私、女性誌のキラキラ感を笑う気になれません、という話

以前、ツイッター上で若い女性が「美容室で女性ファッション誌を持ってこられるのにうんざり」、私そういうの読まないから、みたいなことを呟いていたのを見かけた。女性誌の情報を喜ぶようなバカな女に見られたくないんだけど、みたいなニュアンスだった。古くは(古くないけど)「スイーツ(笑)」という言葉があるように、女性誌のキラキラ感というか、無駄なポジティブ感というか、つくりあげられた虚構のような華やかさと現実離れした幸せロールモデルの押しつけみたいな世界観は、そこにノレない人たちからとてもバカにされがち。

私も以前は、女性誌に出てくる人とそのキラキラ感に憧れを抱ける女性たちを「自分とは違う世界の人」と思っていた。いや、今でも自分とは違う世界の人だと思っているんだけれども、当時よりも彼女たちの気持ちがわかるような気がする。というか、結局彼女たちも私も同じだなと思う、というか。

ここから昔話です。

私はもう物心ついた頃から、とてもネガティブな人間だった。「15、16、17と、私の人生暗かった」と歌ったのは宇多田ヒカルのお母さん。藤圭子さんが15、16、17の頃に何があったかは知らないけれど、私はといえばその年頃に特に何もなかったのに非常に暗かった。あったといえばあったけど、それは誰にでもあるっちゃあるような話で。そして10代から20代後半あたりまでずっと暗かった。

何があったかを書くよりも、どのように自分が自分の暗さを発露させていたかについてを少々。たとえば、フリーライターとして仕事をしていてタレントさんに取材に行く。取材が終わるとすごく疲れる。なぜ疲れるかというと、帰りの電車の中で取材中に犯したたくさんのミスがずっとフラッシュバックするから。

あの質問をしたときにタレントさんが答えにくそうな顔をしたあの質問は全然ピントが合ってなかった最初に声がうわずってしまった同席していた編集者の人が途中で質問をはさんだのは私の質問が下手だったからかもあのタレントさんはこの間ブログで「今日取材してくれたライターさんはすごく面白い人だった!」って書いていたけれど私のことは絶対そんな風には書いてくれないだろうなこんな私は早く死ねばいいのに、とかね。今思えばなんでもない、小さい小さいミスが怒濤のようにフラッシュバックした。だから仕事を全然楽しめなかった。自分から望んで始めた仕事なのに。

楽しめなかったのは仕事だけではなくて、人付き合いも同じ。学生時代の友達と会ったあとも、私のあのひと言で多分あの子はちょっと嫌な気持ちになったそんなつもりじゃなかったんだけど大丈夫だったかなみんな転職とか考えていてどんどんキャリア積んでるけど私はまだ駆け出しみんなで撮った写真やっぱり私だけ冴えない格好してるよねっていうか店を決めるのもまた私何も意見言ってない何も意見言わないやつ店知らない貧乏人だからねって思われてないかなこんな私は早く死ねばいいのにまじで、とかね。

何かに参加したり、複数の人や初対面の人とあったりするとぐったり疲れた。だから土日は寝ているか書き仕事をしていることが多くて、友達と約束しても当日になるとどうしても行く気になれなくてよくドタキャンしていた。さらに仕事中もイライラうつうつしていた。

当時の私にはぼんやりとした不安があった。それは、もし自分が誰かと結婚式を挙げることになったとしても、その式を全然楽しめないんじゃないかということ。当時はたとえば自分の誕生日を友達に祝ってもらっても、心から喜べるということがなかった。どこかで、「みんな本当は順番だから仕方なくやってるだけだよね?」という気持ち。そしてお祝いや優しい言葉よりも、友達が一瞬退屈そうな顔をした(ようにみえた)ことの方が何十倍も心に残ってしまうという。こんなことでは、もし誰かと結婚式を挙げることになったとしても、きっと楽しい気持ちにはなれない。招待客の誰かがつまらなさそうに見えたこととか挨拶のときにちゃんと喋れなかったこととかみんなから見た私はドレスを着てもどこかみすぼらしく見えて笑顔もぎこちないとか、うれしさよりも恥ずかしさの方が記憶に残ってしまう。私はもうずっと一生こうなんだろうか。何においても心から楽しめない人生なんだろうか。それはきっと私の性格が悪いせいだろう。その気持ちは、会社を起ち上げても自分が有名な媒体で署名記事を書くようになってもずっと変わらなかった。というよりも、会社を起ち上げた頃は(今思えば)些細なミスや失敗を、(今思えばそんなことないんだけど)ものすごく権力のある大人から、(これは結構事実)ねちねち言われたり嘲笑われたり無視されたり貶められたり、そんなことが多くてなんかとにかくボコボコにされていた気がする。20代で起業するというとすごいとか羨ましいとか言われるけれど、私は大人に寄ってたかってボコボコにされたという記憶ばかりがある。私に覚悟が足りなかったというだけのことかもしれないが。

