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超短編小説『嗚呼、愛しのソフィアンぬ』

2017年に千歳船橋のアポックシアターにて上演された、熊谷の一人ダンス劇「嗚呼、愛しのソフィアンぬ」
相方に逃げられた漫談師“じょセフィーヌ”が1人居抜きで借りた元スナック“あかひげ”でコアなファンを集めて夜な夜な一人漫談を繰り返し。元相方へのひねくれた悶々とした愛を消化しきれずに過ごしていく様を描いたダンス劇脚本を元に、ダンス劇で描かれた以前のコンビ結成までを、熊谷本人が書く短編小説。


□モンブラン

おそらく僕は、お腹も痛かったし、熱もあっただろうし、なにより運動会にいける自分ではなかったから、

その日はレースのカーテンを閉めて、枕とほっぺたの間に挟んだ自分の手の平が気持ちよくて。

真っ白い外に目と耳を向けていた。

風にまぎれて、先生だか、司会の生徒会の上級生だかが、マイクで話す音が聞こえてきて、

それに続いて彼らが「わーー!」とも「ぐぉーー!」とも聞こえる音で叫んでいた。

遠くから聞くと僕ら子供の声はとてもうるさく、美しいものなのだと子供の僕は思った。

このくらいの距離が彼らと僕にはちょうどよかったんだ。。。

いつの間にか夕方5時過ぎになっていたことがわかったのは、玄関のチャイムがなって部屋から、玄関に行く途中で家族臭い居間を通った時、テレビの中で騒ぐ笑点を目にした時だった。

玄関のドアを開けると小学生が立っていた。
彼は「今日の運動会の砂が入った卵焼き・・・

食っとけよ!これくらいは!」

と言ってタッパーに入った砂だらけの卵焼きを僕に押し付けて、走りさっていった。

その小学生が今は38歳になり、僕の目の前でモンブランを食ってやがる。。。

□ソフィアンぬ と じょセフィーヌ

小学校5年生から中学3年生までの4年間、友達と呼べる行為を繰り返していた唯一のクラスメイトだった杉崎孝司と再会したのは、僕らが28歳になった夏のことだった。

高校卒業後しばらく地下街の洋食屋の厨房でアルバイトをしていたが、油の匂いがこびり付いた体のままススキノに飲みに行くことが最後まで好きになれず。

コンビニで立ち読みした求人募集で見つけたショーパブ『大体吉日』で働き始めて5年が経とうとしている。

最初はホールで蝶ネクタイを締めて酒を運ぶだけの仕事だったが、もともと年上の人間と話をするのが好きだった事もあり。テーブルに呼んでくれる客が増え。

いつしか踊ったこともない男が、眉毛を描き、派手で安そうな衣装を羽織って人前で踊り、コントまで披露をして、一万円札の入ったグラスになみなみと注がれた焼酎を一気に飲み、衣装を脱ぐことも出来ず狭い楽屋で夕方まで潰れて寝る日常の中にいた。

そこまで嫌いな仕事ではないが、物心ついてから今まで「最高に幸せだぜ!」などと言ったことがない僕は、この日曜日もなんとなく色々な事に納得のいってないような表情を作り、店の近所の焼き鳥屋で知り合いの店長の話に半分耳を傾けながら3杯目のビールを飲み「仕事で飲む酒とは違うんだよなぁー」などと口が勝手に言っている。

5分ほど前から店長越しにやたらと目が合う、レモンサワーをポカリスエットのような勢いで飲む男が僕に何か言っている、それが僕の苗字だと判明するまでに少し時間が必要だったのは、休みの日のビールのせいだろうか・・・

いや最近はもっぱら店で『じょセフィーヌ』と呼ばれているからであろう・・・

なんて名前なんだ。

「岸田!岸田だろ!?ぜったいキッシーだ!はははははは」

「・・・あ。杉崎??孝司?たっちゃん。」

「わー!やっぱりそうだ!キッシーだ!何やってんだよ!こんなところで、 そんな金髪でさ!!」

「こんな所って・・・金髪はなんとなくだよ。」

このうるさい感じが懐かしく、苛立たしく、嬉しく感じる暇もなく、杉崎はすでに僕の隣に座り、僕のジョッキにレモンサワーの入ったグラスをガンガン当てて

「なんか今日はいいことがありそーな予感してたんだよ!でもまさかたちゃんに会えるとはなー!記念にレモンサワーもう一杯!いやー素晴らしい日だ!」

などと言ってやがる。。。

進化がない。。。

杉崎の話の節々から臭う”ぼけぼけした平和臭”に少し癒しを感じてしまっている自分に、『だったら、お前もぼけぼけ生きろ。誰も何もお前に求めてないんだ』と小さく心で自分につっこみながら、なんとも緩い時間を2時間ほど過ごした頃、いままでと違う匂いのする言葉が杉崎のレモンサワー臭い口から発せられた。

「なぁ、なんでそんな派手な色の髪してんだよ。。。
どうせこいつに話しても俺の住む世界の闇はわからない。。。とか思ってんだろ?

じゃ、話せよ。暇なんだ、俺たちは。」

「俺は暇じゃない。お前と話してる暇はないんだ。」

急に杉崎孝司のような男とせっかくの休みに酒を呑んでしまっている事を恥じる自分が現れ。

席を立って会計を済ませ何も目に入れずに店を出て、店が入っている雑居ビルの階段を前のめりになり過ぎて滑り落ちそうになりながらも3階分を駆け下りた。

コンビニの脇から外へ飛び出た僕のTシャツの裾を湿った大きな手のひらがクシャクシャに掴んでいることは、見なくてもわかった、振り向かずにそのままそれを引きずってコンビニに駆け込んだが、いわいるなにかとテンションが高い人間だと思われたくない僕は、落ち着いた顔で振り返ることにした。

「なぁ、岸田んちで飲み直そ。」

コンビニの青白い明かりに照らされた杉崎の額の汗が、とてつもなく汚くて、店で飲んでた杉崎よりも信用ができた・・・

僕らはコンビニで2本ずつ缶チューハイを買うと、そこから歩いて7分ほどの僕の家に向かった。

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