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女装を嗜む井川さん(第3回):三男・秋仁の場合

日曜日の朝。
井川家のリビングでは、次男の涼太がコーヒーを飲みつつテレビを見ていた。朝のニュースが一通り終わった頃、玄関から鍵の開く音が聞こえてくる。
ロングヘアーの茶髪ウィッグにルーズな半袖シャツ、花柄のロングスカートという出で立ちでリビングに入ってきたのは三男の秋仁だ。
「また新宿か?」
涼太はテレビに半分目を向けながら秋仁に尋ねた。
「そうそう。友達4人で飲んでてさ。涼兄ちゃんの店にも行ったけど休みだったんだね。」
朝なのに秋仁はやたらハイテンションである。
「お前毎週毎週新宿行って、よくそんな元気あるな。」
涼太はそう言ってコーヒーを一口含んだ。
「だって友達いっぱいいるし楽しいじゃん。会社以外の繋がりもできるし。女装ってほんと楽しいよな。」
やや呆れ顔の涼太に対し、秋仁はニコニコしている。
「毎週飽きもせずによく出かけるな。俺でも毎週新宿行く元気とかないわ。」
「涼兄ちゃんは女装で新宿行っても小遣い稼ぎしに行く感じだもんな。じきに春兄ちゃんみたいに、『オールはきつい』とか言うようになるよ。」
「うるせぇなぁ。俺のことはどうでもいいんだよ。女装の友達なんてちょっといればいいんだよ。俺は別にバンド仲間だっているし。」
弟からからかわれると、つい言い返したくなるのが涼太の性分だ。
「そういや最近みゆちゃんと会ってるのか?女装が楽しいからってみゆちゃんとの約束すっぽかしてたりしてないだろうな。」
「会ってるよ。俺が女装してることも知ってるしさ。」
“みゆ”とは秋仁の彼女で、大学時代から付き合って5年を迎えようとしている。家にも時折遊びに来ていたため、涼太や春樹、雪也とも顔なじみになっていた。
そんな涼太の心配もお構いなしに秋仁は、
「ちょっと眠いから化粧落として寝るわ。夕方からまた出かけるから。」
とさっさとリビングから退散してしまった。

兄弟の中では秋仁が最も遅く女装を始めた。
二人の兄が髪を伸ばして女性的な格好をしたり、女装でアルバイトをしたりしていてもまったく興味を抱かなかった。

そんな秋仁が女装を始めたきっかけは、たまたまネットで見かけたメイク動画だ。地味な顔の男がメイクを施し別人のように変化する姿に衝撃を受けたのだ。「俺もやってみよう!」と思い立った秋仁は自ら道具買い集め、ネットの動画を見ながら独学でメイク技術を習得した。さらに女装に熱が入った秋仁は、ネットで新宿に女装が集まるイベントやお店があると知ると足繁く通うようになった。社交的な性格とメイク技術の高さもあり、あっという間に女装仲間を増えていった。今では“あきひ”と名乗るようになり、友達と新宿で遊ぶ週末を送っている。遅咲きの女装に目覚めた秋仁にとっては、女装はまさに楽しいことばかりだったのだ。


自室で睡眠をとり、秋仁が目覚めると時計は午後2時をさしていた。スマホをチェックすると、みゆからメッセージが入っている。
『16時に新宿集合でいいんだよね?』
その日はみゆと女装でデートする約束をしていた。夜は秋仁の友達とも合流し、3人で店へ遊びに行く予定だ。
『今から支度するからね』
と返事を送ると、ベッドから抜けだし化粧ポーチを引っ張り出す。
女装をパートナーに隠しているという話も聞く中、彼女公認の秋仁はとてもラッキーだと感じていた。みゆも割と乗り気で、ファッションやメイクのアドバイスもしてくれる。秋仁が女装で遊ぶことに関してもかなり寛容だった。

しかしみゆと付き合って5年。お互い24歳を迎えていた。「友達がちらほら結婚しだした」という話をみゆから聞くと、将来の事も少し考えてしまう。
そんな時ふと思うのが、今の楽しさだ。

結婚後も女装を楽しんでいる夫も多いと言うが、果たして自分が結婚したら、今まで通り上手くいくのだろうか。今は利便性や経済面からも兄達と実家で暮らしているが、結婚すれば家を出ることにもなるだろう。そうなったときに、自分はどうしているのだろうか。

(結婚ってなったら、そうそう女装ばっかりはしてらんないよな)
そんな気持ちもよぎってしまう。

しかし、

「まぁ、今が楽しいしなんとかなるっしょ。」

と思ってしまうのが秋仁だ。
とにかく待ち合わせに間に合うよう、“あきひ”になる準備を始めることにした。

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りょむぞ

女装したりバンドしたり漫画描いたりしてる人
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