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もうすぐ一周忌の、ふくちゃんロスと私

おふくかふぇ の話をしようかと思ったのですが、「ふくちゃんロスと私」を深掘りすることにしました。

どうしたいかと聞かれたら、お空に行きたい。

まるで、5年前に戻ったかのようでしたね。
自分がどう思っているか、どうしたいか分からない。
分からないから、何もしない。
自信がなくなる。
辛い!
これがデフォルトになって、PMSとかがちょっと背中を押したら「ふくちゃんに会いに行きたいな」です。
その後に、「ふくちゃんを逃げ場にしているみたいで申し訳ない」って泣きます。
これを無限ループ。

夏に色々やった以降はプロに頼ってもなかったです。
分からないから相談のしようもない。
おひげくんに話すこともない。
お母さんに話すわけがない。

ひとりで、どうにかしなくちゃ、いけない。
(という思考のプロ)

心に「入れる」じゃなくて、「入る」🐶

SNSでお空に行ったあとも『このときこうだったよ』って投稿し続けてる人がいるじゃないですか。
いるんですよ。
まじすげぇなって。
辛いもん。痛いもん。心臓が。
かわいいけど!
私は若いときのでも、「寝ている写真」が、しばらく見られませんでした。
今も少し構える。
クッションは寝てる写真だけどね。

今は別のベッドで寝てます。

カウンセラーさんが言ってくれた「いずれは、ちゃんと心に入るよ」が、だんだん「入れてあげないと可哀想」に変わっていって、↑みたいな人たちは、入れてあげられてるんだ…って落ち込んでいました。
これも他人と比べてしまう的なやつですね。

でも、ふくちゃんは「入れなきゃ」ってしたら拒否柴しそう。
そういえば、新しいベッドとかおもちゃとかは、受け入れられるための通過儀礼として、ぶん回してボコボコにして匂いをつけてから一員にしていました。

ボコボコにされて…?

老後は優しく迎えていた。

きっと、行ったり来たりを繰り返す。

今はいい感じですが、「『入った』と思ったら辛くなって、を繰り返して、“今のふくちゃん”との距離感をつかんでいくと思うよ」とカウンセラーさんが言っていたし、記念日鬱みたいに一周忌では落ち込む気しかしていません。
でも、松本くんも一生ペットロスでいいって言ってたし、いいかなと思ってます。
風船のイメージで、生きていたときの紐と、お空に行ってからの紐の両方をつかんでいる感じらしいよ。

ふくちゃんが好きやねん。(突然)

ふくちゃん >>(宇宙🪐)>> おひげくん > 友達 くらいには、好きです。
重い。
ふしゅんって鼻水をかけられそう。

重い愛を抱えて、お空で再会するまで生きてゆくのです。
再会したら、お空の散歩コースを教えてもらいながら愛を伝えます。

そういえば、お空に行った子が、神様に名前を聞かれると「かわいい」って答えるから、かわいいちゃんが溢れてるって話があるじゃないですか🌈
本当に小さいときはそう覚えていたので、女の子が友達と何かのグッズを見て「かわいいー」って話しているところですれ違うと振り返ってました。
でも、ふくちゃんの話じゃないから行っちゃうんですよね。
可哀想だし可愛いから、撫でまわしてました。

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