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スマ創1回生おつかれさんエントリ~結論:悪くないだろう~

どうも、小川さん/Ogawa3427こと---(本名)---です。執筆時点では金沢大学融合学域スマート創成科学類の新2回生になるところです。2024年3月が終わっちまうので一年を振り返りましょう。



結論からいって、悪くない一年

結論からいって、悪くない一年だと思います。種蒔きの1回生とヌルヌル銘打った(nullのことではない)通り、多方面に興味と経験を広げることが叶いました。また、学業と財政においても予想以上の結果が続いています。
しかし、その興味の拡大って恣意的に評価したもので実際は人文系とか経済とか経営とか、そしてもともと見ていた医療系(画像診断, 医療情報)への興味には蓋をしているのではというご指摘もありましょう。
おわりに、自転車とそれから大雨と地震による法面崩壊と、夜中にひとり山ん中で自転車に乗る気分についてお話しします。

おそらくこれで内容はすべてなのでお忙しい方はここまでで。
お読みいただきありがとうございました。ニコ動も見てね


定量化できたデータ

  • 年間GPA:2.76(5or6位/19人)

  • フル単(48単位)

  • 共通教育充足

  • 労働*の対価たる定期収入あり

  • インターンあり

  • たぶん健康(なんの自覚症状もないということだが)

  • 自転車に乗れる健脚

  • ニコ動クリ奨収入:172円

先に明らかになっている部分を書き連ねております。
どれも私から見たら悪くないというかいい感じですね。そりゃ私がいいことしか書かなったからですが。

種蒔きの紹介

だいたい各論なので読み飛ばしてOKです。

【飛】世界はテキストファイルでできている

私の1年は紛れもなくシェルスクリプトから始まったといって差し支えありません。ちょっとした興味から講義を取り進めたのがきっかけですが、結果として文字列の編集のみでで脳筋スクレイピングやライフゲームを夜通し書いたのはいい思い出です。シェルスクリプトの特徴として挙げられることの一つに文字列操作への適性があります。cat→grep→sedのコンボで確かに行単位のテキストは自由自在にいじくりまわせるので、私はCSVファイルに傾倒するようになっていきました。5月とかの時点でPCを前に幼少期のビルゲイツみたいな踊りをするようになっていました。ちなみにこの頃メインで使っていたエディタはnanoです。
かなりの時間をシェルスクリプトに費やした覚えがあります。しかし、ちょうどBMPファイルをシェルスクリプトで生成しようとしていたころに自分は単に苦行をしているだけではないかと思ってしまいました。その通りです。それから、先述の[脳筋スクレイピング](https://github.com/ogawa3427/risyu/blob/main/shell_ver/risyu)を人に渡すときにPythonのほうが嬉しいことが多そうということでPythonに書き換え始めました。このころはSublimeを使っていました。

【飛】pip installはインターネット第二章

秋口のことでした。Pythonの伝来は2つの衝撃を引き起こしました。まずは機能の豊かさです。辞書型を配列に入れられるのか???そもそも辞書ってなんだよみたいな感じです。これまで文字列を1行づつ正規表現で置換していた人間にはあまりに刺激が強すぎました。そしてpip installなるコマンドも外せません。(のちにaptの威力も知るのだが)このコマンドひとつ打って、数行書き足すだけでGUIが手に入ったり折れ線グラフが画像で出力されていたりと当時の私からしたらおとぎ話みたいな出来事の連続でした。これまでインターネットを様々利用してきたつもりでしたが、こんなに便利なものが無料()で使えるようになった衝撃はさしずめインターネットの幕開けの追体験というべきです。
10月になって脳筋スクレイピングアプリは履修登録支援スクリプトとしてその重要度をモリモリ増していきました。もと可搬性(=ユーザー増)のためにPythonに乗り換えスクレイピングしたデータのビューワもGUIを備えたものを作成していました。しかしまだ敷居が高いなというわけでWEBアプリにするしか!となるのは必然でした。人類史でSaaSもあとから広まっていますからね。
もちろんこのときもPythonでバックエンドを書いています。現在までFlaskは無休で頑張ってくれています。ちなみにこのころからVSCodeでGithubCopilotを使い始めました。

