なんで出来ないのか?を追求する。

何でできないの?!

と言った経験ありませんか?

教育をする上でとても大事なのは

なんで出来ないのか?を聞くより
どうして出来なかったのか?

を聞いてあげる事だと思ってます。

出来ない理由なんて

いくらでも出てくる。

基本的に人間は出来ない理由を探す天才みたいなものです。

それは

人にとってだけではなく

自分に対しても出来ない理由を探す事は

ふと振り返ると簡単だと思います。

例えば

時間が無い。
お金が無い。
才能が無い。

とか、、、

やらない理由なんていうのは

探すのが簡単な訳です。

それで

本人も分かってるのに関わらず

追い込みながら聞き出すと言うのは

非常に効率が悪いと言うか感じが悪い。。。

大事なのは

1人の時でも学べる環境を作るということだと思っています。見ている時だけちゃんとさせていても意味が無い。それはずっと正解を教え続けなければいけないし、自分を超えていって欲しいと思ってない。と言う見方にもなります。

なぜか?

自分が教えれる範疇を超えて教える事は不可能だから。そして今の日本は間違いなく自分を超えていきそうな人間を潰してしまう。という無自覚な「空気」感が漂っている。教える側の器が小さくなってきているのではないか?と考えてます。

本当にその子の成長を望むのであれば、原因を突き止める方法を一緒に考えてあげればいいと思うのです。これはなぜ出来ないか?は抽象的すぎてその後に続かないし、その後もきっと同じ事を言ってくるでしょう。

それだと教育を成長として考えてあるので有れば足枷になりやすい。

まず重要なのは

なぜ出来ない?ではなくどうして出来ない?という所です。

これは

名プレイヤーは名監督にあらず

と同じ感覚でだと思います。

「なんで出来ないのか?」を聞いてしまうのは出来ない気持ちが分からないから。
「どうして出来ないのか?」を聞くのは課題を解決する為に共有する。

そう捉えています。

例えば

集中力がない子がいました。

なんで出来ないのか?

そうしたら多分本人も分かってるから集中すれば出来るなら「集中しなさい」という言葉になる

どうして出来ない?

集中できない理由があるはずに焦点が当たる。
そうすると集中力がないのではなく、集中する環境が無いのかもしれない。

受け取る側はこう変えれるはずです。

問題なのは出来ない事にフォーカスを当てるのではなく、出来ない原因にフォーカスを当てる事。集中力がない子はいなくて

集中力の時間が短い。
(ちなみに人は訓練しても90〜120分が限界ですが)
であれば教える時の時間を短くするなど環境を変えればいい。

集中力が散漫。
これは外的な刺激に弱い。と取れるので極端な話隔離してしまえばいい。

やり方がたくさん見つかるはずです。

そして

なんで出来ないを突き詰めると

能力の高い人は生まれるが

尖った才能は生まれづらい

という環境になります。

自発的に考える習慣がなくなる。という事です。

もし

教育に携わるなら

この辺を気をつけた方がいいと思う。

そして

どうして出来ないのか?が

分かったら一緒に解決出来るように

学ぶべきだと思ってます。

今の時代にフィットするものを追い求めすぎると未来は衰退していくのではないのか?と考えてます。自分達が未来に託す事をしたいのであれば才能を潰すのではなく、伸ばす方向に持っていくべきだし、能力の高い人より尖ったものを磨ける人を育てるべきだと思っています。

#snips #小熊滋 #教育

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小熊滋

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