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小説:バンビィガール<2-6>壮絶なコンテストバトル #note創作大賞2024

【6】

 チラシ配り大作戦が始まるまでは、日々の呼びかけが大事だと『嫌われない程度の距離感で呼びかける』ことに徹することにした。友人知人への呼びかけは、塩梅が難しい。
 控えめに宣伝していたのに、日を追うごとにグングン票が伸びていく。何度か別陣営の投票爆弾があったけれど――その度にコミュニティで皆が「きゃー!」「やめてー!」「耐えろー!」「怖いー!」と叫んでいたり――それに耐えうる数字を毎日叩き出していたのだ。そのお陰で何とか1位をキープできている。
 その答えは、チラシ配り大作戦前日に判明した。
 メッセージアプリの着信音が部屋に響く。私は即座にスマートフォンに手を伸ばし、アプリを確認する。
『全部チラシ配り終えたぞ。何かおごってや』
 アキヒロからの淡々としたメッセージに目を丸くする。
『え、全部!? 100部あったやんね?』
『同期と上司に押し付けてきた。あと昨日違うバスケサークルで配った。結構あおい有名人なんやな、知ってるでーってSNSフォローしてるやつ何人かおったわ』
「うへえええええ!?」
 女子が出す声じゃない声が出た。フォロワーさんまでいるの!?
『ありがてえ、ありがてえ』
『同期たちもノリノリで登録して投票してたわ、俺がいつも言ってる通り「なんや、この可愛い子!」ってさ』
『アキヒロの可愛いは信用していないけど、ありがとう』
『一言余計やぞ!』
 怒ってます、という鬼のスタンプが送られてきて、私は大笑いした。
 そのスタンプには、ありがとうございます、といううさぎがペコリとしているスタンプで返した。

 その日の晩。今度は珍しく早く家に帰ってきたお父さんから。
「何件かの交通社に電話入れて、チラシFAXしたぞ」
「交通社!?」
「紺野さんの娘さんでしたら是非応援させてください、やと。あとFAXだと印刷がつぶれるから原本を送ってくださいって言われたわ」
 確認のために、どこの交通社か尋ねたら、とんでもないビッグネームの交通社ばかりで少々眩暈がした。
 コネって元々好きじゃなかったし、新卒採用の時も学校推薦の企業はほとんど見向きもしないくらい苦手なのだけれど、ここに来てコネのありがたみを嚙み締めた。
「あおいの作ったチラシも見やすいしな。ええんとちゃうか」
 仕事には滅法厳しいお父さんからのお墨付きをもらって、ちょっとだけ嬉しかった。

『なるほど、そういう経緯があってこのデータなんやな』
 柳先生とは二日に一回ペースで連絡を取り合っている。先生に送ってもらったエクセルデータを眺めながら、私が説明していたところだ。
「はい、父と友人には頭が上がりません」
『それにしても2番と8番は引き離せんのう』
 投票爆弾を持っている2番さんと8番さん――コードネームのように私たちの間では番号で呼んでいる――を引き離すには、まだまだ力不足だ。
「今日も夕方ぷち爆弾ありましたしね」
『厳しい戦いやな』
「皆それだけ一生懸命なんですよね」
 私がこれだけ頑張っているのだから、皆それぞれ頑張っているのだろう。だから引き離せない。
『明日からやったな、チラシ作戦』
「はいそうです」
『諸刃の剣やってことは分かってるよな?』
「ええ」
 チラシが捨てられたり、コンテストが認知されたとしても「私に投票しない選択肢」もあることも覚悟の上だ。
『紺野、身体の調子は大丈夫なんか』
「大丈夫です。よく食べ、よく寝ております」
『精神力もやけど、体力勝負やからな。気をつけろよ』
「はい、ありがとうございます」
 唐突に心配されると調子狂っちゃうけれど、先生の優しさに触れると「嗚呼、この人が恩師で良かった」と心底思う。
 先生にとって「この子が教え子で良かった」と思ってもらえるように日々精進しなくては。

