手がたりストーリー(3) - オフィスマッサージの実現とマッサージ市場の課題 -
こんにちは。
株式会社オフィスマッサージ代表の田辺です。
前回記事 手がたりストーリー(2) - 「目が見えず耳も聞こえない」とは -にて、盲ろう者が働くことができる場を作りたいと企画開始し、カフェ&マッサージという複合型カフェの開店準備に入ったこと、そして、盲ろう者が手で語ることを象徴して、ブランド名が「手がたり」と決まったことをお話ししました。
前回記事にて、業としてマッサージをするには国家免許が必要と法で定められていることをお話ししました。マッサージ国家免許は盲学校理療科等の専門課程にて三年間以上、医学や実技を学ぶ必要があります。そして、以下の試験科目(詳細はこちら)があります。
医学概論(医学史を除く)、衛生学・公衆衛生学、関係法規、解剖学、生理学、病理学概論、臨床医学総論、臨床医学各論、リハビリテーション医学、東洋医学概論・経絡経穴概論、あん摩マッサージ指圧師理論、東洋医学臨床論
マッサージ国家試験に合格すると厚生労働省から国家免許が授与されます。そして、もし「免許を持つのだから、治療院を開業しよう」となると各地の保健所の管轄下に入ります。
では、免許を持つ有資格の治療院と、免許を持たない無資格のお店の見分け方は何でしょうか?
一番わかりやすい見分け方は、外に掲示された看板で料金の表示があると無資格で、料金の表示がなければ有資格となります。
「ちょっと待ってください。看板に料金の表示がなければ、治療院の中へ安心して入れないし、駅前の商店街のお店の店先では「マッサージ30分3,000円」等が看板に書かれていて、それがないと判断つかないです」とのお声もあるかと思います。
私もこの仕事を始めるまでは、マッサージに国家免許が必要とは知りませんでした。まして看板の価格表示が有資格者には禁じられているとは思いもよりませんでした。
ですが、理由としては、マッサージ国家免許を持つと厚生労働省のいわば出先機関である各地保健所の管轄下に入り、指導を受けます。
「マッサージ国家免許を持つ治療院は、地域の病院や診療所と同じく、看板に価格表示をしてはいけません」という有資格者への保健所の指導は全国的に行われています。
たまに、駅から遠く住宅街の一角にひっそりと、治療院の名称と電話番号等、最小限の情報しか載せていない治療院を皆様は目にされることがあるかと思います。
これは保健所の指導を踏まえている、法令を遵守している治療院の可能性が高いです。
そして、人知れず開業している治療院の一部では障害者マッサージ師が勤務しています。マッサージ技術が優れていても、治療院の広報力はなく「知る人ぞ知る」存在に。
他方、駅前の商店街にて、健常者の施術者が多く勤務し、店舗デザインや広告に勝る無免許無資格店は料金も打ち出し、集客力において有資格者を圧倒します。
つまり、多くの人々が知らないうちに、無資格の健常者によって有資格の障害者の雇用が駆逐されているという社会課題が存在しているのです。
確かに、無資格無免許事業者でも社内研修がないわけではありません。ですが、盲学校理療科等で三年以上かけて学ぶ医学知識にはとても及びません。
新人スタッフを数時間ないし数日の短期研修をしてから、現場へ投入するという無資格無免許事業者は残念ながら多く、医学知識に未熟なスタッフが医療を論じ、人様の身体を触るという、冷静に考えればあってはならない違法の事象が各地で発生しているのです。
このことで、慎重かつ正確を期すNHKにおいてですら、注意喚起の番組が下記のように放送されました。しかし、雇用数が多くなったこともあり無資格無免許事業者を擁護するニュアンスも番組ではあり、結局消費者にとって何を基準に判断したらいいかは、ぼやかされました。
無免許無資格の自動車整備工場へマイカーを預けたい人はいません。
ですが、情報不足ゆえか、マッサージ国家免許がない店舗(名称をリラクゼーション、リフレクソロジー、整体等と迂回した呼称を使用する場合もあります)に人々はご自身の身体を預けてしまいます。
注意喚起を厚生労働省はしているものの、まだ一般に浸透しているとは言えません。
どうか本記事を読んでくださる皆様に、この見えにくい課題が伝わればと願っております。ご不明の点等はぜひこちらから弊社へお問い合わせをお願いいたします。
さて、上記の背景より、私は開店予定としたい街にある保健所を訪ねて、趣旨のご説明をしました。
すると、保健所職員より「カフェとマッサージの複合型ということですが、衛生の観点から、マッサージの区画とカフェの区画の間は、通気しないよう完全に密閉してください。それぞれの区画への外からの入り口も分けて2箇所にしてください」という指導がありました。
「もちろん法令遵守したいので、わかりました。完全密閉ということは、パーテーションや、欄間オープン(上の通気ができる間仕切り)はできないですね」と私は確認しました。
「そうです」
「では、夏の暑さや冬の寒さで空調が必要になりますが、どのような考え方になりますか?」
「カフェの区画とマッサージの区画のそれぞれに空調を設置してください」
「それはかなりお金がかかりますが」
「ですが、保健所としては指導せざるを得ないのです」
当初はこじんまりとした面積のお店で、「小さく初めて大きく育てる」を願っていたものの、指導の内容を踏まえて、「ちと冒険では」という広さの物件を申し込むことにしました。
そして、カフェの区画とマッサージの区画は入り口を分け、それぞれに空調を設置するので、ドア工事代や設備工事代が膨れ上がっていきました。店舗用エアコンの代金のほか、配電工事代も増えました。
自己資金では到底まかなえず、金融機関へ融資依頼にいきました。