【飛】モダンなフレームワークは突然に

履修登録支援スクリプト改め[risyu](kurisyushien.org)の処理を右も左もわからないなか書いていた12月の頭に完全に好奇心&勉強のためハッカソンに出ることにしました。WEB3もSolidityもほぼミリしらなのにエンジニア希望で参加したところ、紆余曲折ありフロントエンドを担当することになりました。使うことになったNEXT.jsをわかる方がチームにいたもののその方はプロダクトデザイン役がメインだったため、生まれて初めて触るNEXT.jsで見てくれだけでもちゃんとしてるブツをほぼ1人で1週間で仕上げることになりました。
そもそもnodeも初めてという状態から、学びつつ書く、書きながら学ぶ、必死の形相で1週間を走り抜けましたところ、結果は[第3位](https://app.akindo.io/communities/4elm1BnDPTXD34aW/products/kzG1E2rg2cd7qrzno)でした。なんとか結果として足を引っ張らずにいけたのかなと思います。ピッチ当日朝の新幹線と山手線でもSolidity書いたり読んだりしていたおかげでWEB3方面の技術と連携もかなり勉強が進みとても有意義でした。

また、この時に使ったVercelというホスティングサービスがあるのですがこれも曲者でした。いや、正確には曲者に見えていたというべきでしょう。
当時はサーバーを借りてドメインをDNS登録してWEBサーバー立ち上げてうんぬんとやる以外にないと思っていました。世の中にはサーバレス環境なる便利なものがあるんですね。GitHubからプロジェクトを連携するだけで使えちゃったりして、これまでの苦労はなんだったのかと問いたくなります。このとき、ちょっとしたものを作ってちょっと公開するならNEXT.js×Vercelという定石が私の中に生まれました。この頃には何するにもCursor+GithubCopilotでしたね。

【飛】ViXionとの出会い

risyuをWEBアプリにしようとしていたころなので秋ごろか、金沢にViXionの体験会がやってきたというのでいってみるかと物見遊山。現時点でこれは世界が変わる人がたくさん出るぞと思い、また所謂ARとは違った向きで視覚デバイスのハブになっていくぞと思いました。しばし滞在し撮影した映像などをツイッタランドに放流したところCEOからリプライが、、、

インターンやりません?割とガチ(意訳)

脳の処理が追いつかねえ、、、そんなこんなでよろしくお願いしますしたのでした。実験用の製品にファームウェアを書き込んだり魔改造でセンサーを付けたりしつつ今日も元気にエラーメッセージと"仲良く"しています。
その関連でM5製品や電子工作も入ってきてIoT方面のクネクネもできていると思います。

種蒔きの総括

長々と失礼しました。ようはGPTのおかげでシェルスクリプト怪人からpythonユーザ、WEBサイト管理人、フロントエンドエンジニアまでを1年間で体験してきてしまったということです。そして個人開発でクネクネしてたらインターンに繋がっちゃったという奇跡体験もありました。
当初は作る責任について考えていましたが、のちに使う責任(≒選ぶ責任)もあることに気づきます。12月のハッカソンが明けてから、たいして分からんのになんでもNEXT.jsで作ろうとする「NEXTヤクザ」になっていた時期がありました。もちろんその姿勢は正しくないわけで、程度は全く異なるものの技術選定の大切さを知りました。要求に対して適切な道具を選ぶことはまともなものを作るのと同じくらい大切です。

本質は新しいクラスタに参加した経験

どうやらフロントエンドの技術選定事情は混迷を極めているのだと聞いています。フレームワークの栄枯盛衰と進化があまりに速くおそらくそのトレンドもゲーミング色なのでしょう。今回「NEXTヤクザ」を経験したことでフレームワークをめぐる争いに動員されたわけです。それ自体は別に良いことではなさそうですが、フロントエンドエンジニアが共有している文脈の片隅をかじることに成功したといえます。
フロントを一例としたように、所謂ITエンジニアの様々なセクションに飛び込んで見よう見まねでプロダクトに漕ぎ付けるという体験は単にスキルが増える恩恵のみならず、分野を往還して学びを広げに行く一つのスタイルを身に着ける練習機会をもたらしたはずです。
このように、多種のIT屋さんとしての経験・体験は、新たな技術に触れる技巧的および精神的なハードルを下げることが叶ったという点がひとつの成功といえます。

