俺、ゲーム、牡蠣、ENLIFE。

どうも。
『まらさん』改めまして、『小笠原』です。

知っている方も、知らない方もいると思いますが、
『ENLIFE』というゲームイベントを主催する団体の代表をやっています。

今回は、今現在ENLIFEとして始動しだして思うことや、いままでの経緯とか、
堅苦しいのは苦手なので、私の言葉でいろいろ知ってもらえればと思います。
最初は生い立ちだったり、いままでの事中心になりますのでめんどくさい方は飛ばしてください。何回かに分けて書いていきたいな。

・小笠原の生い立ち

岡山県西の端、田舎の漁師町に生まれました。
兄弟は4人いて、俺が長男です。
親父も、じいさんも、ひい爺さんも、みんな漁師の家系です。
メインは牡蠣の養殖業。
家族や身内がみんなサラリーマンじゃない、
育った環境で言うと、これを読んでくれている大半の人たちとは少し違った環境に育ったんかな?

俺を知ってる人は、牡蠣の人!ってイメージ強いと思いますが、
そんな俺もガキの頃からいろいろ【漁師の家系に生まれた】ことでの、葛藤がたくさんありました。
冬の牡蠣シーズンには、小学生のころから海に駆り出されてました。
冬休み、友達から遊ぼって電話がかかってくるんです。
それを今日は仕事の手伝いがあるからって断る。泣きながら。
中学生とかはもう一人前の仕事を任されます。
みんなが部活してる中、部活を休んでカッパと長靴を履いて仕事をしていました。
まともな親じゃない。家業なんだから仕方ない。とかいろんな意見あると思いますが、
小学生や中学生のときにそれを飲み込めるような男でもなかったので、よく親父と喧嘩してました。

「牡蠣なんか絶対やらん!親父と仕事もしたくねえ!」

高校生の頃にはこれが口癖でした。
冬に家出して、牡蠣の手伝いをほったらかしにしてました。
それくらい牡蠣が嫌い!親父が嫌い!って思春期の男の子でした。

けど、16歳でいまの嫁と出会い、デートするため、プレゼントを買うためとか本当にそんな動機で
牡蠣の手伝いをするんだから小遣いくれ!アルバイトじゃ!
くらいの感覚で、少し変わった心境で家業と向き合うことができるようになりました。
まあここで何が言いたいかって、
『いろんな葛藤あったよ。ガキの悩みだけど人間成長できるね。おれはこんな育ちだよ』
ってことです。あとからいろいろ書いていくうえでどうしても書いておきたかったです。

学歴は、最終学歴が工業高校土木科で全く勉強してきてません。
文章力からもわかると思いますが、ほんとにおバカちゃんです。
でも、みんながイメージする豪快な漁師たちに揉まれて育った影響か、
それなりに友達もできて、生徒会長をやらせてもらったり、文化祭でもほぼすべての台本を考えたり。
今思うと昔から、イベントやったり企画したりってのは大好きだったんだなーって思います。
人の笑顔が好きなんです。バカなりに。
いや、バカだから笑顔で安心できるんかな。

・ガキの頃からゲーム大好き!!

で上に書いた通り、4人兄弟で俺が長男なんですが、
牡蠣シーズンは家に親がいないことばっかりなんです。
だから必然と小さい弟とか連れて家から出ずに、楽しめるのでゲームはめちゃくちゃやってました。
親もゲームは結構買い与えてくれました。
新しくでるゲーム機本体はほぼ全部持っていましたし、ソフトも流行は追いかけてました。
(冬は兄弟の子守と、牡蠣の手伝いで友達と出来ないから、イライラもしてましたが笑)

やっぱり子供のころの楽しかった思い出とか、リアフレと酒の席で昔話すると、
出てくるのはゲームの話題が結構出てくるんですよね。
だって、自転車30分圏内にカラオケもゲームセンターもボーリングも映画館もないような
町で育ちましたから。
遊ぶときは公園に集まってゲームボーイ!友達の家でスマブラ!
そんなかで、強いやつや弱いやつ、ネタに走るやつとかいろんなやつがいるわけです。
たまには勝ち負けで喧嘩するやつとかいもいて、ここら辺はオンラインだろうがオフラインだろうが
関係ないんです。勝ちたいよねやっぱ!!!!
オンラインゲームには触れたことなかったですが、とにかくゲーム大好き少年でした!