 4月11日。晴天。
「ラスクちゃん! お久しぶり!」
「あおいさん、ご無沙汰ですー」
 大阪在住のラスクちゃんと無事、富雄駅で合流する。
「ホンマありがとうね。協力してくれて」
「いえいえ、今日は仕事もなく予定もなかったんで。あおいさんのお手伝いできるなんて嬉しいですよ」
 ラスクちゃんは、そう言うと屈託のない笑顔を見せてくれる。
「じゃあ私が撮影するので、カッコつけてください」
「何それ」
 笑いながら、私は「富雄駅」と書かれた看板を背伸びして両手で指さす。それをラスクちゃんがうまい具合に撮影してくれて、私はサササとSNSに書き込む。

【20XX/04/11
 こんにちは! 紺野あおいです。
 本日はこちらでバンビィガールのお願いのチラシ配り中です。
 よろしければ遊びに来てくださいねー!
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #バンビィガールコンテスト
 #奈良
 #富雄】

「よーし、配りますか」
 富雄駅西口はバスロータリーが近くにあり、人通りも多め。
 掲げた数字はあくまで目標に到達できたらいいねー、のものなのでキリのいいところで切り上げる予定だ。
「ご協力よろしくお願いしまーす」と二人でチラシを配っていく。
 不思議なのは「このチラシはどういったものなの?」などの質問、全部ラスクちゃんが対応してるという……私、怖いのかな。親しみオーラのないバンビィガール、それはまずくないすかね?

「ハケた!」
「こっちもです!」
 3時間くらいで200部全部配り終えたことにキャッキャと小躍りする二人。
「票に繋がればいいんやけどね」
「繋がります! 信じましょう!」
 ラスクちゃんの言葉が力強くて、ありがたくて、嬉しかった。
 全部配り終えたこともSNSにアップして、終了。
 この日はラーメン激戦区富雄だったこともあり、夕飯はラーメンを堪能した。

 4月12日、この日は曇り一時雨予報。
「せんぱーい!!」
 ラッシュが過ぎた朝の大和八木駅、5番線ホーム。
 なんと滋賀からやってきた女王。我が家に泊まりに来るという理由もあり、なのだけれど。
「やっぱり持ってきたかー!」
「推しがいないと眠れないんで」
 女王は立派なオタクで、常に荷物が多い。最近はスラムダンクやハイキュー! にハマっているらしく、アクリルスタンドが更に増えていた。プラス宿泊グッズで完全に両手が塞がっている。その状態で手を振ろうとするから心配になって駆け寄る。
「一つ持つで、貸して」
「ありがとうございます」
 女王は偶然にも同じ大学出身で、私をちゃんと「せんぱい」と呼んでくれる希少な存在だ。私も女王を可愛い後輩でもあり、友人だと思って接している。
「今日、授業休講って事前に決まっててよかったです。もし授業があっても自主休講にしてましたけどね」とニヤついている女王を見て、私も学生時代を思い出す。
 ――あの日、あの時抱いた決心はまだ生きている。

 まずは荷物を置きに我が街香芝へ。簡単なブランチを済ませて、目指すは生駒駅。
「不思議なことに、大阪経由の方が生駒に近いっていうのもなあ」
 急行ぶっ飛ばして大阪の鶴橋駅経由で生駒駅に向かう方が、奈良県内で乗り換えするよりも楽で速いという不思議現象。
 二人、一筆書きで大きな丸になる近鉄の路線図を見上げて苦笑い。
「せんぱいは高校、大阪回りで通ってたんですか?」
「それがルールがあって、県内通らないとダメやってんよね」
 そんな雑談をしながら、急行はあっという間に鶴橋駅まで私たちを運んでくれる。ここからは近鉄奈良線に乗り換え、奈良行きの快速急行に乗る。鶴橋駅の次の停車駅が生駒駅だ。実に12の駅を飛ばすことになる。プラス生駒山の急勾配を登っていくので枚岡ひらおか駅から石切いしきり駅の間で大阪平野が一望できる。夕日が沈む時、夜景、本当に綺麗で癒される絶景スポット。特に行ってみたい場所は額田ぬかた駅が最寄りの東石切ひがしいしきり公園だ。

