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才能ある者が多すぎる異常な市場こそ正常【加藤浩次の変について】


お笑い芸人の極楽とんぼ、加藤浩次氏が、吉本興業から実質的に解雇された(*1、2)。
マスコミは「粛清」という強い言葉を使って異常事態であることを伝えているが、ビジネスの観点からしても異常事態である。
異常事態とは、芸能界に才能ある人があふれかえっている状態のことである。
この問題をテコにして、才能と人材、ギャランティと企業の発展について考えてみた。
その結果、芸能界の異常事態こそ、ビジネスの正常状態なのではないか、という結論に達した。

*1:https://profile.yoshimoto.co.jp/talent/detail?id=682
*2:https://friday.kodansha.co.jp/article/168182

■「いわく」つきを回避できる唯一の市場



異常事態とは、加藤氏が干される危機にあることだ。
一般ビジネスでは、加藤氏ほどの才能がある人なら、勤務先の会社ともめて退職しても、簡単に次の会社に就職することができる。
しかし、芸能界は、才能ある人が異常に多いから、芸能事務所もテレビ局も「いわく」がついた者を採用しないでよい。
日本には、このような市場はほかにない。一般ビジネスを展開している企業にとって、才能人材をいくらでも補充できる芸能界は、うらやましいのではないだろうか。

■加藤氏と吉本興業のトラブルについて



考察に進む前に、加藤氏問題を振り返っておく。

問題の発端は、反社会的組織から金銭をもらいながら、もらっていないと嘘の証言をしていた宮迫博之氏への、吉本興業の対応であった。
加藤氏は2019年7月、自身の番組で、吉本興業の宮迫氏への対応を批判したうえで、「今の社長、会長体制が続くなら俺は吉本興業を辞める」と発言した(*3)。

しかしその後、加藤氏と吉本興業は和解し、両者はエージェント契約を結ぶことになった。
エージェント契約と、従来のマネジメント契約の違いは次のとおり(*4)。

●マネジメント契約(通常の芸能人の契約)
事務所が仕事の獲得、契約交渉、スケジュール管理を行う。事務所がタレントを手厚くケアするが、事務所のギャランティの取り分は多い。

●エージェント契約(加藤氏が結んだ契約)
事務所が仕事の獲得と契約交渉を行うのはマネジメント契約と同じ。タレント自身がマネジメントする点が異なる。タレントは、事務所のバックアップが薄くなるが、ギャランティの取り分が増える。

加藤氏のように人気が高く、その人気が定着している芸能人は、エージェント契約のほうが得することが多い。
したがって吉本興業側は、加藤氏に押し切られたことになる。
もっとわかりやすい言葉を使うと、加藤氏は吉本興業に勝った。

それから1年あまりが経過した2021年3月、吉本興業は、加藤氏とのエージェント契約を更新しないと発表した(*5)。
加藤氏にとって契約解除、つまり実質的な解雇は寝耳に水というより青天の霹靂だったようで、フライデーの取材に次のように回答している(*6)。

「吉本興業さんの方から契約を延長しないといわれて。ちょっと僕もビックリしている。
僕自身はね、2年ぐらい前に騒動があって、僕もああいう発言をしたんで吉本興業とエージェント契約を続けようとは思っていたんです。僕自身は3月が更新の時期だったんで、吉本興業さんの方から契約を延長しないといわれて」

加藤氏にとってエージェント契約は、快適なビジネス環境であったことがわかる発言である。
しかし吉本興業にとっては、加藤氏とのエージェント契約は、不快なビジネス環境であったようである。

ただ、ここまでの流れは、一般ビジネスでも頻繁に起こることである。
例えば、社員が経営者を痛烈に非難したものの、社員の主張に合理性があれば、経営者はその社員を解雇することはできない。経営者は、負けを認めて非難を受け入れなければならない。しかし経営者は面白くない。そこで、恨み感情を胸の内に潜めておき、反撃のときを待つ。その社員が次に大きな失敗をしたら、それを理由に解雇する。そうすることで経営者は、非難されたから解雇したのではない、と主張することができる。

最も注目したいのは、加藤氏の次の発言である(*6)。

「『スッキリ』は4月からも日本テレビさんに続けさせてもらえるということなんで、そこだけは本当に真面目な話、正直に嘘なく番組を続けたい」

スッキリとは、加藤氏がメイン司会者を務めている日本テレビの番組である。
加藤氏は、スッキリを降ろされることを心配している。
これが、私のいう異常事態である。

*3:https://www.daily.co.jp/gossip/2021/03/09/0014137687.shtml
*4:https://www.oricon.co.jp/news/2141954/full/
*5:https://www.daily.co.jp/gossip/2021/03/09/0014137687.shtml
*6:https://friday.kodansha.co.jp/article/168182

