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突然のサザエ語り 「さらしな」の電話番号

長谷川町子さんの作品の根底にあるものは戦前戦後を生き抜いた人の突き抜けた死生観であり、シンプルな線で人間の細かな仕草や機微を描き分ける技術は天才としか言いようがない。アニメでしか知らない人はサザエさんの笑いを「ほのぼの」とか言いたがるが(そして安っぽいパロディにしたがるが)、漫画で読むと、その笑いの背景には徹底した人間観察があり、シニカルな目線と人間愛の両方に裏打ちされたものであることがわかる。

私のサザエへの愛はひと言で語り尽くせないのですが、生涯をかけて、サザエさんに着せられた「ほのぼの」の汚名を払拭していきたいと思う次第です。ほのぼのってなんだ、ほのぼのって! まあ、ほのぼのもいろいろだからほのぼのと思う人がいてもいいのかもしれないけど、「ほのぼの(笑)」みたいなニュアンスには断固反対していきたい。

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『サザエさんうちあけ話 似たもの一家』(朝日文庫)にあるエピソードのひとつ。

サザエさんの4コマの中に、一家で行楽に出かける前にカツオが気を利かせていろんな準備をし、オチの一コマで黒電話のそばに「さらしな」の番号をメモして置いておく(どうせ「今夜はてんやものを取ろう」という流れになることを見越して)という1本がある。

この4コマで、長谷川町子さんは大失敗をした。「さらしな」の電話番号のところに、本当に7桁の番号を書いてしまったのだ。印刷の際に縮小するから数字が潰れて読めないと思ってのことだったが、当時の印刷技術もなかなか精密で、はっきり数字が印刷されてしまったそう。

当然のように、番号を書かれてしまった家にはいたずら電話が殺到。その数、その日の午後だけで150本。

このエピソードで興味深いことがいくつかあって、ひとつはいたずら電話の内容。「あら、おソバやさんじゃないんですか? アハハハちがうんだってサ」「ホントかどうかちょいとかけてみた」などというもののほか、

ひどいものでは「オイ、ソバやさん、おまえせんでん料出してかいてもらったんだろう。きたねえゾ!」と怒る人もいたのだそう。まったく、勝手な詮索で人を責め立てる人は昔からいるもんなのだなと。

あとは、勝手に番号を書かれてしまった家の住人が長谷川町子さん宅に電話して、「ウチはケサのサザエさんでえらいメイワクしてますよ」と直接苦情を言ったっていうのも興味深い。昔は長谷川町子さん宅の電話番号が電話帳とかで調べられたのだろうか。

同じく『サザエさんうちあけ話』の中では、当時ファンレターの宛名が「谷長川町子」でも、「世田谷 フグ田サザエさん」でも長谷川町子さんの元に届いたという話が紹介されているから、大らかな時代というか、サザエさんってすごいなというか。

この一件、結局平謝りしてお詫びの使いを出し、午後にもう一度お詫びのお電話をしたのだそう。今ならニュース沙汰になりそう。

ちなみに長谷川町子さんはこの一幕を、「それにしてもヒマ人が多いのにはあきれた。これで土日祝日が行きわたったらどうなります? だいたい日本人は……え? もとはお前がしでかしたことだ。ハイ、じゅうじゅうハンセイしております」と一人ツッコミで締めています。

とはいえ、長谷川町子さんは細かいことに気を遣わなかった人ではなく、むしろ几帳面すぎるぐらい几帳面だった人で、それは漫画の絵柄や字、何度も胃を壊しながら長期連載を続けていた(ときどき休載した)ことからもわかる。

細部にこだわる人だったけれど、そのおこだわりはあんま見せずに、自分の失敗談だけあっけらかんと書くみたいな、ね。好き好きサザエさん。意識高い風に言うと、何度読み返しても学びがあります。

それではまた次回。





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Tamaka Ogawa

ヤフーニュース個人:小川たまかのたまたま生きてる https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/

コメント2件

私もサザエさんの漫画大好きです。昔は図書館でよく借りていましたが、今度帰国したらまとめて買いたいなあ。
おお! なんか読み返していると、貴重なお菓子を少しずつ食べるようなありがたみがあるんですよねー。
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