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食品スーパー「サミット」を復活させたマーケティング改革、記者会見での男泣きの理由とは?

かつて、スーパーでは当日売れ残りの生前食品を翌日付けとウソをつき、梱包し直すリパックという行為が当たり前に行われていたそうです。こんなことがまかり通っていたかと思うと、ゾっとしますよね。。。

社会派映画「スーパーの女」は、業界のタブーとなっていたリパックに斬りこみ、作中で舞台となっていたスーパーがその悪習を辞めるシーンが描かれています。作品のモデルとなった客にウソをつかない正直なスーパーが住友商事が作ったサミットであり、8代目社長の荒井伸也氏(以下荒井氏)は同業者の猛反発にあう中で、リパック中止を行った改革者であり、その荒井氏のカバン持ちから修行した住友商事の商社マンが、現サミットの代表取締役社長の竹野浩樹氏(以下竹野氏)です。

竹野氏が3年前に代表に就任し、停滞していたサミットを復活させたマーケティング改革とは?

※本noteのキービジュアルは上記番組紹介ページより参照引用させて頂きました。

本noteでは、上記の番組で紹介された内容から、2年連続減少が続くスーパー業界の市場環境の中、客数と売上高の伸長率ともに2年連続国内1位となったサミットの復活劇、竹野氏が行なったマーケティング改革について紹介します。

※補足として参考文献から得た情報も記載しています。

スーパーが顧客に提供する体験価値について、細やかな気配りに基づいた商品設計や店舗イベントを現場社員やパート・アルバイト自らが創意工夫する意識変革が成功の源泉になっています。そのためのカンフル剤として、竹野氏が実行した、価格も商品も載っていない「白紙のチラシ」という前代未聞の施策が印象的でした。その施策によって平日過去最高の売上を記録したことで、「言われたことをやる」スタンス風潮になっていた店舗スタッフが、「ここまでやっていいのか?」と衝撃を受け、「どんどんチャレンジしよう」と意識変革するきっかけとなったそうです。

同番組には、業績をV字回復した後の記者会見で、竹野氏が男泣きされていたシーンがありますが、その時の氏の言葉に、筆者は感動で涙が溢れました。マーケターの皆さんに共有したいと思いました。


20~30年前のサミット

リパックとの決別を断交した荒井氏は、お客様にウソをつかない正直経営と効率化を推し進め、サミットは当時、スーパー業界のトップリーダーとなり、他のスーパーは、客の目を引く陳列方法や、効率的なバックヤードの配置などを真似していたそうです。

講師派遣を行う(株)日本綜合経営協会の講師紹介ページで同氏のプロフィールや『「スーパーの女」に学ぶ~「正直屋」になろう~』の講演テーマについて記載されています。

竹野氏とは?

1989年に住友商事に入社し、1年目から荒井氏の元で数年間修行しており、番組内で竹野氏は「荒井さんと過ごした数年間がなければ今のサミットの成功はなかった」と語っています。その後、ドラッグストア「トモズ」の創業や、バーニーズジャパンの買収など、国内の小売業を中心に、住友商事で様々な成果を上げ、3年前の2015年に業績が伸び悩んでいたサミットに戻ってきました。

輝きを失っていた3年前のサミット

23年ぶりにサミットの売り場を見たとき、他のスーパーと見比べたときにどこの店と比較しても「パっとしない」、もっと言うと「どんくさい印象」があったと竹野氏は言います。氏が当時、ある新聞記者にサミットの印象を聞くと、「平々凡々」と言われ、カリスマとされていたスーパー経営者からは「サミットはオリジナリティがない」と言われたそうです。革新的なスーパーだったサミットは時代の変化に取り残され、「平凡なスーパー」となり、社員は皆「言われたことをやればいい、大きな失敗をせず 過ごせればいい」という意識になっていました。

カンフル剤としての「白紙チラシ」

社員の意識変革を行う際に竹野氏が投じたカンフル剤となる施策が創業記念日のチラシです。商品も金額の記載も一切無く、「創業祭特価マル秘、詳しくは店頭で!」といった訴求を行った「白紙のチラシ」です。

