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科目数の少ないカリキュラムをどう作るか(4)

まだまだ”私的”カリキュラム論が続きます。今回は、私の前職である九州国際大学法学部で、2010年から2年間かけてカリキュラム改革を進めたときの話をしていきましょう。もうずいぶん昔の話なので、だいぶ記憶は怪しいですが、ほぼぶっちゃけトークでいきます(笑)

カリキュラム改革の事前準備

当時の九国大法は長い間定員割れに苦しんでいました。私が着任した2001年から、なんと8年間連続定員割れ(そのうちの7年は前年度より入学者減)という悲惨な状況が続いていたのです。その後定員削減は行いましたが、そのスピードを上回るように学生数が減っていきました。

私が2008年に法学部長になる直前にも、再び入学定員の削減が行われました(220名→180名)。私は、その時に、出口のイメージを絞り、警察官・消防士等の公務員を輩出するためのコース(リスクマネジメントコース)の設立を提案しました。結果的に2009年度から入学者は増加に転じました。

備考1:当時の改革については、山本啓一「学力に課題を抱える大学における就業力の育成と課題」『日本労働研究雑誌』629号,2012年, を参照のこと。
備考2:ここで非大学関係者のために説明すると、学部に所属する教員数の最低基準は「大学設置基準」で決められています。計算式が複雑なのでここでは紹介しませんが、上の例だと、1学年180名の法学部は最低14名の「別表1」というカテゴリの専門教員を置かなければいけないのです。もちろん、それ以上置いてもよいのですが、私立大学だと、経営的観点から教員数は極力少なめになります。九国大でも14名+アルファというのが理事会からの要請でした。

専門の教員数も減るため、カリキュラムに手を付けないと大変なことになることはわかっていました。前回の記事で紹介したように、専門科目が多いために、非常勤依存率が高く、そのうえ開講できない科目も多数あるという問題が発生していたのです。

学部長になって最初の任期である2年間は初年次教育改革に費やしましたが、次の2年の任期の目標を「カリキュラム改革」と設定しました。2010年9月、学部長として二期目の最初の教授会に、以下のような「法学部カリキュラム改革方針」を提示し、承認されています。

① 大学におけるキャリア教育とは、学生が正課カリキュラムを履修することによって、「社会的・職業的自立」を果たすことを意味する。そのためには、まず、専門分野の知識と実社会との関連性が明確に示されなくてはならない。すべての講義や演習によって習得する知識が学生のキャリア形成に役立つ内容でなければならない。すべての科目=キャリア教育科目である。
② 本学の学生が成長するためには、科目間の有機的な関連性が必要である。科目同士を数珠つなぎのように関連させ、学生が一つ一つの科目を履修する中で徐々に力をつけていく道筋をつくる必要がある。初年次においては学生の汎用的能力(特にリテラシー)を発達させ、専門分野の知識を習得できるレベルまで学生を引き上げる。専門科目を通じても、学生のリテラシーを鍛える。さらに、学生がコア科目を有機的に関連づけて理解できるようにする。すなわち、各科目の担当者は、全科目の関連性の中で授業計画を立てることになる。これは、選択科目制からの移行を検討することになる。
③ 学生が講義や演習の課題に取り組む中で、結果として「自主性」や「コミュニケーション能力」等、社会で必要とされるスキルが身につく授業にする(一例として、ディスカッション、協同学習、PBL、サービスラーニング等の導入があげられる)。

→学部の人材育成の方向性と教育のプロセスが学生にも読み取れるカリキュラムの作成をめざす。ディプロマ・ポリシー、カリキュラムポリシーを再構築する。

カリキュラム改革のスタートは、まずは3ポリの再構築です。ここから始めないと科目数削減までたどり着くことはできません。その後もカリキュラムについて検討を進める中で、1年後の2011年9月には以下のような原案を教授会に提案し、承認されています。「就業力」など懐かしい言葉が使われていますが、2010年前後の最大の課題は、なんと言っても就職率の向上だったのです。

カリキュラム改革の課題とねらい 本学の学生にとって「就業力」とは、おもに「学力(特に基礎学力やジェネリック・スキル)」のことを意味する。法学部の最重要課題とは、組織的な教育を通じて、学生の「学力」を伸ばすことにある。そのための仕組みづくり(=質的保証)を、以下の方針のもとに考えたい。

 ■改革方針
(1)カリキュラム改革…DPとCPにもとづき、科目間に相互関連性(特に、科目の達成目標が関連付けられていること)を持たせ、学生の学力を漸次的に引き上げるカリキュラムを構築し、学生にそのカリキュラムを体系的に履修させる仕組みをつくる。
※自由履修/必修の枠組みにとらわれず、ほぼ全員の学生に共通の教育プログラムを提供すべきである。「学生が自由に科目を履修できる」割合は少ないほうがよい。「全員の学生を鍛える(=質保証)」ことと「自律的な学生像」を前提とする自由履修を基本としたカリキュラムは矛盾する。
※科目の達成目標は、個々の教員の裁量に任されるのではなく、学部全体で決定・承認されるべきである。単位認定権は最終的には教授団すなわち教授会に属する。
(2)シラバス改革(授業改革)…(ジェネリック・スキル育成とキャリア教育を含む)各科目の意義と達成目標を明確化したうえで、授業計画を細密化する(カリキュラムマップ、コマシラバスの作成)。
※シラバスには、その科目がなぜ本学法学部に存在しなければならないかという「科目の意義(ねらい)」、その意義とかかわる「科目内容」、科目内容にかかわる「達成目標」が明確に記載されなくてはならない。
※毎回ごとの授業計画(コマシラバス)を細密化するとともに、学生が授業をどれだけ理解できているかを毎回把握しながら(形成的評価)、授業を日々改善していくことこそ、個々の教員が実践すべきFDである。
(3)教育評価改革…教育改善のPDCAサイクル(質的保証の制度)につながる教育評価方法を開発する。
※教育評価とは、学生の現状(事前)の把握(診断的評価)、学生の授業の理解度の把握(形成的評価)、学生の達成度の把握(総括的評価)に分類される。こうした観点から教育評価が行なわれるべきである。