思いがけない芽吹きもちらほら

それから、さっそく芽吹き始めた種もぽつぽつあります。
スクレイピング用のシェルスクリプトから出発した[risyu](https://kurisyushien.org/)も気が付けば金大ツイッタラの重鎮に紹介していただくWebアプリになり、紹介するツイートはプロフィールのピン止めを外せなくなりました。これからもメインコンテンツとして愛される開発を続けていくつもりです。
ViXion株式会社様でのインターンを語らないなんてことはありえません。最近は実装のスピードを上げ始めているところです。さらに視機能にかかわる先行研究をあたって研究らしいことも企んでいます。

なにかやりたい作りたいとなったらGitHubにとりあえずリポジトリを立てるのが私の常です。日々多くが作成されて初めの数日こそ熱心にコミットするもあとは音沙汰なしみたいなことも多いです。「正気に戻る前に完成させよう」とよく言っていますがそこまでたどり着かず三日坊主にということも。
逆にしっかり続いていくリポジトリもあってそれがrisyuやViXion01関係です。そうやって自己紹介で紹介できるプロジェクトがあると正直なところ安心しますよね。ポートフォリオの原型になりそうな雰囲気の成果物がちょこちょこ芽吹いてくれて、いろいろ手出ししてよかったなあと思います。

【飛】でもお前これまでやりたいって言ってた医療と人文系と経済とあと情報系と、どうしたんだよ

すまんかった。パソカタ楽しいんや。でもたまに、布団にクアンタム式ダイレクト就寝しながら、その刹那、やりたいって言ってたあの勉強進んでないなあと、後ろめたくなることもあるのです。
話をひとつづつ片づけましょう。一年前にやりたいな~と思っていたことを私が覚えているものに関して書いていきます。この場で思い出せないものはもういいですよね、言い訳も出てこないということなので。

まず医療からいきましょう。
たびたび言いふらしている通り、放射志望でにわか医療ヲタのわたくし。ViXionで医療関係にちょっと足突っ込んでますから。データハンドリングまわりの開発が一段落したら漁りたい先行事例がいっぱいある状態です。つまり、まだ山でいったら一合目くらいだけど登り始めてはいます。
画像診断とか(いわゆる)バイタル回りは二回生以降で数学、DSあたりを勉強したら勝手に始めると信じています。
医療制度まわりはファイナンスと座学っぽい何かというイメージに包まれています。これこそ本買ったりしたいです。すみませんでした。

つづいて人文系
これは胸を張って後回しにしています。あと数十年後にもう一度大学に入るころ、あるいはAGIで人類総失業以後にという予定です。それまではゆる言語学ラジオを見ています。

ファイナンス
これは講義を取ります。大学にウエイトを置かない感じで過ごしているからこそ、やりたいことがはっきりしていない活動は主導権を大学に持っていただいています。

最後に情報系ですが、これも申し訳ない。
「興味あるんですよね」レベルの部分は大学の講義(副専攻狙ってる)を使ってファイナンスと同様に国民及び学生の権利として押し上げてもらうつもりです。しかし資格となると話は別。ことしは基本情報取るぞとか息巻いてその必要性を友人らに力説していた小川さんはどこへやら。悲しいですね。

じゃあなんすか私には脳内麻薬ドリブンか義務ドリブンの二択しか残されてないってことすか

この一年ではっきりしてきたことがあって、それは私が(人類全般がどうなのかはわからん)上の二通りでしか行動を起こせないということです。

パソコンカタカタは楽しいです。エラーなくコードが動いた時の喜びはこの世で最上の快楽です。そうやってキマってしまうから今日も生活そっちのけでTypeScript廃人をしてしまうのです。
(この恐るべき事実は私がChatGPTなくして今の姿になっていないことによって補強されるでしょう。私はリファレンスとか技術書を読むのがとても苦手です、読まなくて済むなら読まずに過ごします。(私の感受性で)退屈なことはできないのです。コードを書く、動かす、動く、キモチエーー状態になってしまうループ、つまりCUUKループが速く回りより多くのキモチエーーを得る方向に行動が変容していった結果GPTなしでは何もできなくなってしまったのです。)

