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ライティングセラピーという癒し

このクソ忙しいし原稿落としてお待たせしている状況なのにnote書いている場合じゃなくないか?と自分でも思う。

毎日20分程度。でも1日20分を1週間なら140分。ざっと2時間半。

この時間があればもうちょい寝れるだろうし、仕事なら図面1-2枚、原稿1本は仕上がる。溜まったメールの返信も書けるだろう。

なのに、なのにだ。なぜ書くんだ?
毎日?ちょっと頭おかしいんじゃないだろうか?

これはほぼ同じことを自分でも感じていて、たぶんちょっと頭おかしいんだと最近は思っている。ネジが何本か外れてなくなっちゃたみたいな感じだ。

もちろんnoteを書き続けることの打算的なもくろみだってあるにはあるんだよ。でも、計算だけでこれだけ毎日書けるのかって言ったら、無理だな。これは一種の病気だ。ダイアリーシンドローム(日記症候群)とでも言っておこう。


日記を書くことが癒しになる

ちょっと前に目にした言葉で、ライティングセラピーというものがあった。

いわく、日記をつけたりすることで自分自身を客観視したり、内在している気持ちや欲求を言葉にして反芻することで一種の癒しを得る方法らしい。

セラピーというくらいだから治療、つまりは何かを治したり癒したり整えたりする効果があるっぽい。

いつもならここから海外文献なんかにあたって、ネタ元について読んでみたりするのだけど、残念ながら今週は無理だ。いや、あと2週間くらいは無理っぽい。

でも実際に310日ほど日々コツコツ書き続けていて感じるのは、対外発信にならない内容でも書きとどめておくことに意味や効果はあるということ。

癒しというか、吐き出す場所があることでバランスを保っている感覚は確かにある。

どうせ吐き出すなら役に立つことを、とも思うのだけれど、そんなに毎日毎回役に立つことなんて書けません。365日ノウハウを出し続けるって、そりゃもう途中から何かの切り貼りになって劣化していくのは目に見えている。


結局は、ちゃんと自分の中で培養された素直な言葉しか人には届かないし、自分にも響かない。こうして毎日書いているのは、もしかしたらそんな素直な言葉をそのまんま出すための練習なのかもしれない。

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