■加藤・吉本問題が加藤・日テレ問題にすり替わってしまった



●加藤氏は吉本興業ともめた
●吉本興行は、いったんは負けを認めた
●しかし吉本興業は、エージェント契約を更新しないという形で報復した

ここまでは、普通の出来事である。特筆に値することではない。

●加藤氏は、自身の最も重要なテレビ番組を降板させられると懸念している

これが異常事態である。
加藤・吉本問題が、加藤・日本テレビ問題にすり替わってしまっているのである。

■才能ある人をいくらでもテレビ局に供給できるのはなぜか



加藤氏は、日本テレビが、吉本興業に忖度して自分を降ろすのではないかと心配している。
ただ、これは仕方がないことである。もし加藤氏がスッキリを降ろされたとしたら、それは大企業に反旗を翻したコストと考えるよりない。これは一般ビジネスでは常識であり、例えば一流企業は、従業員の反旗を許さない。

私が考える異常事態とは、加藤氏を降板させる余裕が、日本テレビにあることである。
加藤氏ほどの才能ある人を放出しても困らない余裕が、日本テレビにあることである。

いかな日本テレビであっても、加藤氏がいないと番組が成立しないのであれば、吉本興業に忖度などしないだろう。
以上の内容から、加藤・吉本・日テレ問題の本質は次の2点に集約されると考える。

●加藤氏並みの才能の持ち主が、芸能界には大量にいる
●吉本興業は、加藤氏並みの才能の持ち主をいくらでもテレビ局に供給できる


芸能界が人材不足に陥っていれば、加藤氏が吉本興業を実質的に解雇になり、日本テレビのスッキリを降板させられても、加藤氏は別の事務所に移籍して、他局のテレビ番組の司会をすることができる。
しかし、加藤氏には、「別の事務所に移籍して、他局のテレビ番組の司会をする」という構想を描けないでいる。

ではなぜ、芸能界には才能ある人が大量にいるのだろうか。
それは、才能ある人の多くが芸能界を目指すからである。
有名芸能人が告白する収入は「月収4,000万円」など破格である(*7)。億円単位の年収を毎年得ている芸能人も珍しくないという。
これだけもらえる可能性があるなら、他業界で活かせる才能を持っていたとしても、芸能界に行こうと思ってしまうだろう。

*7:https://www.oricon.co.jp/news/2055127/full/

■一般ビジネスでも破格のギャランティ設定が必要なのではないか



一般ビジネスを展開している企業も業界も、芸能界のように、湯水のように才能ある人が供給されたら、驚異的に発展できるはずだ。
例えば、金融業界でもIT業界でもインターネット業界でも自動車業界でも、才能ある人に破格のギャランティを提供することは、試す価値のあるチャレンジだろう。

三菱UFJ銀行は2021年3月に、優秀なデジタル人材と認めたら、新卒でも年収1,000万円を支給すると発表した(*8)。
NECは2019年からすでに「新卒でも年収1,000万円」制度を導入していて、破格ギャランティ戦略の狙いについて次のように話している(*9)。

・・・・・以下、引用・・・・・

これまでNECでは、ある程度年功序列的な要素を残した賃金制度が運用されていました。会社全体で、入社時に年齢と学歴でグレードが決まるという制度となっていたのです。
しかし、それでは優秀な人材をスタートアップや外資系企業に奪われてしまうようになりました。新制度の導入は、年功序列を払拭することが1つの大きな目的です。
現状、データサイエンス系の人材の給与水準は急激に上がっています。一方、賃金制度については、社会全体で見直しが進んできています。GAFAや中国のトップ企業と同水準の給与を提示しなければ優秀な人材は採用できなくなっているし、研究員のモチベーションも下がってしまいます。

・・・・・引用、以上・・・・・


NECのような一流企業でもすでに、破格ギャランティ戦略が世界戦略に欠かせないと考えているのである。
ただ、芸能界の成功者のギャランティのレベルからすると、年収1,000万円はまだまだ安い。「芸能界に行くくらいなら、IT業界で一発当てる」という人が多数出てくる状態にしないと、GAFAMや中国勢には太刀打ちできないだろう。
GAFAMと中国企業が破格ギャランティ戦略を展開していることを考えると、日本の一般ビジネス界が、芸能界の破格ギャランティ戦略を真似なければならない、ということになる。

しかし、破格ギャランティ戦略を取っている芸能界では、月数万円しか稼げていない芸能人が無数に存在することも忘れてはならない。


*8:https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF1214L0S1A310C2000000/
*9:https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00067/101100042/

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