さて、そんなある日のことじゃった。

感じのいい人だなと思っていた女性ライターの方がツイッターでつぶやいているのを見かけた。細かい部分は忘れてしまったけれど、それは「自律神経を整える簡単な方法」というものだった。

夜寝る前に、3つのことを紙に書き出してみる。1つ目はその日の反省。2つ目はその日にあったうれしかったこと。3つ目は翌日の目標。この順番で書くのがポイントらしい。

ただそれだけ。ただそれだけのことなんだけど、何だか心に残って、その日からやってみることにした。やってみると、あることに気付く。ここまで読んだ人は大体推測できるかもしれないが、反省と翌日の目標は書けるんだけど、「うれしかったこと」が全く書けない。うれしかったこと。うれしかったこと……。うれしかったこと? 何それ。ないってそんなの。そうそうないよ。生きててうれしいこととか。

いや、これではいかんと思い、なんとかうれしかったことを書き出そうとした。考えて考えて、書いたこと。

納豆ご飯がおいしかった。

ちっちゃい。でもたぶんそれしかない。今日のところはそれでOK。なんとかひとつうれしいことがあってよかった。それで次の日は卵かけご飯がおいしかったとか、次の日は社長(共同経営者)とけんかしなかったとか、その次の日はたい焼きがおいしかったとか。とにかく1日に1個はうれしいことを考えるようになった。ちいさなちいさなうれしいことを毎日書いた。でもこれが大きかった。それまでの私は夜寝る前に、「今日は〜〜と〜〜と〜〜がダメだった。なんでダメなんだろう。なんでできないんだろう」、それしか考えてなかった。ダメな自分のまま眠り、ダメな自分のまま起きる。今思えば明らかに毎日死んでいた。

うれしかったことを1日1回考えるようになってから数ヵ月後のこと。その日は休日で、私はよく日が当たる自分の部屋でベッドに寝転がりながら本を読んでいた。隣の部屋には一緒に暮らしていた人がいた。本を読むのに疲れて、ふと天井を見上げたとき。目に入ったのは白い天井に日の光がぱーっと差し込んでいるところ。すごくきれい。きれいだな。うれしい。きれいだからうれしい。穏やかな気持ち。

…? あれ? 私、もしかしてすごく幸せなんじゃないだろうか。こんなにいっぱい日のあたる部屋に住んでいて、休日に好きな本を読めて。

唐突に感情があふれてきて、急に自分がすごく恵まれていることに気付いた。そして周囲の人がどんなに自分に優しくしてくれていたのかに思い当たった。今までずっと自分を責めていたけど、それは自分を責めているふりだったんじゃないだろうか。責めているふりをして、誰かにもっと優しくしてもらうこと、もっと認めてもらうこと、もっと何かをしてもらうことばかり考えていた。なんで優しくしてもらおうと思っていたんだろう。もう充分なほど優しくしてもらっていたのに。築古で隙間風もある部屋の小さなベッドの上で、私は突然ものすごく幸せになった。

うれしかったことを思い出すこと、覚えておくこと、ちゃんと「うれしかった」と言うこと、伝えること。それがどんなに大切で生きていくために必要なことか。私はそれまで全然知らなかった。女性誌ではよくモデルたちが「とっても楽しかった」と言ってパーティーや旅行の様子を綴っている。女性タレントたちのブログでもそう。「楽しかった!」「ありがとう!」「みんな大好きだよ!」

