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わかめスープと漢江

柔らかな朝の日差しで窓辺がキラキラしている。まるでホテルのベッドのようにパリッと、でもふんわりと肌心地の良いシーツが触れるベッドの中で目が覚めた。

ふわ〜ぁ、と伸びをして、はっ!と横を見る。広いベッドには私しかいない。途端に目が冴える。

いつまでもここにいたいと思える居心地の良い布団の中から身体を出し立ち上がる。昨夜彼に借りたスヌーピーのTシャツは太腿くらいまで長さがあるけどそれでも随分と脚が露わになってしまう。鏡に自分を映してみる。ん、意外と大丈夫。結構可愛いかも。前、横、後ろとチェックしていると、窓際の椅子の上に昨日脱ぎ散らかしたはずの服がちゃんと畳んで置いてあった。

寝室のドアをそーっと開け部屋を出ると、キッチンで何か考え事するようにスマホを眺める彼がいた。そしてすぐ、私の気配に気付いてこちらを見て、朝の陽の光より明るい笑顔を見せた。

「おー、起きたね」
「うん」
「よく眠れた?」
「うん」
「シャワー浴びるでしょ?」
「う…ん」

彼は私の背中に手を当ててまた寝室に入り、寝室横にあるバスルームへ連れて行った。

「はい、タオルと、シャンプーリンスはこれ、体洗うときはこれ。僕のでよければ洗顔はこれ、スキンとかクリームもここにあるから好きに使って良いからね」
「ありがとう。あ、ドライヤーは?」
「お、ここにある」

そう言って彼は引き出しを開けた。そこにはコードがゆったりと束ねられたドライヤーがきれいに収納されていた。私がそれを確認すると彼は引き出しを半分くらいだけ戻して、私に微笑んだ。

「ごゆっくり」

Tシャツを脱ぐ時に一瞬彼の匂いがした気がした。ああ、彼の匂いも流されちゃうなぁなんて思いながら、ガラス張りのドアを閉じシャワーを浴びる。髪を洗いながら濡れた彼を想像してみては興奮してしまうバカな私。意外と筋肉質で胸板が厚かったよね…なんて。ああ、ダメダメ。朝なのに!

彼の化粧品を借りながら、まるでモデルルームみたいにキレイなバスルームを眺めて「掃除好き」は嘘じゃなかったねとつくづく思う。はっ、と気付いて排水溝にたまった髪の毛を取りゴミ箱に捨てた。私のせいで汚れたら大変だ。

・・・

身なりを整えて寝室を出るとすぐに良い匂いがしてきて自然とお腹が空いてきた。ダイニングテーブルには美味しそうな食事が用意されている。

「これ…全部自分で作ったの?」
「へっへっへ。どう?」
「すごい!美味しそう」
「一番のおすすめはわかめスープ。絶品だよ」

テーブルに並べられたワカメスープ、目玉焼き、韓国かぼちゃのジョン、鯖の塩焼き、キムチと海苔にフルーツヨーグルトまで。「いただきます」とくすんだゴールドのスプーンでワカメスープを飲む。なんだかホッとする優しい味で、まさに彼の味って感じ。

「このワカメスープ、干し鱈が入ってるんだね」
「うん、優しい味でしょ?胃腸にも、あ、肌にもいいんだよ」
「すごい。朝からこんなに準備できるなんて…結婚する必要ないね」
「ははは!家事してもらうために結婚するわけじゃないのに」
「ふふ、その通り。100点満点の解答だわ」

彼はわざと「えっへん」みたいな顔をして親指を立てて見せた。

・・・

ご飯を作ってくれたから洗い物は私がやるねと言ったら、「じゃあ僕は美味しいコーヒーを淹れてあげる」と私に悪戯っぽくインスタントコーヒーを見せた。

コーヒーを飲みながらリビングから見える景色にうっとりする。8つの窓枠で仕切られた全面ガラスは弧を描き、漢江とその向こうの江南のビル群をぐるーっと見渡すことができる。窓の右側からは南山タワーも見えた。

「いいなぁ。こんな素敵なところに住めて」
「いいでしょ。みんなそう言うよ」
「あんまり高層階じゃないのもいいね」
「そう?」
「うん、私少しだけ高所恐怖症だからあんまり高すぎるところは苦手なの。このアパート、凄く高いでしょ。何階まであるの?」
「んー、47階だったかな?」
「あー、無理。やっぱりこのくらいがベスト」
「ははっ、僕も同じ」

彼がチラッと時計を確認した。

「仕事、何時から?」
「30分後に出る感じかな」
「そっか…忙しいね」
「今日は忙しくない方だよ」
「ふふふ、だよね。いつもお疲れ様です」
「いやいや。あ、じゃあタクシー呼ぶね」
「ううん、大丈夫。この辺散歩してみたいから」
「おぅ、そうか。ここ降りてくとあそこにトンネルの遊歩道があって、そこ抜けると漢江だから」
「うん、わかった。ありがとう」
「でもまだゆっくりしてって」
「うん」

