見出し画像

新宿三丁目で折りたたみ傘を売っていた君へ

2007年4月。新卒で丸井グループのデザイン会社にデザイナーとして入社した僕は、新宿三丁目の丸井の1階で折りたたみ傘を開けたり閉めたりしていた。

「いらっしゃいませ〜!どうぞごゆっくりご覧くださ〜い!」発声は滑舌よく丁寧に、背筋を伸ばして作り笑顔を忘れずに。

慣れない革靴で足の裏が痛かったが、緊張しつつも数々のバイト経験で販売員も経験していたので不安はそれほど感じていなかった。


あれ?デザイナーの新卒入社の話じゃなかったっけ?そう思うだろうけど、まぁ聞いてほしい。ちょっと入社前まで戻って話そうか。


250倍越えの難関だった就活

専門職での入社。職種は憧れだった空間デザイナー。

都立工芸高校の3年間、間に2年のモラトリアム期間を挟んでから桑沢デザイン研究所で3年間、やや出遅れ気味の24歳での新卒入社。

2007年はやや景気が上向いてきていたとはいえ、まだまだ就職活動は厳しかった。4名のデザイナー職に対しての応募は全国から1000人超え。倍率は250倍以上。説明会の人だかりに、これ全員デザイナー志望なのか?と慄いた。

エントリーと適性試験をパスしたものの、最初の面接から遅刻した。おまけにスーツどころかジャケットにカットソーでノータイ。入れてもらおうとへりくだる気は皆無。

遅刻したくせにデザイン部の部長相手に「僕は社長に会ってから入社するかを決めます!(意訳:決定権のあるヤツを出せ)」と大見得を切って、逆におもしろいやつだと言われて社長面接まで進んで内定を得た。

青二才ゆえに自信過剰。俺を雇うのは当然だろうと思い上がっていた。学校では特待生で奨学金をもらっていたし即戦力を自負していたから、入社したらすぐにデザインの仕事で貢献できる、そう信じ切っていた。今思うと若さって怖い。。。

ところが、僕は夏のセールを迎えるまでの3ヶ月間、売り場スタッフとしてスーツを着て販売・接客をして過ごすことになる。


こんなはずじゃない配属先

内定してから数ヶ月して秋口、内定者懇親会やらがあった後にこんな通達がきた。

専門職・一般総合職ともに
入社後は売場にて販売研修を行います

ん?売場?なんだそれ聞いてないぞ。

慌ててよくよく読んでみると、僕が入社した会社は小売業を主体に成長した企業なので現場を大切にしていて、お客様との接客・販売経験を積んでからバックオフィス部門や企画部門に行ってね、ということらしい。

ふーん、なるほど。この時の僕は正直、期間限定でスーツとか靴とか売っていればいいのか、程度に思っていた。

そしてそのまま卒業制作やら卒展やらに忙殺されて気づけばあっという間に入社式と配属先の発表があり、僕の4月からの行く先も決まった。

多くの見慣れぬ同期の名前と配属先が並ぶ書類の中で、僕のところを探す。

山下 正智(新宿店別館 1F LFG)

お、あったあった。新宿店か。家からも通いやすいし、売上規模もでかい旗艦店の一つ。

まぁ、すぐデザイン部に異動しちゃうから申し訳ないけど、経験積むには悪くなさそうだなぁ・・・なんて気軽に考えていた。

しかし、このLFGってのは一体なんだろう?新宿のマルイ別館の一階にはどんなお店があったかな?

そう思ってWEBでフロアマップを見た時に愕然とした。

みなさんも百貨店には行ったことがあると思う。特に女性の方ならよくわかるだろうが、百貨店の一階ベースフロアにはどんなテナントが入っているだろうか?

正解は、化粧品と女性小物売場だ。

最近でこそカフェやら期間限定のポップアップストアを入れるのも増えたが、2007年当時はまだ店作りのセオリーは古かった。僕の配属先のLFGとは、レディース・ファッション・グッズの略称だったのだ。


ほぼ人生で使ったことのない商品たち

配属先のLFG=女性小物売場では、男性ショップ長以外は全てが女性。契約社員の方から、出世コースの4大卒総合職の戦略採用(幹部候補生)の方までまさしく女子校。

そこに放り込まれる新卒の男性社員1名。完全に異物である。

ただ、唯一の男性販売員がショップ長だったのには救われた。旗艦店の1Fセンターの売場を任されるだけあり、指導も的確かつ温和ながらも目標にはシビアな良い上司だった。

また、指導役としてついてくれた先輩社員たちも、唯一の男性社員の僕のことを毛嫌いすることなく接してくれた。昨今のブラックな職場環境を耳にすると、自分はかなりラッキーだったと思う。


とはいえ、望んで入った場所ではない。

商品知識も全てゼロからだ。

商材はハンカチ(ほぼ使ったことない)スカーフ(巻いたことない)サングラス(かける習慣ない)日傘(さしたことない)と、ほぼ人生で使ったことのないものばかり。ハンカチなんて幼稚園の頃に親に持たされていた頃以来の再会だ。

おまけに一番ヤバい商材はストッキングだ。

もちろん、履いたことはないしそういう趣味も習慣もない。そもそも、ストッキングを買いにきた女性がスーツ姿の男性店員にお勧めされて買う気になるのか?