なお、物件申し込みの契約書が融資依頼の添付書類に求められ、不動産会社への保証金等は支払った後でないと、金融機関への融資依頼にはいけませんでした。
金融機関の窓口担当者は好意的な方でしたが、しばらく経ってから、「融資はできません」とのお断りのお返事がありました。
「稟議で上が通りません。もし前職でマッサージの仕事をしていて、そこからの『のれん分け』の開店なら前例があるのですが、田辺さんの前職がサラリーマンというのはどうかと。そして、カフェ&マッサージで障害者雇用の場を作るというのは、前例がないのです」
法令を正しく踏まえながら、素晴らしいお店を作りたいと心血を注ぎましたが、融資は下りませんでした。
盲ろう者が働けるお店を開店できないことになりました。つい私は途方に暮れて、路肩で一人長く座り込んでしまいました。
オープニングスタッフ一同に集まってもらい、会議にて私は沈痛な気持ちで、お店が開店できなくなりましたとお詫びしました。
席上、ある20代前半の女性スタッフはすすり泣き続けました。
オープニングスタッフチームを解散せざるを得ませんでした。
すでに店舗内の解体工事は終わっていましたが、開店工事に関わってくださった職人さんたちにも頭を下げて回りました。もちろんこの間の工事等には対価が発生しており、全てに支払いを行いました。
不動産関係の費用と、進行していた工事費用だけでも、相当の出費を伴いました。
しかし、今や不動産屋さんに頭を下げて店舗契約の解除をし、撤退する以外に選択肢はありませんでした。
全てに絶望する中で、予想外のことが起こりました。
オープニングスタッフとして名を連ねていた一人の盲ろう者が、私に「あきらめきれない」という表情で、問いかけました。
「これであきらめたら、盲ろう者が働ける機会はもう来ないと思います。まだ可能性は残っていないのですか?」
「オフィスマッサージという可能性は残っていると思います」と私は返事をしました。
実は、カフェ&マッサージの事業計画にて、店舗でマッサージ師が稼働しないアイドルタイムもあり得るとし、企業への訪問マッサージを組み込むことを想定していたのです。
「田辺さん、そのオフィスマッサージに賭けてみたいです。オフィスマッサージを僕と二人でやりませんか?」と、一人残った盲ろう者は私に話しました。
「オフィスマッサージは常設店舗を持つ必要がなく、少ない資本でできます。二人でやりましょう」
こうして、2005年春にカフェ&マッサージの開店頓挫の後、オフィスマッサージの営業で、企業回りを盲ろう者と私はする日々となりました。
後日に「盲ろう者の社会参加を応援する人はいても、盲ろう者に働く場所を作ろうという人は田辺さんしかいない」と、彼はNHK「福祉ネットワーク」で私たちのオフィスマッサージが特集された時に話してくれました。
幸いに、2006年春に人の紹介で都内メーカー本社にて「オフィスマッサージはうちに欲しい。前例がないならば、面白い」とお考えくださる総務課長の方との出会いがあり、オフィスマッサージ1号案件がついに2006年6月に開始しました。
ついに初日を勤め上げた時、「盲ろう者は働けない、は嘘だった」と皆で喜び合いました。
当時、社会起業家ブームが日本社会に到来し、「社会的弱者をビジネスの手法で支援するわかりやすい事例」と報道各社から弊社のオフィスマッサージは相次ぎ取材をいただきました。
NHKおはよう日本、NHK福祉ネットワーク(現「ハートネットTV」)、テレビ東京ワールドビジネスサテライトでの初の社会起業家特集、日本経済新聞、週刊ダイヤモンド等、相次ぎ報道をいただくことになり、今でも心から感謝しております。
その一方で、あまりに報道を多くいただいたことから、多くの事業者にとっては「これだ! 地域でお店をやっていても価格の叩き合いの消耗戦だが、オフィス市場へいくのはブルーオーシャンだったか」とのヒントになり、今やオフィスマッサージ市場は無資格無免許業者を含めて、多くの事業者が参入することになりました。
無資格無免許の参入が懸念され、品質の担保を願って私はウィキペディアに「オフィスマッサージ」という項目を2009年に設定しましたが、むしろ、「ウィキペディアに設定されている信頼性高い情報だ」と解され、ますます類似する事業者は増えていきました。
せっかくパイオニアで始めた弊社ですが、今や、無資格無免許事業者に仕事が奪われていくのが現実となっています。
今春、ある企業様から「弊社の全国ネットワークにおいて、首都圏を御社に担当くださっていましたが、全国で一社へ切り替えることにしました」とのご連絡があり、無資格無免許事業者への切り替えが行われたことが確認できています。
ただ、弊社が全国的なネットワークでお仕事を受けられると知ったご担当者が「『手がたりさんは首都圏』との先入観がありましたが、もっと早く調べておけばよかったです」と私に明かされました。
ですが、もともと、地域市場で「有資格の障害者の雇用が、無資格の健常者によって駆逐されているという社会課題が存在」していたものが、オフィス市場でも今や再現しています。
率直に申せば、市場のゆがみに本当に困っております。
もちろん「障害者だから仕事をください」という安易な考え方を私たちは持っていません。マッサージ国家免許を持ち、そして高品質の技術を日々追求する姿勢を切らすことは決してあってはならないのは大前提です。
そして、批判だけでは社会は決して変わりません。
私たちは今後も私たちの仕事が高品質であることを追求し続け、そして、オフィスワーカーの方々が障害者と接する機会や、新たな気づきを得られる機会を享受いただけるよう、尽力して参ります。
ご一緒に市場のゆがみを正していけたらと思います。
お忙しい中、お読みくださり、ありがとうございました。
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