上記の記事では語られていませんが(おそらく、番組内ではじめて語られたシナリオだと思いますが)これを考案したのが竹野氏であり、忖度がない様に、同氏のアイデアであることを伏せて会議で提案したそうです。その際、「危険すぎる」「こんなもの やる意味がない」など、怒りともいうべき社員からの猛反発があったそうです。こうした反応は竹野氏の予想の範疇であり、この計画を断行し、迎えた創業記念日は白紙のチラシ効果で、多くの客が押しかけ、売上は普段の3割増しで「平日の過去最高売上」をたたき出したとのことです。

これによって社員は「ここまでやっていいんだ」「ここまでやるのが変化なんだ」と気付き、大きなターニングポイントになったと竹野氏は語っています。

上記の記事には白紙のチラシ以前にも各バイヤーが、たすきにハチマキ姿でチラシに登場し、選挙カーに見立てた試食台を用意した総菜選挙や、白紙のチラシ以降の紅白食合戦など多くのユニークな企画を実行しており、「白紙のチラシ」の成功をピークに「言われたことをやればいい」といった風土から、店舗の社員、パート、アルバイトそれぞれが自ら考え、行動する風土に変革した様子がうかがえます。

人を動かすのであれば”振り子”を振り切れ

竹野氏の話で最も教訓とすべきだと思ったのはこの言葉でした。白紙のチラシ実行以前のサミットは真面目な社風だったため、何かを実行しようとすると、リスクや問題ばかり考える人が多かったため、いいアイデアが出てもどんどん角が削られて、普通の小さい丸のアイデア、すなわち普通の施策になってしまいます。それでは意味がない。だから、いったん大きく”振り子”を振って”こんなに変わった”から戻す必要がある。それによって「会社が本気で変わろうとしている」ことをパートや社員に伝えたかったとのことです。改革には皆の想像を超えるショックが必要だと。白紙のチラシはそのショックを与えるためのものでした。マーケティングで大きな成功を収めるためには革新的なアイデアを実行するチャレンジ精神が重要です。アイデアの角を削る、リスクヘッジの議論ばかりを行い「ケツもたない」スタンスの方ばかりの組織では成功できません。自ら大胆なチャレンジをやってみせ、成功の事実を見せつけ、人を動かした竹野氏のスタンスを見習うべきだと思いました。

自由な発想で実行される店舗イベント

能動的に動く風土ができてから、店舗では様々なイベントが企画される様になったそうです。例えば、店舗の誕生日にじゃんけん大会で勝ち抜くとステーキなどの豪華商品がもらえる企画や、きのこのもぎ採り体験、マグロの解体ショー、射撃ゲーム、親子でスーパーの業務を見ることができる見学ツアーなど。こうしたアイディアが従業員からどんどん出てきて自発的に実行されていることに意義があると考えます。

「ワクワク戦略」

サミットは買い物客を楽しくさせる戦略、名付けて「ワクワク戦略」を大事にしているそうです。以下に番組内で紹介された「ワクワク戦略」に基づく戦術①②③を簡易的に紹介します。活字だとなかなか伝わりませんので、Paraviなどのサービスで、実際に番組の映像をご覧になって頂くのが良いと思います。

①できたて総菜

まぐろのハンバークなど、総菜は300種類以上。調理場がガラス張りに、清潔、信頼。スーパーはセントラルキッチンが主流だが、店内で販売している上質な食材も用いて81.9%が店内調理。

②スーパーだけど・・・「専門店」

たとえば鮮魚売り場。切り身だけでなく、一尾の魚が多く並び、珍しい魚も多い。専門店より丸魚の種類が多いのでは?と感じさせるほと豊富なバリエーション、店員にも聞きやすい売り場、うろことりや3枚おろしも無料。

⓷客目線の品ぞろえ

例えばキャベツ。1玉、1/2玉だけでなく、1/4玉や、ザク切り、千切りキャベツ。豚のコマ切れは300、200、100グラムと細かく揃う。鶏肉はトレーに入れずパッキング。冷凍しやすくて重宝する。かゆいところに手が届く。週がわりの変わり種、こだわり新商品などの試食コーナー。味見してみたい商品のリクエストも可能。