「こちらの生地は〇〇デニールでカバー力も高いですし、締めつけ感もソフトでラクチンですよ!」なんて接客されても、お前履いたことなくね?と思わないだろうか。

ましてや「そのストッキングよくお似合いです!」なんて、公開セクハラで訴訟問題に発展しかねないだろう。お前の趣味は聞いてない!とビンタされても文句は言えない。

悩んだ末にストッキングの接客問題は「僕の彼女もこれと同じの使っていて、こう言っていました〜」という伝聞形式で商品メリットを話すことにした。嘘八百である。彼女なんていなかった。商品メリットは本当のことだけど。


結局、僕はストッキング売場に配置されても成果を出せないと判断されて、ローテーションから外れて主に日傘とサングラスとたまにスカーフを売るポジションで安定した。


来る日も来る日も傘をたたむ

そんなわけで、僕が扱うメイン商材は日傘と雨傘とサングラスになった。特に日傘と雨傘は折りたたみタイプの人気が高く、バーバリーを筆頭にOEMで作られているメジャーブランドのロゴ入り製品が主力商品だった。

折りたたみ傘なので広げないと柄や使い勝手はわからず、人によっては5-6個の傘を広げて比較する。たたみ方が雑なお客様も多く、ほぼ8割くらいはたたみ直しだ。

必然的にいかに手早く綺麗に折り畳み傘をたたむかを練習・研究することになり、来る日も来る日も傘を広げては畳むのを繰り返した。

そうした日々を過ごすうちに、いかにスマートにかっこよく広げて畳めるかを意識するようになる。同じ商品説明を受けるなら、もたついた手つきで広げて見せられるよりも、機械的なスムーズさのある所作の方が商品も魅力的に見える。

売場の鏡を横目でチラ見しつつ、自分がどう映っているかをチェックする。開けては閉め、開けては閉め。骨が曲がったりしていないかチェックして、くるっと回してベルクロやスナップボタンをパチっと止める。

たかが傘をたたむ動作一つでも、深いもんがあるなと感心した。


販売のおもしろさ

もちろん雨傘だって忘れちゃいけない。季節はちょうど梅雨の手前、春先の快晴ではほぼ売れなかったが、雨が降ると状況は一変する。雨も降ってきたし、どうせ買うなら良いのを買おうかと思うお客さんが増えるのだ。

高級ラインの雨傘は1本で1万円を超えてくる。僕の配属された売場は日商平均で50万円がノルマの壁。販売員は4名体制。10:00-21:00の営業時間だから、11時間で4名で50万円を売るのを目指す。つまり1人あたり1時間で11400円くらいを売らなきゃいけない。

朝一から雨の降っている日はみんな傘をさして外出するのであまり売れないが、快晴なのに昼間から雨が降り出した日はボーナスタイムだ。

突然の雨から逃れるように冷やかしの客も一気に増えるが、接客次第で1万円の傘がポンポン売れる。良いものが買えたと喜ぶお客さんと、良いものを売れたと喜ぶ僕。Win-Winの良いビジネス。


一方のサングラスは店内でも最高級の値段の商材で、ハンカチが1枚500円から1000円くらいなのに対してPRADAのサングラスは35000円くらい。しかもこれ、インバウンド旅行者なんかにはやたら人気があった。高額なのでクレジットカードの新規入会の勧誘もしやすい。

もちろん小型の高額商品ゆえに盗難にも狙われやすく、鍵付きのケースから出して試着をして頂くときは細心の注意を払っていた。男性店員の方が警戒されて盗まれにくいというのも僕がサングラス売場に配置された理由だろう。

1個売れると金額がデカく、1日で1個でも出ればその日はだいぶノルマ達成が楽になる。高いモンがいいモンなわけではないけれど、本心で欲しいと思っているなら背中をそっと支えて押すのも店員の仕事だ。


状況観察、顧客思考、商品知識やお店のノルマとお客さんの懐具合などをミックスしながら、自分のトークと身振り手振りでパズルを組み合わせていく。

これは意外におもしろくて、気づけばあっという間に夏のセールの時期を迎え、晴れてデザイン部への異動になった。


全ての経験は糧になる

デザイン部へ移った後のことは、また今度話そう。もう10年以上前のことなのに、これだけ鮮明に思い出して書けるということが全てを物語っていると思う。

もちろん最初は戸惑ったし、元クラスメイトが競合他社で4月からデザイナーとして働く中で、来る日も来る日も傘をたたんでいる自分は一体なんだ?と落ち込んだ日もあった。

ストッキングのデニール数より、お店作りのための設計知識を早く知りたかった。折りたたみ傘を素早くたたむ練習よりも、スケッチの練習がしたかった。何者でもなく何の実績もないから、1日でも早く何かのトロフィーを手に入れたかった。

仕事上がりに同期と飲むビールも、デザインの話ばかりの僕と、ドラマの話ばかりの同期ではまるで盛り上がらない。僕は売場スタッフ内では明らかに浮いていた。

生まれてはじめて、この世にはマズイ酒もあるんだと知った。すべては相手次第で、自分の気持ち次第だ。


でも、あれから10数年たって独立してデザイナーとして食っている僕は、あの数ヶ月だけ売場で経験したことはとても大事なタネになったと感じている。

思えば飲食店も物販店もサービス店も、僕のクライアントさんは最前線で接客をしている人たちだ。その立場を経験できたことは、いずれ君の大きな力になる。

どうせ一本道、一度きりの人生だ。寄り道だろうと脇道だろうと、どんな失敗や苦労もそれは糧になる。オリジナルな脇道の経験だってきっと活かせる。

見るべきは横に並んだ同期や元クラスメイトじゃない。自分が今歩いている、進んでいる道の先を見よう。行きたい方向を見よう。

こうして振り返った時、曲がりくねっている歩いてきた道は、意外とよかったと思える日がくるから。

いただいたサポートでnote内のクリエーターさんを応援!毎月末イチオシの新人さんを勝手に表彰&1000円サポート中🎉 あとはサポートでお酒や甘味で妻や娘のゴキゲンをとります。 twitterは @OFFRECO1 Instagramは @offreco_designfarm