・結婚~牡蠣漁師を継ぐ

夢とかあることにはあったんですが、
牡蠣の手伝い以外の時間はほんとに好きにやってましたので夢を叶えることも出来ず
時間だけが過ぎていきました。
そして何歳になっても、牡蠣を継ぐっていう選択肢がいつも大きく自分の中にありました。
これは家業とかがある家に生まれないとわからない感情かもしれませんけど。
やっぱり大きいんです。嫌いだって言ってても、
両親や育った町、育った環境の占めるところって。

で、結局高校出てすぐ結婚しました。
18歳の冬ですかね。

この頃には、自分の中でいろいろ牡蠣に対する思いとかより、早く結婚したい!
嫁ちゃん大好き!ってなってまして、そのおかげで牡蠣をやる決心もつきました。
計画性無いやん!とか、ただの田舎のDQNやんけ!って思うかもしれませんが、
あれからいままで幸せなので、ここは間違ってなかったと思ってます。
若いってそんなもんだし、俺の子供たちにも目の前の楽しいことや幸せには、
ガツガツ手を出していってほしい。そう思うんです。
牡蠣のこととかも知ってて嫁に来てくれた嫁には、今でもほんまに感謝です。

そして家族を食わせるために、牡蠣を継ぐことになった訳ですが、
1年、3年、5年と続けていくうちにやはりこうじゃねえなって思いばかりが募りました。
直接牡蠣を買いにくるお客は、長くやってる祖父とかを目指してくる年配の方がメインです。
僕らの世代の人たちは、牡蠣なんか直接買いに来ないんです。
実感が無いんです。牡蠣を食ってくれた人の笑顔が浮かばないんです。
地方の田舎の牡蠣工場。組合を通して、全国のスーパーにうちの牡蠣が流れていきます。
そこで食べてくれた人の思いや声が届かないんです。
地方産業にありがちだと思うんですが、ネットに関して本当に無関心です。
ネット通販とかも何度もやってみようと言いました。けれど、
実質60歳から80歳の方たちが築き上げ、
いまでもその人たちが舵を握った文化や土台は揺るぎませんでした。
牡蠣がピックアップされてテレビに出るときは、ノロウイルスとかの話ばかり。
ガキの頃から感じていた、【牡蠣をやらされている】【家族の為に働いているだけ】
の延長線上でしかありませんでした。

我が家の牡蠣は自慢の牡蠣です。
汗水たらして、家族の時間も趣味の時間も削って一生懸命やってます。
美味いにきまってる!実際に、美味いんです。
どこかでだれかが買ってくれて、美味しいって食べている。
それでいいんですが、なんか実感が無い日々が続いてました。

・オンラインゲームに出会う

そんな代わり映えの無い牡蠣漁師をやっていたわけですが、
あるとき、地方にはめずらしいネットゲームをやっているリアフレに薦められて
オンラインゲームに興味を持ちいきなりパソコンを購入しました。
信じられないかもしれませんが、僕らの地方は家にインターネット回線がある家は
2~3割くらいだと思います。
リアフレでもマイパソコンをもっているやつなんて片手で足りるくらいしかいません。
本当にこんな世界なんです。
いまでもリアフレたちと飲み会すると俺は【オタク】とひとくくりにされます。
まあ俺的にゲームオタクって誉め言葉ですが!!

そしてそこで出会ったのが『Dota2』というゲームです。
それまでもPS3をやったり、wiiをやったりしていましたが、
オンラインゲーム、Dota2はほんとに新鮮でした。
いつどんな時間でも、顔も知らない人と会話しながらゲームしたりできるんです。
そして地方でスマブラ最強とか言われてたり、格ゲー最強とか言ってるやつらを軽く凌駕する
人たちが五万といるんです。
そしてそれがリアルタイムで見れる。動画に残る。
高校生で日本一位とか、世界1位の肩書の人がめちゃくちゃいるんです。

井の中の蛙 大海を知らず。もはやそんなレベルではありませんでした。
ゲームだけじゃなく、ネットのいろんな文化に触れて、いろんな可能性や焦りを余計に感じました。
これが4年前とかですかね?24歳くらいの頃です。

・配信を始め、大会を開く

ゲーム好き、他人の笑顔好き、そして目立ちたがりの俺はもはや必然的にゲームの配信に興味を持ちました。
初めはいろんなひとの配信を見るリスナーからでしたが、生配信って文化の面白さに驚愕しました。

26歳のおっさんは、子供を寝かしつけて深夜から配信をはじめました。
牡蠣のシーズンが終わった、夏からです。
岡山弁で、下ネタや歌を織り交ぜながら。ただただ笑う。
俺がやりたかった配信を続けました。
イメージは、ガキの頃友達の家に集まってやっていたスマブラ大会です。
常に笑いが起きて、思春期なりの下ネタが飛び交い、帰りたくねえって気持ちにさせる。
俺はそういうゲーム環境で育ったし、楽しいってのがゲームの神髄だと思うので。

続けていくうちに、固定のリスナーさんがつき、友達も増え、
有名なプレイヤーの方たちも配信に遊びに来てくれるようになりました。

が、すぐに牡蠣のシーズンがやってきました。
配信を始めてからの初めての牡蠣シーズン。ゲームは一切できなくなるくらい忙しいです。
すげえ寂しかったのを覚えてます。
そこでリスナーや友達の人と話してて、
「牡蠣食べてみたい!」とか、「大会やってよ!」って声を取り入れて、
春までお別れ大会を自分で主催することにしました。(自分でって笑)

これが『dotaまらカップ』です。賞品は『牡蠣』です。

おかげさまで多くの反響が有りました。
私は4チームほどエントリーしてくれればいいな...と本気で思っていました。
蓋を開けてみるとはじめて開催するゲーム大会で、
30チーム、およそ150人を超えるエントリーが有りました。
プロから、若者、社会人、ほんとに様々な方に参加して頂きました。

