。

違う高校の前でうろうろキョロキョロしていたら、サラリーマンのおじさまが通りかかった。
勇気を出して道を聞いたら、とても丁寧に教えてくださった。

そして私は無事にその高校に合格した。

**

入学して月日が経った高校2年生のころ。
通学中によだれをぶっ放して寝ていたら、完全に寝過ごしてしまい、おじさまが起こしてくれたことがあった。

「XX高校の子だよね?さっきの駅で降りなくてよかったの?」と。

降りないといけなかったし、どうせ起こすならできればその駅で言って欲しかったと若かりし日の私は思った。
しかし次の駅で降りられたので傷は浅かった。
でも遅刻は遅刻だった。

**

このように、私の人生にはヒーローおじ様がたまに現れる。

どのおじさまも私の記憶の中では同じ姿をしていて、ロマンスグレーで黒縁メガネ、黒のロングコートにバーバリーのマフラーをしている。

20代になってからもちょこちょこおじさまは現れた。
泥酔した私をタクシーに乗せてくれたり、困ったときに現れて去っていく。

もしかしたらこのおじさまは私の人生を見守る背後霊で、どの時代でもいつも同じ姿で私を見守っているのかもしれない、なんて思ったりするのである。

ここ最近はお会いできていないが、それは私が困ることなく生きられているということなのかもしれない。

またいつか、ヒーローおじ様に会えるその日まで。





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