 お昼前、生駒駅到着。
 とりあえずSNSで生駒駅の看板を撮影し、投稿する。
「さーて、どっちの方が利用客多いかな?」
 少しだけ様子を見て、アントレいこまがある北口方向が人通りも多く、広くて配りやすいことに気づく。
「近鉄百貨店のお客さんに邪魔にならないように配ろうか」
「了解です」
 配りだすと、昼間はマダムが往来していて、どういうチラシかという説明をする機会が富雄に比べて多かった。穏やかな方々が「頑張ってね」とチラシを受け取ってくださるので、本当に嬉しかった。
 14時すぎ。簡単な昼食をコンビニで調達し、ベンチで休憩をとる。
「やっぱり奈良での知名度抜群ですね。バンビィ」
 バンビィの知名度に驚きつつもサンドウィッチを頬張る女王。
「そうやね。知らんっていう人はほとんどおらんのとちゃうかな」
 私はツナマヨおにぎりをチョイス。でもあまり食欲がなく、一口食べただけ。
「どの子がエントリーしてるの? あなたかしら? って訊かれたときは笑っちゃいましたけどね」
「女王の方が堂々としてるもんなあ」
「まっさか! せんぱいの方が足も長くて、身長も高いというのに」
「お褒めいただき感謝です」
 私がわざとらしく頭を下げると、女王がケラケラと笑う。
「雲行き、あやしくなってきましたね」
「うん、山も近いし天気変わりやすいからなあ……夕方の降水確率60パーセントやろ。傘持ってきておいて正解やと思う」
 生駒山の頂上付近が灰色の雲に隠れだして、これは一雨くるなと思わせる風も吹いている。
「夕方の学生が行き来する時間帯は雨やろね」と私が言った通り、16時には本降りの雨。でも雨ぐらいへっちゃらなのが学生だったりもする。強いなー。
 18時前にはチラシも無事配り終えることができた、けれど。
 ベンチの下、空き缶の横に紙飛行機にされたチラシが雨に打たれてしんなりしている。
 分かっている。興味のない人にとっては、チラシはただの紙屑でしかない。無駄足だと言われようが、泥臭かろうが「なにもしない」選択肢は、私にはない。前に進むしかないのだ。
 最後は女王に写真を撮影してもらい、SNSに投稿する。

【20XX/04/12
 紺野あおいです!
 本日はこちらでチラシ配りをしておりました!
 チラシから来られた皆様、はじめまして♪
 現在、月刊バンビィのイメージモデルオーディションに参加しております。
 良ければ応援よろしくお願いいたします!
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #バンビィガールコンテスト
 #奈良
 #生駒】

 じゃあ帰ろう、と女王と荷物をまとめて駅に向かおうとした時だった。
「紺野あおいさんですか!?」
 見覚えのある県立高校の制服を着た二人組の女の子が私たちを呼び止める。
「はい、紺野あおいです」
「やったあ! 本物だ! 可愛い! 身長高い!」
「SNSフォローしてて、今日生駒にいるって知ったので来ました!」
 女子高生たちが頬を紅潮させて、私にそう伝えてくる。
「ありがとうございます!」
 心から嬉しくて、お辞儀する。
「あの、良かったら一緒に写真撮ってもらいたいんですけど」
「せんぱい、私撮りますよ?」
 あれよあれよという間に、私は女子高生に挟まれて記念撮影。その様子を何だ何だ? と帰宅途中のおじさまや学生が遠巻きに見ているのが分かる。
「あのっ、うちの高校でも宣伝したいのですが」
「え! いいんですか!? ぜひお願いします!」
 予備で10部だけ残していたチラシを彼女たちに渡すと、更にキャッキャと喜んでいる。
「毎日投票しているので、頑張ってください!」
「応援してます!!」
 私たちが改札に入るまで、女子高生たちは大きく両手で手を振って見送ってくれた。
「せんぱい、泣いちゃってもいいんですよ?」
「……だめ。泣くのは全てが終わってからって決めてるから」
「意固地なせんぱいも好きですよ」
「サンキュー後輩」

 女王は紺野家をめちゃくちゃ満喫し、夕飯を食べたあと録画していたNワンを観て「めっちゃいいじゃないですか!」とマシンガンのように感想を述べ、お酒が強いのでお父さんとウイスキーを一緒に飲み(私はウイスキーが飲めないので日本酒で参加)、推しへの愛を明け方まで語ってくれた。


第8話はこちらから↓

第1話はこちらから↓


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