店舗が憩いの場に

サミットの店舗には、社長特命の「案内係」がいます。名前の通り、売り場の案内を行っているのですが、本当に重要な役割は、「世間話へのお付き合い」などお客様とのコミュニケーションだそうです。90歳のおばあさんは案内係に会いたくて毎日来ていました。また、店舗の売り場のスペースを削って、休憩スペースを各店舗で増設中らしく、店舗で毎日出会う主婦たちなど、お友達の輪が広がっているそうです。嬉しそうに、「いいお友達がいるから幸せ」とおっしゃった、おばあさんを見て、なんともほほえましい気持ちになりました。サミットのお客様は47%が単身世代でその半分が老人の単身世帯であとは若い人を含めた単身世代とのことです。なぜ、休憩スペースを拡張するのか?問われた竹野氏は、母親が1人暮らしをしており、「1日なにも話さずに終わることが多い」と聞いたこと、テレビに話かけている人が多いことについて触れ、地域のコミュニティが希薄化し行き場を失った人達にコミュニケーションの場を提供したい。だから、そうしたコミュニケーションのために「案内係」や「休憩スペース」を使って欲しい、昭和の時代にあった「世間」のコミュニティを作っていきたいと語っていました。超高齢化社会の中で、地域の中でスーパーが何ができるのか?そんな熱い想いを感じ、グっときました。


竹野氏の熱さと優しさを象徴する場面

サミットは4年連続で過去最高売上を更新しています。年に一度の幹部社員300名が集まる決起集会の後の懇親会では、竹野氏が皆の前に登壇し、背広を脱ぎ、背を向け「一時金」と書かれた紙によって業績好調の臨時ボーナスをサプライズ発表し、会場がどっと沸いていました。社員だけでなく、パート・アルバイトを含めた従業員全員に夏・冬とは別に特別ボーナスを支給したそうです。

さらに、4期連続最高売上更新の決算発表の記者会見では、成功に至った3年間の道のりについて、記者から質問されたことで、言葉を詰まらせ、涙を見せられました。一呼吸おいた竹野氏は「感無量というのが今の思い」だと切り出し、「ここまで従業員が頑張ってくれて、会社がこんなに早く変わるとは思わなかった」と続け、「『毎年最高益』はどうでもいい話で、みんながしっかり楽しく働いて会社の成長より自分の成長を楽しんでくれている現状は理想的な姿だと思う」と語りました。


テクノロジーによって「大切な何か」を失わない様に

記者会見のシーンで涙が溢れてきました。サミットが提供する商品やサービスによってお客様に何ができるのか?地域に対して何ができるのか?社会に対して何ができるのか?そんな想いを持ち、顧客や社員を想う竹野氏。変化を恐れずにつき進んできた姿、熱く優しいお人柄を見て、氏の足元に及ばないが、自分もマーケティングの仕事で社会に対してもっと何か貢献できないか?そんなことを思いました。

AmazonGOの様な取り組みや、店舗のオペレーション業務のロボット化、AI化など、今後、テクノロジーの進化によって、そうした新たな便利さが増えていくと思いますが、テクノロジーを活用する際にこそ、昔からあった人と人とのかかわりや、リアルな体験価値など、「大切な何か」を失わない様にマーケティングをデザインをしていく必要があるのではないでしょうか?

【参考文献】


私は何者か?

電通グループなど、いくつかの広告会社や、デジタルマーケティングコンサルティング会社での業務経験を経て今はPR会社のデジタルマーケティング事業を担当するコンサルタントとして、企業向けにマーケティングのアドバイスや戦略設計支援、効果検証の分析支援など行っています。

日本のマーケティング意思決定の多くは間違えた方法によって行われています。因果推論の基礎知識が浸透しておらず、間違えた効果検証の判断が行われていることなどについて強く課題を感じています。マーケター全体の分析リテラシーを底上げする必要性も感じています。

そうした課題意識から、「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」という書籍を昨年出版しました。例えば、TVCMやインターネット広告やチラシなどによって実店舗の来店数や売上数などがどれだけ増えたのか?といった、直接観測できない値を数理モデルによって定量化する分析を演習で会得することができます。下記noteで1章までを全文公開しています。

マーケティングやビジネスの現場で全く浸透していない、「交絡」といった因果推論の知識について触れさせて頂いたことから、50万部を超える大ヒット書籍となった「統計学が最強の学問である」シリーズ著書の西内 啓 氏から、「これからのマーケターは、グラフの見た目より「因果推論」に注意すべきである」という推薦コメントを頂きました。

素敵な体験価値を作る竹野氏などの経営者やマーケターの方に多く届くことで、日本のマーケティングの施策の意思決定が、適正なものにしていくことが出来ればと思っています。


以上となります。ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。

追加情報(2023年12月18日更新)

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