遺書

 遺書のごとき重要なる書類をワープロソフトで入力するなど、まずこの時点で私の死への意思は弱いものとみなされるかもしれない。しかし、時々刻々と変化する現状は、私を死へと、甘き死へといざなうのである。ならばこのようにして、書けるときに書きやすい方法で書いておくことには、意味があると思う。死にゆく人間が、はかなき現世でしか通用しない「意味」を気にしているのは、少々滑稽ではあるが。

 私が死を決断した理由を挙げる。第一に、これから生きてゆく展望が見当たらなくなったこと。会社のことは後で書くが、会社をやめるとなるともうお金がどうしようもない。両親が言うには、我が家の住宅ローンが滞れば、我らはこの家を引き払わなければならないそうだ。そのためには、私から月に[検閲]を得る必要があるそうで、このレベルの支払いは正社員でなければなかなか厳しい。しかし家を引き払うのも嫌だ。というわけで、ベン図を書くまでもなく、私には死という選択肢のみが逃げ道として残された。
第二に会社。真に遺憾ながら、今回就職した会社も私にとっては毒のごとき会社であった。ずさんな人事計画で、10年以上のベテランの引継ぎを新入社員に1か月で完了させようとした。その重圧に耐えかねて心身の症状が現れ、欠勤気味になると容赦なくさげすみ、嫌われ、攻撃の対象となる。特にT課長の態度の変化は、私に大きなダメージを与えた。(そうです、全部実名で書くのである。我が恨みなのであるから)そして本日、遂にK社長及びO常務からの呼び出しを受けた。いまだに名前の読み方がわからないこの社長は、一言で要約すれば「お前は無能で甘えてばかりで人の迷惑を考えさえしない馬鹿野郎だから、明日中にやめるか続けるか決めろ」と仰せになった(なお、この会話の録音データがあるので、何らかの形で再生可能にしておくので参照されたい)。その場では反論できなかったが、明らかに最初からあまりに多すぎる分担で仕事をさせていたのは事実だし、そもそも10年選手の引き継ぎを1か月で済まそうということ自体が無謀だと、この馬鹿社長は気づかなかったのであろうか。それで非常に高圧的な態度で話し合いという名の退職勧告は終わった。私は今のところ応じるつもりはない。もし、強制的にというのなら、私はこの社長と、先ほどから出てきている10年選手ことN主任を[検閲]したのち、[検閲]をする心づもりである。
このN主任もまたひどい人物であった。普段は優しく感じるが、仕事のことになると厳しくなる。こう聞けば理想的にも思われるが、厳しさが明らかに不適切な厳しさであった。物を教わるにも、教わってないことを「以前に教えましたよね?」といい、教わってないから自分の考えで行った行為を「なんでこんなことをするのか?」と詰問し、私はこの2か月で褒められた記憶がない。悪いところを詰問し、常に悪いところばかりを探していて、良いところは目にかけさえしない。最終的に、何かを聞くのさえ恐ろしくなり、引き継ぎはさらに停滞した。
 第三に金銭のこと。[検閲]、どれも仕事を辞めたら払えない。死んで債務者不在になればどうにかなると思う。
 
 私は、このような落伍者のごとき人生を歩んだ私をこよなく愛してくださった両親、祖父母に深く感謝していると同時に、このような理由で、このような方法で、先立たねばならなかったことを深く謝罪したく思います。謝っても済む問題ではありません。しかし、生きてこの文章をタイピングしている私は、実際として胸が張り裂けそうな気持ちに苦しんでいるのです。どうか微衷をお察しになり、優しく見送っていただきたく思います。
 
以下、指示を示す。
・現在私の持つ借金は[検閲]である。
・私の所有物については、その取扱は凡て家族に任せる。なお、PCについては極力データを削除したうえで取り扱うこと。
・私の使っているPC(自室にあるデスクトップ)のパスワードは[検閲]、パスコードは[検閲]である。
・私の使っているスマートフォンのパスコードは[検閲]である。
・私の[検閲]の暗証番号は[検閲]である。
・私の[検閲]の暗証番号は[検閲]である。
・私の所有する麻雀牌のうち、黄色い背中のものは大学時代の友人H君に、青い背中のものはK君にそれぞれ贈呈されたい。
・黄土色の背中のものは捨てずにとっておいてほしい。
・自室は如何様にでも扱われたし。
・M君に、先に死んで申し訳なかったとお伝え願う。
・H、K、O、S、A各君には、またマージャンを打つことをができずに申し訳なかったとお伝え願う。

遺書を書いた。一応公開しておく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?