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『情報環世界―身体とAIの間であそぶガイドブック』

平成最後の日に、共著者として執筆した『情報環世界―身体とAIの間であそぶガイドブック』がNTT出版より発売された。この本が生まれるきっかけとなった「情報環世界研究会」がスタートしたのは2017年。共著者である5人のコアメンバーを含め、各分野で活躍する研究会参加メンバーの方々と1年以上の時間をかけて出来上がった本で、ぜひ多くの方に読んでいただきたい1冊だ。

そもそも「情報環世界」って何?身体とAIの間であそぶってどういうこと?やや掴みどころのない難解な本に思えるかもしれないが、この本の根底にあるのは、「情報」がもはや避けて通れないほど私たちを取り巻いている今、ある意味誰もが直面している問題だ。

「環世界」とは?

生物学者のユクスキュルは、あらゆる生き物はそれぞれのもつ知覚で世界を捉え、それぞれ違ったその生き物ならではの世界を生きているとして、それを「環世界(Umwelt)」と名付けた。ミツバチにはミツバチの、カタツムリにはカタツムリの、イヌにはイヌの「環世界」があるというわけだ。

この「環世界」という概念を人間の世界に当てはめてみるとどうだろう。人間という種としての身体的な「環世界」だけでなく、情報という観点でみてみると、私たちは言語や文化や取り巻く情報環境によってそれぞれ世界を全く違うように見ているとも言える。天文学者とそうでないわたしとでは同じ夜空でも全く違うものに見えているだろうし、同じニュースでもSNSのタイムライン次第で全く違った受け取り方をしているはずだ。言い換えれば人はそれぞれ異なる「情報環世界」を生きているのだ。そして、フィルターバブルやエコーチェンバー、フェイクニュースやポストトゥルースなどの言葉が象徴するように、世界の人々を繋げるはずの情報テクノロジーが、ますますその分断を強めてしまっているようにも思える。

今後ますますその傾向が強まりつつある中で、私たちはそれぞれの「情報環世界」をどう生きていけばいいのだろう。それがこの本に通底するテーマだ。

「情報環世界研究会」

NTTインターコミュニケーションセンター(ICC)で2017年にスタートした「情報環世界研究会」で、そんな問題意識をゆるやかに共有しながら、渡邊淳司さんを中心にドミニク・チェンさん、伊藤亜紗さん、塚田有那さん、わたしも含めた5人のコアメンバーがそれぞれのテーマを持ち寄り、さらに各コアメンバーが呼びかけた素晴らしい参加メンバーの面々とともに定期的に集まり、結果的には1年余りの時間をかけて語り合う時間を得られたのは本当に貴重な経験だった。

『情報環世界―身体とAIの間であそぶガイドブック』は、この研究会の成果をまとめた一冊だ。単に複数の著者の文章を集めたアンソロジーではなく、各章の著者が他の章にコメントを入れたりと、インタラクティブに進められた研究会のライブ感を感じてもらう工夫も盛り込まれている。改めて、書籍として読んでみても、参加メンバーの間で本質的な問いに向き合う時間と場を共有出来たおかげで、誰にとってもそれぞれの「情報環世界」が少し変わるような、多様な視点が詰め込まれた奥深い一冊になったと思う。是非手にとってみて欲しい。

“わかる"と“つくる"

この本の中で、わたしは第3章「“わかる"と“つくる"の情報環世界——環世界間移動能力と創造性」を担当した。日々デザインやビジネスやエンジニアリングに関わる立場から、これまで関心をもってきたテーマとして“わかる"と“つくる"の関係に注目し、そもそも“わかる"とはどういうことか、“わかる"ことと“つくる"ことがどう関係しているのか、人が物事を理解することの本質とクリエイティビティの根源について考えてみた。

ポストトゥルースと言われる時代、何が本当かわからない、簡単には白黒つけられない問題を正しく「理解」しないといけないとか、AIに負けない「創造性」を身につけないといけないなどと言われる昨今、そのためにどうすればいいかを考えるためには、まずは「理解」や「創造性」とは何なのかを考えたい、「環世界」という概念を通してそれを言語化してみたいと思ったのだ。

今回、貴重な機会を得て、多様な視点をもつ研究会メンバーと語り合う時間やたくさんの素晴らしい本との出会いを通じて、自分なりに考えを整理することができた。ただし、この本はそれこそ何か単純な「わかった!」と思える結論を導いているわけではなく、むしろ「わからなさ」に向き合うための多様な視点を提供している本だ。「わからない」で済ますことも思考停止だが、「わかった!」もまた思考停止なのだ。

これから、このnoteでも「“わかる"と“つくる"」というテーマを軸に、本の内容や関連する書籍や事例などを紹介してきたいと思う。

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