彼は私の手からカップを取りキッチンでささっと洗った。全ての動きに無駄がなくて、軽やかだ。まるで彼のダンスのよう。

・・・

一緒に部屋を出て、エレベーターに乗る。彼は1とB1のボタンを押した。あと数秒でお別れか…。別れが惜しいのに何故だか無言になってしまう。

1階に着き、エレベーターの扉が開いた。

「じゃあ。どうもありがとう」
「うん。この辺楽しんでってね。あっちに行けば人気のカフェもあるよ」
「うん。お仕事頑張ってきてね」
「おぅ。じゃあね」

彼の微笑みをもっと見ていたかったけど無情にも扉は閉まり、私は1階にぽつんと一人になった。

アパートを出るとすぐ先に彼が言っていたトンネルの遊歩道があった。暗闇の先には明るい空と川の煌めきが見える。

別れは悲しいけど、彼の優しさや微笑みが私の心をずっと柔らかく抱きしめてくれている、そんな感覚がある。トンネルを抜け、雲ひとつない青空とキラキラと光る川面を見たら自然と笑顔がこぼれた。

空に向かって大きく伸びをしていたらスマホが揺れた。

「もしもし?」
「漢江どう?」
「とってもキレイで気持ちいい」
「うん。右の方に行くとベンチもあるよ」
「そう?じゃあそっちに行こうかな」

電話の向こうから微かにウインカーの音が聞こえる。まさか電話してくれるなんて思わなかったから、私は嬉しくて、風船が膨らむように胸がいっぱいになる。

「この後、どこ行くの?」
「地図見たらソウルの森公園が近いから行ってみようかな」
「あー、いいね。僕のベンチもあるから探してみて」
「そうなの?」
「うん、沢山あるから見つけるの難しいかもね」
「そう言われるとやる気出ちゃう」
「ははは」
「…電話ありがとう」
「ううん」
「…」
「夜景も綺麗だよ、うちから見える」
「昨日見忘れちゃったね」
「遅くてもよければ、今夜、来てもいいよ」
「うん…」

明後日帰らないと行けないのに、また彼に会ったらそれこそ別れが辛くなりそうだ。会いたいけど、今、この状態で終えるのが一番幸せでいられる気がする。

「ありがとう。でも、これでお別れにする」
「そう…?」
「うん。会いたいし大好きだけど、さようなら。またいつか会える…かな」
「今度はテンジャンチゲ作ってあげるよ」
「ふふ、楽しみ」

お互いに無言の時間を挟み、彼が「じゃあ切るね」と言って電話を終えた。

ハッピーエンドじゃないけどほんのり幸せな余韻が残る映画を見た時の、この映画はきっと私のお気に入りリストに入るななんて思う時のような、宝箱に新しく大切なものをしまう時のような感情が私の全身に染み渡る。

漢江にせり出すように作られた展望台スペースにベンチがいくつか並んでいる。私はそこに腰掛け、キラキラ光りながらゆっくりと流れる川を見つめた。私の「時」もこの川のように流れていつかは広い海にたどり着く。雨の日は荒れ、曇りの日は淀み、今日のように晴れた日はキラキラと輝く。ただそれだけのことだ。つまり私は今、私を輝かせる陽の光を浴びて、とても幸せな気持ちだ。

あの美味しくて優しい味のわかめスープとこの煌めく漢江の景色は永遠に忘れられないと思う。

fin.


旅行記を虚妄で書くという初の試みwww
安心してください、至って普通の精神状態で書いておりますwそしてまるで家の中を見てきたみたいに書いてて推しが見たら怖がるかもしれない(ごめんね、ホビ)

ソウルの森公園に行きたくて、そのついでに(?)近未来的な彼のアパート周りも散策したのです。そうしたら、2/10の彼のインスタにアップされた場所がまさにアパートのすぐ前だとわかり、私はその事実に、まさに「胸キュン」したのです。この表現って私にとってすらおばさん表現だし、その癖おばさんが使うと痛い感じしかないから本当は使いたくないんだけど、これ以外に表現が見つからない。尊い気持ちで胸がキューンと幸せに締め付けられました。

彼の家の前からトンネルをくぐりぬけ、漢江沿いのサイクリングロードを歩き、ソウルの森公園へ戻る(ソウルの森公園からぐるーっと歩いて来たのです)道中、私は本当に幸せでした。なんと言うんでしょう…凄く誇らしい気持ちというのでしょうか。光州でお母さんに苦労させながらダンスの練習に励み、今や国家を代表するスターになってこんな素敵な家に住んでるんだな…って、私はなんら関係ない人物なんだけど胸がいっぱいになって、凄く満足しました。

それなのにこんな虚妄表現してごめんなさい。
だってとにかく幸せだったんです!

ホビインスタより。アパートのすぐ前にこれがあります。
私もまさにここを歩き、その間ウキウキしちゃった
ホビインスタより。遊歩道の一番先。私の身長はホビが屈んだあたりで、きゃー♡ホビィ♡ってなりました
ソウルの森公園にて。ホビのベンチちゃんと見つけたよ。「誰かにとっての力、誰かにとっての光」ってまさに✨

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