「牡蠣が賞品!?すげえ」

「プロも出るんか!楽しみだなあ!」

「僕らはけして強いチームじゃないけど、賞金がかかってない大会なら気軽に参加できるな!」

「普段の練習を見てもらえるな!」

など、いろんな声が聞けました。
珍しい牡蠣という賞品がそうさせたのか、私の人柄でそうなったのか、
【上手い下手関わらずゲームが大好きな人達が、気軽に参加できる大会】
になったんじゃないかなと思っています。

そして実際に牡蠣を送りまくりました。
そこで本当に初めて、仲のいい友達以外の人たちの声や意見を目にすることができました。
自信をもって送り出した牡蠣を、美味い!といってもらえたんです。
この大会を終えて私は初めて、牡蠣をやっててよかったと思えました。
地方で、親族に言われたとおりに働くだけの毎日に初めて実感と意味が見出せました。

他にも嬉しいことがありました。

牡蠣を賞品として届けた若い子の母親から直筆の手紙が届きました。

『この度は美味しい牡蠣をありがとうございます。
普段ゲームばかりして!と怒ることもありますが、
あの子がゲームで賞品を取れたよ!と嬉しそうに話してくれました。
みんなで囲んだ食卓が、いつもより明るく感じました』

という思いや感謝が用紙3枚に書かれていました。

俺だけじゃないんやな。いろんなゲーマーに実感や、意味のある大会になったんやな。
と、言葉にできませんでした。

また、ゲームでしか付き合いのない人たちが、我が家の牡蠣をチームのみんなで集まって食べる!
という、食品が賞品ならではの声も聞けました。

こういった体験を通して、

【上手い下手関わらずゲームが大好きな人達が、気軽に参加できる大会】

【賞金だけじゃなく、食品や面白いものが賞品の大会】

の需要の多さに気づき、その人たちの声が原動力になりました。

ゲーマーにはいろんな形があります。
一日に12時間あまりの時間ゲームをして、世界一、日本一を目指すプロゲーマー。
勉強の合間を縫って、一日1時間のゲームを許された若者・学生ゲーマー。
仕事から帰り、眠くなるまでお酒を飲みながらのんびりゲームをする社会人ゲーマー。
日本だけじゃなく世界には、ほんとに様々な形のゲーム好きがいます。
これらすべてのゲーマーの、普段の何気ないゲーム生活に、
少しでも意味や実感を持たせることができることが堪らなく嬉しかったんです。

それから大小の規模の大会をまらカップやぷちマラカップとして何度も開きました。
自信の牡蠣の仕事もとても楽しくなりました。
これを、地元だけじゃなくいろんな人に食べてもらうんじゃ!と。

・そしてENLIFEを作る決意

次の大会の構成を練っているとき、岡山で牧場をやっている後輩と久々に話をする機会がありました。
昔話や現在の仕事のことや、趣味なんかを話していると、
この後輩も田舎の固まりきった仕事の方針にいろんな思いがあるようでした。
そこで牛肉を賞品として出してみない?
ゲームと牛肉、なんも関わりないように思えるけど、
俺はいろいろ救われたしゲーマーには普段の仕事を認知して認めてもらえるよ!
現地売だと買ってくれた人の声とか目に入りにくいけど、ネットを通すとSNSとかでいろんな声が聞けるよ!
と提案し、打ち合わせを重ねました。

そしてここでENLIFEという団体を作ろうと決心しました。
今までは個人で好き放題やってきました。
賞品は我が家の牡蠣でしたから。
それでよかったこともあるし、個人大会が故に手が回らず大失敗したこともありました。
手伝ってくれた多くの有志の方たちもいました。

俺と同じ境遇や葛藤を抱えて仕事しているゲーマーはまだまだ地方にたくさんいるんじゃないか?
自分の好きなゲームと仕事をつなぎ合わせて、
若い子たちや、ゲーム文化に還元していくおっさんが集まるのも
すげえ面白いんじゃないか?と。
けど、個人の時みたいにミスとかを重ねられないし、どうせならいろんな可能性を広げていきたい。
だからスタッフを入れて、
俺や協賛者の代弁者として、
【ゲームの楽しさや食材のこだわりを地方や、ゲーム文化をあまり知らない人に向けて発信できそうな】
ストリーマーを募集し、選考し、おとうふさんとだいらすさんを迎え入れて。

これがENLIFEです。
現在、6人で活動開始しました。
おかげさまで、いろいろ温まってきてます。

あまり改まってこういう話や、ENLIFEってなんなんって話をする機会がないので
ちょっと書いてみました。

いつまでもコミュニティーのおっさん代表として、初心を忘れずがんばって行きたいと思っています。
キレイゴトだけでは片づけられないことがたくさん出てくると思いますが、
これからも
【誰でも参加しやすいゲームイベント団体】
を目指してがんばって行きます。

文章書くのむずすぎ!!!!
今回はこれまで!!!!

反響があればもっともっと書きたいことたくさんあるんで、また気が向いたときに書きますね。

人生にゲームを、ゲームに実感を。

ENLIFE 代表 小笠原 


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