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全裸でホテルのスタッフと対峙した話@サナア

昔テレビで見た記憶がある。
カリフォルニア州パームスプリングス。
砂漠の中のリゾートタウンである彼の地には、
clothing optionalのホテルがあるのだ。

clothing optional(着衣は任意)。
服は着ても着なくてもどっちでもいいよ。
なるほど、旅行鞄に着替えを詰め込まなくても
現地で裸で過ごせばいいわけだ。身軽だ。

テレビでは、ホテルのレセプショニストが
裸で仕事をしていた。スタッフもclothing optionalらしい。
熱帯や亜熱帯の地域で服を着ないという行動は
SDGsの理念に合致していて地球に優しいので
称賛に値すると思う。エコ。

一方で、肌を見せるのは宗教上よくないということで、
クソ暑い砂漠の中でも積極的に肌を隠す人たちがいる。
それは伝統だし尊重すべきことだと思っているけれど、
だからといってガンガンにエアコンで冷やしすぎるのは
違うだろと個人的には思っている。

イエメンの首都、サナアを訪れたのは12月のことであり
北緯15度ではあるが標高2200メートルに位置する都市なので
常春のような気候を予想してたらとんでもない。
昼間は普通に暑くてエアコンガンガンウェルカム。

当時日本語でのイエメンの情報が少なく、
私は英語のガイドブックを携えていた。
その本が紹介していたサナアの旧市街にあるホテル。

サナア旧市街は石造りの古い古い町並みが現存する。
その古い石造りの建物をホテルに改装したものだ。
旧市街は迷路のようになっていて探すのも一苦労。
ホテルに到着したころには汗ダラダラだった。

英語のガイドブックに掲載されているだけあって、
レセプションではなんとか英語が通じる。
ホテル内は最低限の改装だけしている様子。
伝統的なアラブの雰囲気が漂っているけれど
そのぶん近代的な快適さは求められない。

ホテルのスタッフにカバンを持ってもらい、
石でぼこぼこした階段を4階まで上がる。
スタッフが部屋の鍵を開けてくれたが、
それは南京錠だった。南京錠を使うホテル、
はじめての経験かも。

部屋はエアコンガンガンどころか
エアコンそのものも冷蔵庫もテレビも見当たらない。
電気機器の充電ができず令和の若者ならサバイバル環境だが
私は昭和生まれだから没問題。
その時はiPhoneなんて世の中になかった時代だったし。

部屋ではスタッフが何やら言って帰る雰囲気。
レセプショニストと違い、この人は英語が通じにくい。
聞き取れないけどチップ渡せってことか?
カバンも持ってもらったことだし、
センキューと言って少額のチップを渡し
英語の苦手な彼は部屋を後にした。

さて。汗だらだら。まずはシャワーだ。
服をぽいぽい脱ぎ捨てバスルームに直行。
建物はえらく古いが、バスルームには
近代的なシャワーブースが据え付けてあった。
水回りが清潔快適というのは大事だ。

水圧は決して強くはないものの、
温水で汗を流せるだけでもありがたい。
ここは砂漠の国イエメン。
水が出るだけでもありがたや。

そんなとき、スタッフが私に何か言ってきた。
ん?
なんで彼が部屋にいるのだ?

私はバスルームのドアを閉めずにいたし、
シャワーブースは透明なガラスで囲まれているため
私は部屋にいる彼を目視できた。
だから彼もシャワーを浴びている私を見て
話しかけることができたのだ。

一瞬状況が理解できなかったが、すぐにわかった。
彼は手にバスタオルを持っていたのだ。
そう、部屋にはバスタオルやトイレットペーパーなどが
プリセットされていなかったことに気が付かず、
私は一目散にシャワーを浴びたのだ。

ついでに言うと、ドアの外側の南京錠を開けて部屋に入った後
部屋の内側からまた鍵をかけなければならないのだが、
私はそれも忘れていた。オートロックだと思っていた。
ホテルの部屋のドアはオートロックという思い込み。
原始的な木製のドアがオートロックのわけはない。

だから彼は私の部屋にタオルを持って入ることができ、
絶賛シャワー中の私にタオルを手渡しに来てくれたのだ。
ナイスタイミング。ありがとう。助かった。

でもね。
こっち全裸なんだな。

ありがとう。そこにタオルを置いて(そして帰ってくれ)。
私の英語(と意図)は彼に伝わらないようだ。
彼は何か言っている。でも聞き取れない。
私は全裸だ。

私があきらめかけたとき、彼が動いた。
遠巻きに部屋から私に何か声掛けをしてたのだが、
しびれを切らしてバスルームに入ってきた。
私は全裸だ。

彼はタオルの1枚をシャワーブースのすぐ外側に敷いた。
あ、バスマットに使えということか。センキュー。
タオルを敷き終えた彼は真顔でそこに立っていた。
なんだろう、まだ何かあるのだろうか。
私は全裸だ。

私はシャワーブースのガラス戸を開け、
いよいよ彼と間近に対峙した。
私は全裸。彼は着衣。
こちらの防御力はゼロ。戦ったら負けるな。

彼はまた何かを言った。
何かを言いながら、手首を立てて回転させた。
あ、もしかしてTurn around?
私は英語をつぶやきながら体を回転させ
彼に背中を見せてみることにした。

すると彼は持っていた残りのタオルで
私の背中を拭き始めたのだ。
え?何この特別待遇?
さっきあげたチップ、まちがって
ゼロが1つ多いお札だったのか?

イスラムの人は肌を見せるのを控えると言うが、
イスラム教徒であろうイエメン人の前で
こんなに全裸を見せつけてしまっていいのだろうか?
宗教的にアウトで投獄されちゃうんじゃなかろうか?

などと逡巡し困惑しているうちに、私はまた回転し
体の前面も隅々までタオルで拭いてもらった。
彼はそのタオルを私に手渡すと真顔のまま部屋から去って行った。
私はただ全裸で立ち尽くたまま彼を見送った。

そして思う。
このホテルはclothing optionalなのかもしれない。
着衣は任意なのかもしれないと。
裸でいることは何ら恥ずべきことではないと。


巨人が出てくる某有名漫画の絶体絶命シーンで
こんなセリフが出てくる
「マフラーを巻いてくれてありがとう」

私もあのとき言えなかったことを今ここで言いたい。
「体を拭いてくれてありがとう」



ま、イエメン人は旅行者に優しいよという話です。
通常イエメン人男性は腰に短剣を差しているのだが、
街歩きの最中にその短剣で切りつけられることもなく、
平和裏に観光を終えた思い出。




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