さすがにそれだけでは学業に支障が出ます。
そこでもう一つのモチベーションとして義務があります。もうすこし具体的にいえば、落単を避けるための努力をギリギリで始め今年については全科目でギリギリ間に合ってしまったということです。たとえば、EAPの課題5回分(最終エッセイ含む)を一晩で仕上げたことがありますが、このときは変な脳内物質が出て薄ら笑いを浮かべながらバスに乗りました。成績はAが来てました。
何とかなってるならいいじゃないかとも思いますが、今年度は最終防衛ラインが落単だっただけなので、24年度はGPA2とか、卒業出来たらいいや、生きてればいいやに後退していく可能性は十分にあり大変に危険です。

現実 実況プレイ 特別編 ~芸術家タイプ 解説~

天竜川ナコンさんを最近気に入っててワロタ、気に入ってますよねえ

先ほどのパラグラフをお読みになったらうすうすお気づきかと思うけれど、おそらく私はある種の芸術家タイプです。芸術家タイプの定義こそはっきりしませんが、おそらく私はそれを名乗ることができると思います。
初心者さんはついついここでふさぎ込んでしまいがちですが、もう小川さんを1年、---(自主規制)---を20年近くやっているので私は負けません。

ここからは独自研究とか民間療法、疑似科学っぽい雰囲気のある文章が展開される恐れがあるのであまり読まないでください。

やりたいことにかかる時間と現実的に使える時間ではたいがい後者の方が圧倒的に長いです。そこで我々がすべきことは2つだと思います。

  • 重要度が高いものから順に未達になる可能性を最小化する

  • 少しでも多くのやりたいことを既達にする

そして一年間の生活より、私がタスクを実行できる実行方式は脳内麻薬ドリブンか義務ドリブンでしたね。

$$
\begin{array}{l|l:l} \textbf{} & \textbf{確実に楽しそう} & \textbf{ダルいかも} \\ \hline \textbf{やらないとアカン} & とりあえず始めて義務化 & 義務化 \\ \hdashline  \textbf{必須ではない} & とりあえず手を付ける & 義務化 \\ \end {array}
$$

よって、やりたいことのうち絶対に楽しそう/楽しくなりそうなことはとりあえず始めてみて脳内麻薬の分泌具合に任せます。相性が激烈に良ければそのままベットしていきます。先ほどの一覧だと、脳内麻薬が出やすくなるのを待つものを含めると個人開発、医療系、人文系が該当しますね。今よりももっといいときがあるとして、未来の予定にすることも前進だと思っています。
いっぽうで脳内麻薬がたくさん出る感じでない/ゴリゴリに座学が必要なことはできるだけ義務に組み込みます。具体的には人を巻き込んで責任を生じさせるとか、講義を取るといったやり方があります。先ほどの一覧だとファイナンスと情報系が該当します。
⚠️やらない(⊃勉強しない)と重大な問題が生じることは脳内麻薬のほうには入れません。万が一合わなかった場合に一生やらなくなって大変なことになるからです。義務の方に入っていて相性が良かったら大きな問題はないですからね。

2回生の1年はこんな感じの戦略でやりたいことを2種類のキューに追加して攻略しようと思います。これが吉と出るか凶と出るか、、、

自転車は特殊

いまのモデルにちょっと当てはまらないのが私の自転車趣味です。

狂気の金沢⇔糸魚川(市振)サイクリングに始まる小川さん名物の長距離自転車移動ですが、これ自体はおそらく脳内麻薬のバグりが原因なので先ほどのモデルで説明できます。よってこれからもたぶん続けます。
しかし、その様子の動画や画像を編集してボイロ実況動画にしてつべとニコニコに上げるという趣味もあります。コレガワカラナイ。別に義務でもなければ脳汁ドバドバでもないので、細々とですが続いているのが不思議です。美しい映像がちょこちょこ残せるのでこれからもたまに動画を上げようと思います。