昔は不思議だった。そんな楽しくないでしょ? そんなに感謝してないでしょ? そんなにみんな好きでもないでしょ? 建前だよね。大人だからね。

でも今ならわかる。彼女たちがそうやって言う理由の一つは、幸せのハードルを低くするためなのだと思う。みんなといられるだけで楽しい。集まっただけでうれしい。ケーキがかわいいから幸せ。今足りないものを見つけて気にするのではなく、今の状態こそが満たされていると気付くこと。今日も楽しかったね。明日もいいことあるといいね。「楽しかった、ありがとう」と口に出すことは、祈りに似ている。

大人になると、誰でも悩みや不安を抱えていることに気付く。すごく美人なのに、ずっと孤独を抱えている人を知っている。仕事で認められていた人が突然自殺してしまうことがある。幸せで安定した生活のためには常に日々のメンテナンスが必要だし、そうしていても突然の不運に襲われることだってある。生きるのって大変だ。とかくこの世は生きづらい。女性誌の中でも美魔女という存在はとかくバカにされがちだけど、あの人たちだって、これまでの人生でいろんな悩みや不安と闘ってきたのは絶対間違いない。いや、闘っているからこそキラキラとした場にわざわざ出てきたんじゃないか。それが彼女たちなりの闘い方だから。人が闘っている姿はときとして滑稽に見えるものかもしれないけれど、誰かの一生懸命を私は笑えない。

ちなみに、日のいっぱいあたる部屋で一緒に住んでいた人とはその数ヵ月後に別れてしまった。でもそれほど落ち込まなかった。ものごとにはいい面と悪い面がある。別れはさみしいし、世の中的には「30過ぎて一緒に暮らしてた男に振られちゃって大丈夫?」だったのかもしれないけど、その時は「また誰か別の人と付き合えるってことだし、次の部屋を探すのもそれはそれで楽しい」と思えた。狭いけど日当りのいい築2年の部屋に引っ越して、3ヵ月ぐらいで新しい彼氏ができた。私は新しい彼氏の前に真っ赤な絨毯を敷き、「どうぞ、ここを歩いてください! 歩くだけで大丈夫なので!」と言って結婚に導いた。彼は訝しげな顔をしながら、のっそりと歩いてきてくれた。うれしいことを毎日数えてなかったら、私は彼との出会いに気付けたかわからない。彼の実家の近くで、親族だけで挙げた小さな式は私たちにぴったりで、それはそれは楽しかった。

大学院時代の恩師は私たちが卒業するときに言った。「いいか、人生には悪い時期もあれば必ずいい時期が来る。いい時期があれば必ず悪い時期が来る」。この言葉が大好き。なぜ恩師がそう言ったのか、わかる気がする。「必ず悪い時期が来る」という言葉が最後である理由もわかる気がする。いい時期が続くことが普通ではない。仕事や人付き合いでの山あり谷ありは絶対あり続けるんだけれど、谷のときなら谷で楽しいことを見つければいいよね。「楽しい!」「ありがとう!」「大好きだよ!」とFacebookに書くのが自分らしくないと思うなら、それぞれ自分のかたちで。





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Tamaka Ogawa

心の中の話

20歳以降、自分がどんな育ち方をして今に至ったのか考えることが増えました。
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コメント40件

nancyjpnさん 私も二歩進んで一歩下がる、みたいな感じなのですが、これからもちょっとずつうれしいことを増やしていけたらいいなと思っています^^
カモセイロさん ネガティブなところ、思い出そうとするとネガティブになるので(笑)、思い出せたのは1割ぐらいです。ほんと暗かった…! ぜひ3つ書いてみてください(*´▽`*)
freeman.by2018さん ありがとうございます。ぼーっとしていると忘れることもあるんですけど、ぜひ物は試しと思ってやってみてください!^^
返事ありがとうございます!記事を読んでから続けてますが、毎日身の回りの幸せを探すようになり、とても穏やかに過ごせてます♪これからも続けていきます。
陰ながら応援しております!
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