科目数の削減については、まだここでは、暗黙的にしか述べられていません。他方で、「科目の達成目標は、個々の教員の裁量に任されるのではなく、学部全体で決定・承認されるべきである。単位認定権は最終的には教授団すなわち教授会に属する」という文言が入っていることにびっくりする方もいらっしゃるかもしれませんね。でも、こういう表現だと、法学部の先生たちは「そうだ、そうだ」と納得するのです。

カリキュラムの科目数削減のロジック

さて、その半年後の2012年4月の教授会で、いよいよ「科目のスリム化』を提示しました。その理屈は次のとおりです。

・現在のカリキュラムの科目数は講義94(演習を除く)である。
・そのうち今年度開講できているのは77科目。現行の専門教員(17名)の担当だと56科目にすぎない。
・科目によっては複数開講を行っているため実際に開講しているコマ数は101科目である。そのうち専任教員が担当しているのは80科目である。これらの開講科目の総単位数は151単位である。一方、専門科目の要卒単位は66単位である。・現行の専門教員(17名)による、専門教育科目(演習を除く)の平均担当科目数は3.7科目である(大学院を除く)。ただし、開講コマ数(演習を除く)で計算すると1人平均4.7コマとなる。
・入学定員を削減したことにより、専門教員の設置基準は最低14名に減少する。
・そこで、14名プラスアルファの教員が持てる科目数を計算すると、総科目数は14×3.7=51.8とならなければならない。

カリキュラム改革の議論を続けてきて1年半。ここにきて、「専門教員14名(+若干の非常勤)で運用可能なカリキュラム」であるためには、「専門科目は50科目程度に削減」しなければならないと宣言したのです。

これに対して、当時の教授会はどんな反応を示したと思いますか? カリキュラム改革の案件については、以前から教授会で構成員全員に意見を述べてもらっていました。今回も全員に意見を述べてもらいました。すると、誰一人反対しなかったのです。もちろん、「法学部としてのプライドには関わるが、やむを得ない」という法学部らしい消極論から「こんなに科目数が多いと教員は疲弊するから減らさなければいけない」という積極論までいろいろでしたが、1年半かけて議論した結果、「専門科目数の半減」というラディカルな改革案に、表立って反対する人はいなかったのです。

ここからは実務レベルの話になります。私はいったん教務担当者にふり、あまりタッチしませんでした。その後、あがってきたカリキュラム案原案は、当時奮闘していただいた教務担当の先生の緻密なシミュレーションのおかげで、本当に科目数が50程度に収まっていたのです(演習及び特殊講義等アドホック科目は除く)。

当時、原案を受けて、私が作ってみたカリキュラムツリーをそのまま掲載しましょう。実際に導入されたカリキュラムにはいくつかの微修正が加わっているので、厳密に言うと、このツリーのままではないですが、ここに載せた科目が新カリキュラムのすべてだったのです。また、DPと結びつく形でカリキュラムを配置しようという意図も伝わるでしょうか。

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さて、このカリキュラム原案(最終案)を教授会にかけた時の教員の反応はどうだったと思いますか? やはり全員に意見を述べてもらったのですが、誰一人反対しませんでした。法学部の先生たちが満場一致で承認したのです。

こうして九国大法のカリキュラムは2012年末に完成しました。その後ゴタゴタがあって(詳細は省略w)、予定より1年遅れの2014年度から導入されたのでした。その後、このカリキュラムはすでに4年以上運用され続けています。最近では、カリキュラムの耐用年数が短いところが多いのですが、もしかしたらこれは8年間ぐらいはもつかもしれません。

ただし、私は新陳代謝も大事だと思っているので、古巣の先生たちには、そろそろこのカリキュラムを刷新してもらいたいなあと思っています。定員ももうすこし減らしているので、このカリキュラムでもちょっと負担が重いかもしれません。

さて、カリキュラムが導入されてから数年後、僕はもう大学を移っていましたが、元の教務担当の職員の方から、「導入してみると、このカリキュラムの意味がわかる。本当にこのカリキュラムはいいんですよね」と何回も言われました。スリムかつ明快なカリキュラムであることは、学生の伸びを保証する一方で、教員の負担を軽減します。それだけでなく教務的にも時間割が組みやすいのです。また教員に余裕があることから、協働プログラムや試行プログラムの導入も比較的簡単です。科目数が少ないカリキュラムのメリットはとても多いのです。

では、北陸大学ではどのようにカリキュラム改革を行ったのでしょうか。続きます。

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