【書籍・資料・文献】『北の無人駅から』(北海道新聞社)渡辺一史

 2017年6月、スペインの首都・マドリードの中心部にあるプエルタ・デ・ソル駅からで電車に乗って、パルラという街に出かけた。

 ヨーロッパというと、イギリスやフランス、イタリア、そしてドイツなどがすぐに思い浮かべる。スペインはマイナーな国ではないが、真っ先に行きたいヨーロッパの国というわけではない。

 私が、ヨーロッパで最初に足を踏み入れる国としてスペインを選んだのは、2014年にエクアドルに行った経験があったからだ。

 日本から南米の国々に行くには、必ずどこかで乗り換えなければならない。私の場合、成田からデルタ航空に乗って、まずアメリカのアトランタ空港、そしてエクアドルのキトに降り立った。キトの空港に到着したのは現地時間で深夜23時過ぎ。空港を出ると、目の前は暗闇が広がっていた。

 キトの国際空港は新市街地・旧市街地からも決して遠い距離ではないが、大きな谷を越えるので、そこで街が隔絶されている。そのため、空港の周辺には建物らしき建物はなく、市街地へと向かう車中で窓の外に目をやると、すり鉢状に広がる市街地の家々から煌々と漏れる温かみを帯びたオレンジ色の光線があちこちにあった。

 南米は英語がほとんど通じない。それは空港においても同様で、空港職員や税関職員でも英語を理解できる人は一部にとどまる。片言の英語と片言の英語、それらをぶつけ合いながら何とか空港から出て、キトの街に入った。

 翌日、キトの旧市街地などを散策し、そして次の日にはガラパゴス諸島に渡った。ガラパゴス諸島の玄関口は空港があるバルトラ島だが、バルトラ島には空港しかない。空港を出ると、そこからバスに乗り、渡し船で川を渡り、さらに船つき場からはタクシーやバスに乗ってガラパゴス諸島では最大の街・プエルト・アヨラまで移動した。

 この間も、空港職員や渡し船の職員、バスやタクシー運転手と会話をしていたのだが、英語はほとんど通じなかった。相手も片言、こちらも片言。街でも、土産品店からレストランまで英語を話せる人はかなり少なかった。

 そうした経験から、「学校で英語を教われば、国際人になれる」という日本の教育が、いかにアメリカ中心であることが実感したた。なので、せめてもう1ヶ国語できないとダメなのではないか、と思い始めてスペイン語に手を出した。

 スペイン語に手を出したのは、エクアドルをはじめ南米の国の多くがスペイン語を公用語にしているからという理由もあったが、なによりも母音が5つで、発音が日本人に向いているということが大きかった。

 帰国してから、NHKラジオのスペイン語講座で独学。3年間みっちり学習して、対外試合に望むべく、2017年にスペインに向かったーーと言いたいところだが、3年間のスペイン語学習でも簡単な、本当に簡単な日常会話レベルにしか達していない。

 ちょっと難解な会話になると、すぐに覚束ないくなる。レストランで料理を注文する、駅でのりばを確認する、トイレはどこ?と訊くことができるレベルでしかない。というのが正直なところだった。

 それだけでも大したもんじゃないか〜と言われることもあるが、スペインではなまじ片言でもスペイン語がしゃべれてしまうと、相手はスペイン語が話せるんだなと勝手に解釈されてしまい、容赦なくスペイン語でまくしたててくる。スペイン人は総じて早口だから、ネイティブエスパニョールは聞き取ることが難しい。

 いくら「¡Más despacio!」(もっと、ゆっくり)と何度お願いしても早口のままで、いっこうに聞き取れない。最初に降り立ったマドリードでは、空港から市街地に向かうバスののりば、「¿Cuantas cuestas?」(おいくらですか?)と係員さんに質問したら、「¡Cinco!」(5ユーロ)とノリノリで答えてくれたことに気ををよくしてしまい、以降は英語じゃなくてスペイン語で話そうなどと思ったのが最初の間違いだったのかもしれない。

スペインは意外にも鉄道が発達している国で、都市圏では日本で言うところの通勤電車が運行されている。Cercanñías(セルカニアス)と呼ばれる通勤電車は運転頻度も多く、マドリードからパルラまであっという間だった。

なぜ、そこに日本人?

 パルラはセルカニアスの終点でもあり、駅を降りてエレベーターを上がると。駅前には広場があった。事前にネットで調べてあったから特に迷うことはなかったが、パルラには駅を中心に路面電車が環状で走っている。短い路線だが、この路面電車に乗ることは旅の目的のひとつだから、駅前広場の券売機にクレジットカードを突っ込み、一日乗車券を購入するためために画面を操作する。

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