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お医者さん

小岩に住んでいた頃。

十年ぶりかの風邪をひき、まぁ寝とけば治るだろうと呑気に家でポカリを飲んでいたら、それから体調がどんどん悪くなって、これは流石にまずいと近所の病院に行った。

その病院は家から徒歩3分ほど歩いた所にある、ひっそり佇む小さな病院。かなり年季の入ったその病院は、住宅街の中にあるのでよく見なければただの民家だと思ってしまう。僕も小岩に住んで間もない頃はただの木造の一軒家だと思っていた。

それが病院だと気付いたのは、ある日いつものようにスーパーで買い物をして家に帰る途中、その家の前で白衣を着たおじいちゃんが、道端に咲いている草花に水をあげているのを見かけたからだ。

「えっ、ここもしかして病院なん?」

その時の驚きが強くて、風邪で意識が朦朧としながらもこの病院の事を思い出すことが出来た。あのおじいちゃん先生に感謝しながら、足取りはふらつきながら、命からがら、その病院の前まで来たが昼なのに中が暗い。休みだろうか。入り口は開いていたので中に入ると4畳ほどの待合室とその先には廊下があり奥の部屋に続いていた。待合室に置かれているケロケロケロッピーは色あせて少し黄色に変色してしまっている。まさかこんな木造の建物の中に医学が詰まっているとは、あのナイチンゲールさえ思わないだろう。

「すみませぇ~ん。誰かいませんかぁ~?」

最後の力を振り絞って声を出す。すると廊下の奥のドアがゆっくり空いて返事が戻って来た。

「はいはい。どなた様ですか?ちょっと待って下さいね。」

奥の部屋から、以前水やりをしていたあのおじいちゃん先生がゆっくりゆっくりこちらに歩いてきたのが見える。左手をしっかり壁につけて体を支えながら、こけないように、ゆっくりゆっくりと。

「うわぁ、ほんまおじいちゃんやなぁ。」

心の中でそう思っていると、おじいちゃん先生が少しつまづきそうになったので、慌てて「僕が行きますぅ〜。」と声を出したが、蚊の鳴くような声だったのでおじいちゃん先生には届かない。仕方なく何とか壁を伝いながらおじいちゃん先生の所に向かうが、足元はかなりふらついていた。

それを見たおじいちゃん先生が、「あなた大丈夫ですか?ちょっと今そっちまで行くから待って下さい。無理はしないように。」と言いながら、またゆっくりゆっくりとこちらへ向かう。一人は奥の部屋から、一人は玄関から、壁に手をつきながら時速0.05キロの速さで2人が近づいて行く。そしてようやく二人が落ち合えた時、ちょうど待合室の窓から西日が差しこんで、それはまるで神さまのご褒美かのように2人から後光が差したのだった。

西日に照らされたおじいちゃん先生が僕に尋ねる。

「どうなさいましたか?」

西日に照らされた僕が答える。

「むっちゃしんどいんです。」

それを聞いたおじいちゃん先生は笑顔で答える。

「もう大丈夫。私が何とか元気にしてみせますよ。」

本当だろうか?よく見たら、壁についている手もちょっと震えている。説得力が全くないおじいちゃん先生の姿だが今の自分にはこの人しかいない。今までの記憶は白紙に戻し、そのままおじいちゃん先生の案内する診察室に向かった。二人の歩く速度は綺麗にシンクロしている。シンクロ率100パーセントだ。美しい。診察室にたどり着くと、おじいちゃん先生が僕に聞いてきた。

「ところで、あなたは何やってる人です?」

「実は、、お笑い芸人をやってるんです。」

「へぇ~。芸人さん?」

それを聞いたおじいちゃん先生は驚いた表情を見せた。僕はこのリアクションが嫌だった。真剣に考えて決めた職業を、物珍しさがゆえの興味の対象として見られるのが嫌で嫌でしかたなかった。今回もきっとそんな感じで見られているのだろう。こうなると早くおじいちゃん先生の好奇心を収めて治療に専念して貰う流れに持っていかないと。芸人の質問をされないよう僕は心の中で分厚い壁の工事を始めた。

「ならあなたもお医者さんですね。」

ほらもうなんか変な事を言っている。おじいちゃん先生は耳もだいぶ遠くなってるのか。それとも僕とおじいちゃん先生の間の空気振動に何か起きたのか。とにかく僕は芸人だよ。医者として勘違いされてる方が気も楽だが、とりあえず何故そう思ったのか聞き返した。

「何でですか?」

するとおじいちゃん先生は笑顔で僕に言った。

「芸人さんって言うのは人を笑顔にして元気にする凄い医者でしょう。」

僕の心の壁の工事が止まった。

「立派な仕事されてますね。私は芸人さんを医者だと思ってるんです。だからあなたは私の後輩か。偉そうにすみませんが、頑張ってくださいね。同業者として応援させて頂きますよ。」

そう言っておじいちゃん先生はまた笑った。おじいちゃん先生のその言葉だけで、もう体調は良くなりそうだった。いや、実際にちょっと元気になっている。凄い先生は言葉でも患者を治療してくれるのか。

「はい〜頑張りますぅ〜」

残念ながら蚊の鳴く声にコールド負けする様な声でしか返せなかったが、表情で目一杯感謝の気持ちを表現した。それが伝わったのか、おじいちゃん先生は軽く頷いて、注射針の用意を震えながら始めた。

「じゃあ、ちょっとチクッとするけど我慢して下さい。」

「大丈夫です!(声が出ないので表情で)」

もうこのおじいちゃん先生にすべてを任せても良いと思った。おじいちゃん先生のくれた言葉とこの注射で完全復活だ。袖をまくり腕を勢いよく出した。おじいちゃん先生はその後注射を6回失敗した。最後も何か首を捻っていた。多分最後の注射も失敗して終わっている。だって家に帰って腕を見たらパンパンに腫れていたから。でもそんな事はどうでも良かった。腕の腫れ以上の心の晴れがあったから。

総武線で千葉方面に行くと時々あの病院の事を思い出す。仕事が早く終わり時間がある時は、あのおじいちゃん先生の病院のところへ行ってみる。今では月極のガレージに姿を変えたその場所で、僕はあの日のおじいちゃん先生の言葉を思い出して、また元気を貰うのだった。                              【終わり】

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もう一回言って下さい!もう一回!
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田畑藤本というコンビでお笑いをやっている田畑の方です。普段は相方の『東大』という肩書きが光過ぎていて全く輝けておりません。学歴社会の構図を日本一食らってる男としても有名です。ここに来たあなた。よく僕の方を見つけたね。
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