【飛】2023年長距離ライドの記録とこれから

サイクリング自体の成果も書き残しておきます。始まりは7月に先述の糸魚川(帰りはサイクルトレインで市振)で、夏休みに福井と七尾それぞれネカフェで仮眠しました。10月の末に高岡までバスに乗るため実質往復しています。これも動画上がってるのでぜひ。11月に入ってからもちょっと明日の2限まで時間あるから富山湾岸サイクリングルート行くかと羽咋から氷見へ抜け岩瀬経由で富山駅の予定でしたが時間の都合で伏木から高岡駅にルート変更してフィニッシュ。翌日は新高岡駅経由で砺波、福野、福光を通って県道26号に乗り金大を突っ切って自転車を持ち帰りました。またすぐに、無性に小松のハードオフに行きたくなったのでお昼ごろ出発して行ってみました。帰りは加賀産で辰口に出て手取川をちょっと上って加賀一の宮駅と白山神社の入口へ、鶴来駅から石川線沿いに途中野々市のラムーに寄り道しながら山側環状で帰りました。その後は雪でオフシーズンが続きましたが2月終わりごろに暖かい日があったので富山市までR8旧道と富山r9で日帰りしました。おそらくこれで2023年度の長距離ライドはおしまいでしょう。
2024年は北国街道の旧道巡り兼走破と京都遠征を企画中です。日程調整と体力づくり、宿と機材も必要ですのでぼちぼち始めています。3万円のママチャリもGoogleマップ曰く2200kmも走らされると駆動系に限界が来るらしく、パンクで行きつけの自転車屋さんが言うにはスプロケットとチェーンの交換をぼちぼちした方がいいとのことです。出費がかさみますね、うーん。

誇張し過ぎた白山信仰

2024年1月1日夕刻、北陸地方を大地震が襲いました。奥能登の被害は特に甚大で金沢の住民からしてもその影響は年単位を覚悟するほどです。金沢近郊でも大きく崩落してしまった道に国道359号、通称サンゴクがあります。富山市から西へ伸び、北へ回り道をする国道8号と対照的に、ほぼ直線的に金沢市へ至ります。
地震の被害が次第に明らかになると県境付近で大きく崩れたサンゴクの姿が写真で確認できました。2023年7月、私の初めての長距離サイクリングで確かに登った道です。登っているときはまだ夜でしたが、頂上のロックシェッドを抜けると東の空が明るくなっていたのをよく覚えています。

2023年7月某日、石川富山両県には大雨が降り国道8号小矢部バイパスで土砂崩れが発生し通行止め、すぐに土のうによる復旧工事がなされました。私が初めての長距離サイクリングでその道を通行したのは土のうが置かれた2日後の真夜中でした。
土のうをかわして峠を下り道の駅メルヘンおやべにて同バイパスについて調べていたら、つい10分前に通ってきたトンネルの出口のところに人ひとりはゆうに飲み込めるだけの土砂が流れ込んでいる画像が見つかりました。その日付は2日前を指しています。

そんなことがあってママチャリで夜も走って遠出するのは怖くないかと思われるでしょう。もちろん危険のリスクがある(昼にも特有のリスクがある)から人に勧めることはしないものの、私にとっては怖いというものではありません
このところ道路はますます人工物らしさを増しています。しかし自然の猛威はひとたび振るわれると、道も家も人工物もみな自然のダイナミクスに従わせようとある種の強要を受けしまいには屈してしまいます。山奥のバイパス道などは人の活発なお昼間であれば旺盛な人の気で自然の気配のほうが隅にやられてしまうのですが、夜になると武骨な人工物であるのを忘れたみたいに厳かな場所に変わります。そこに人間は私だけ。ヘルメットを被りママチャリひとつを転がして隅っこを通るのはさながら神社参拝の風景です。自然も建築物もこの地に関わった誰か達もが混然一体となった空間で、風に吹かれてるのか自分が風のように走ってるのか分からなくなるのは心が洗われるようでいて気持ちがいいってことは確かなんですよねぇ。(偽天竜川ナコン)

おわりに

ながなが9000字も使って2023年度の私に起こったことを記録してみました。特に最後の、夜の道路特有の雰囲気については私の宗教観が表れている気もしますね。2024年度は奨学金とか扶養についていくらか考えることになるんでしょうか?よくお勉強しておこうと思います。
まさかそんな奇特な方はいないと思いますが私の1年間は幸運の連続で、あまり真似できたものではありません。このnoteの内容を真似したりして損害が発生してもこちらから保障などすることはできませんので悪しからず。
最後に大学1回生をともに走り抜けダル絡みに付き合ってくれて、置き忘れてもう見られないと思っていた青春を見せてくれた友人たちをはじめ関係各所のみなさまに御礼を申し上げます。

2023/7/18 AM4:53
初めての遠距離サイクリング復路 糸魚川(市振)→金沢
東の玄関口としてすっかりお馴染みとなった森本駅にて

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