超多忙な〇〇さん、の謎

雑誌とかテレビでよく見かける常套句、「超多忙な○○さん」。話題のビジネスパーソンとか、多足のわらじを履いて活躍している女性とかが、こう言われてることが多い。「作家の傍ら母親業もこなす超多忙な○○さん」みたいな。

何年か前から違和感を覚えていたのだけど、最近特にこの「超多忙な」に「なんだかなぁ!」と思う。

恐らく、これを書いてるライターさんとかテレビの構成作家さん?とかは、「超多忙」っていうのをポジティブな意味で使っているんだよね。よっ、売れっ子!みたいな。仕事が次から次へと来ちゃって超忙しいですよね? さすが世の中から求められてる人!みたいな。

でも超多忙かどうかと、その人が売れっ子かどうかって似て非なるものなんじゃないのかな。そこを間違えてしまうと、忙しい=良しとなり、あっという間に長時間労働=良しにつながっていく気がする。最近になってようやく長時間労働のバカバカしさが指摘され始めたところですのに。忙しいのって別にいいことでもかっこいいことでもないって、たぶん言われてる作家さんも気付いてるだろうからもうその安易な言い回しやめない? 地獄のミサワに何周遅れで追いつくのかと。

働いている人なら誰でも、「最近お忙しそうですね」とか「お忙しいでしょう?」と言われたことがあると思う。特に30代以上とかになると、それが相手を気遣うあいさつ代わりみたいになってる。そしてたまにそこに、「お忙しくて何よりです」みたいなちょっとしたお世辞の匂いを感じることもある。

単なるあいさつ、社交辞令の一つとして流せばいいのだろうけど、私は「忙しいんじゃないですか?」と言われると困ってしまう。自分の親からですら、そう。「最近忙しいんじゃないの? 大丈夫?」って気遣って言ってくれてるのはわかるのだけど。

その理由は「忙しいよ」って答えることにすごく抵抗感があるから。20代で、まだ右も左もわからなくて先輩や上司から頼まれる仕事が多くてスケジュール調整もままならず……っていう時期ならまだしも、30代半ばになって「忙しい」のってちょっとなあと。

そもそも「忙しい」っていうのは、その人の気持ち、その人の主観であって、客観的に見てどれだけスケジュールが入っているかとは関係ない。医学博士の水島広子さんが書いた「『いつも忙しい』がなくなる心の習慣」という本があるが、このタイトルの通り、「忙しい」は心の持ちようで変えられる。

月に10本以上連載持っているライターさんよりも、駆け出しで全然仕事がないはずの新米ライターさんからの方がメールの返事が遅いことってよくある。新米ライターさんは、とても「忙しい」のだと思う。24時間ずっと仕事のことを考えてしまう。ご飯食べているときでも移動中でも「あの締め切りをどうしよう…」って考えているのは売れっ子ではなく新米ライターさんの方だろう。気持ちの切り替えができないから、いつでも「忙しい」。

27歳のときに一つ年下の共同経営者と一緒に会社を起ち上げて、今年で9年経った。部下という言葉を使ったことはないけど、部下とか後輩っぽい人が何人かいて、役員の立場で会社にいて、自分が忙しくしてはいけないなあの気持ちが年々強くなる。


なんだかなあ。数年前に、ある会社の編集者の方と話していて、たまたま私がその場を中座しなければいけなかったとき、「お忙しいですもんね」って言われたことがあった。その言葉には明らかに「こっちがわざわざセッティングしてるのに忙しぶりやがってよ」の響きがあって、「うわぁ……」と思ったんだよね。

その編集者は私のことを「売れっ子ライターですもんね」とも言ったが、私のことを「売れっ子ライター」と言ったのは後にも先にもその人だけで(覚えている限り)、しかもたぶん、私の書いたものを読んだことはほぼない人である。じゃあわざわざセッティングしてくれるな、と思った。

ああいう嫌味本当に嫌いだよ。それを言いたいだけの文章だったかもしれませんすみません。



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Tamaka Ogawa

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色々なところから集めた色々な世界。最近は料理系noteからのシェアが中心です。
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