針の筵

針の筵という言葉がありますね。今の私の職場における状況はまさにそれである。

業務上ほとんど関係を持たない人たちとは、そもそも関係性を築いていないのでどうでもよいが、問題は業務上交流を要す人々たちである。明確に嫌う人、気持ち悪いほど配慮してくれる人、そして自然体に交流する人の三パターンとなった。

まずは嫌な方。T課長は明らかに私を嫌い、さげすんでいる。細かいミスのたびに威圧的な挙動をなし、それで委縮する。失敗してはいまいかと、汗を非常にかく。能力や集中力など、このデバフの前には意味をなさぬ。そしてまた細かいミスをして叱責される。これを無限に繰り返す。正直致し方ないところではあるのだ。なぜなら私が突発的に仕事を休んだら、その仕事の穴埋めをさせられるのはこのTクソ課長だからだ。第一印象は紳士と思っていたが、実際のところはそんなことは「まったく」ない。感情を仕事に持ち込む程度の人間だ。
クソ社長君はよくわからない。まあこのおっさん自体がろくに出社しないし、また業務上決裁がいることもないしで、ほとんど話すことはない。しかしあの日ああして非常に強い言葉で叱責罵倒されたことは、脳裏から離れそうにもない。

次に良いほう。社長の弟がいるのだが、この人はなぜかすごく優しい。それも突然優しくなった。社長に呼び出されて怒られて、その日から優しくなった。私の病状を当然知っているらしく、「仁丹さん、座ってばっかりじゃちょっと気が滅入るでしょ?体動かしましょう!」と、私が暇な時間を狙っては少し体を動かすような仕事を振ってくれた。帰りに駐車場まで一緒になると、色々雑談をする。この人に迷惑をかけてはいけない、と心から思う。
そしてくそ上司。もともとくそ上司と呼んでいたこの大年増が、気持ち悪いほどに態度を一変させた。この人も私の病状を聞き、思うところがあったらしい。一昨日、飲み物をとりに行ったときに給湯室に閉じ込められて、話をした。私のことがあんまり心配になったから、同じような経験を持つ上司の娘さんに相談したらしい。それで、精神的な疾患のつらさを念頭に置いたうえで、ここで使い潰されてもう駄目になってしまうよりは、もう少し突発的に休んでも許してもらえるような職場を選んでみてはどうか、という提案を受けた。会話は終始雑談的に行われ、雰囲気はよかった。私はこの上司がここまでものを考える人とは思っていなかったので、驚いた。そしてこの上司の娘さんに感謝しなければなるまい。多分その人の説得がなければ、私は引き続き地獄を見ていたであろう。しかしこの上司、やはり一筋縄ではいかぬ。話の枕であるとはいえ、イエスバット法的な否定したいことの事前提示とはいえ、私を「仕事も覚えないし手際は悪いし新人類かと思った」と言うなど、やはりこの人は根本的に人間との交流に於いて何かの欠点を持っているのであろうと思う。もしそうでなければ、この人は単に私を追い出したいのだ。内に愚劣な私への煮え滾る憎悪を秘め、あと一か月だと励ましながら、私をさっさと追い出そうとしているのだ。だとすれば気を付けなければならない。安易にこの態度の変化を良いものとしてとらえ、それに便乗してはならない。見え透いた罠だ。

そして最後、自然体の人。現場のトップの人である。私がやってる事務の仕事というのは、結局その人の補佐的役割であるところも大で、したがって毎日何十回と話をする。そんな中で、特に心配の言葉をかけることもなく、さりとて感情に任せて失敗を責めることもなく、淡々としている。

あとはもう一人課長がいるのだが、この人はかつては良くしてくれたが、今は自然体のほうに寄っている気がする。でもそれでよい。

もう、よいのだ。

新しく作られた契約は5月末までの勤務となっていて、多分会社の奴らはその間に私の値踏みをしている。私は5月が終わるまでは、感染症など他者に迷惑をかける恐れのある病気である場合を除いて、必ず皆勤出社すると決めている。果たしてその時どうなるか。正直解雇してもらった方がありがたい。一週間くらい休んで、月に総支給12万円くらいのフルタイムパートを探す。どうにか生きていける、そして家に6蔓延を入れられる限界だと思う。もちろん贅沢はもうできない。でもそんな贅沢よりも、心の余裕のほうが大事だと今は思うのだ。

ああ、考えるだけで面白い。自分の会社にとんでもない価値があると思い込んでいるバカ連中が、上から目線で「やっぱお前のこと継続して雇用してやるわ、感謝しろよ」って言ってきて、それに私は「何馬鹿なこと言ってんだ、こっちから願い下げだよ」と言って、今までの不満全部ぶちまけて、さっそうとこのクソ会社を去るのだ。

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