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【時計の針を戻したい】そういうお話。

今まで異性と付き合ったことのない自分。

ある日の残業した仕事の帰り道

「落ちましたよ」、女性に声をかけられる。

手には、カバンに付いていたはずのお守り。

どうやら、ひもが切れたみたいだ。

「ありがとうございます」そう伝えながらお守りを受け取った。

「お守りのひもが切れるなんて縁起悪いですね」
苦笑い交じりで話す女性。

(異性は苦手だ)
そう思いながらも「本当にありがとうございます」と頭を下げた。

「じゃぁ、またご縁がありましたら、またお会いしましょ」

女性は、その場を去った。

自宅に帰り、電気をつける。

「疲れたー」

大きく手を広げ、ベッドに倒れた。

胸ポケットに入れていたひもが切れたお守りがポロリ。

手に取り、高く上げた腕の先
「切れちゃったな」

電灯の眩しい光に、霞んで見えるお守り
拾ってもらった女性の顔も霞んで見えた。


数年後、変わり映えの無い生活を送っていた。

歳を重ねるごと、他人の家族姿に劣等感を抱いていた。

(きっと…一生ひとりなんだろうな)

定時になり、帰宅準備をする男性。

同僚が話しかけてきた。

「今から一杯いかね?」

同僚は、奥さんとお子さんが2人の世帯持ちだ。

「お前、帰らなくて大丈夫なの?」

「今日は大丈夫。奥さん子供連れて、実家に泊まりに行ってるから」

ふたりは、職場近くの新しく出来た居酒屋に入った。

「いらっしゃいませー」

新規オープンもあり、店内は満席気味。

2人はカウンターに案内された。

2人はジョッキを片手に

「乾杯」

「いつぶりだろうな。ふたりでこんなに飲むのは!」

確かにそうだ。入社してそろそろ二桁になろうとしている。

同僚の方は、その間、『結婚』もしている。

「ほんと、いつぶりだろうな」

「ところで、お前結婚しねーの?」

「ぁはは、彼女もいねーのに出来るわけねーだろ」

「あ、そうだったな!この仕事大好き人間め」

なぜだろうか。同僚の言葉は、不快には感じなかった。

むしろ、そう言い聞かせる事で劣等感さえ弾き飛ばせるの気がした。

2人は、閉店まで会話を楽しんだ。

「ありがとうございました」

店を出た2人。

「おい、どうする?二軒目いくのか?」

楽しくなった俺は、同僚に話を持ち掛ける。

「明日、迎えに行かなきゃいけなくて、朝はえーんだわ。ごめんな」

手を振りあう2人

同僚の後ろ姿を眺め、ふと、さみしくなる自分がいた。


帰り道

コンビニに寄って買った強めのお酒を手に、ふらふらと歩いていた。

家に帰る、足取りは重い。

「今日は満月か」

ふらふらで、上を向いて歩いていたせいか、転びそうになる。

「あぶねー」塀に手をかけ、そのまま座り込んでしまう。

「はー、酔ってんな。楽しかったもんな」

お酒を片手に、塀にもたれながら、ずるずるずると蹲った。

どれぐらい座り込んでいただろうか。

「落ちてますよ」

顔をあげる。

「お久しぶりですね」

数年前にお守りを拾ってもらった女性が立っていた。

「ここで寝たら風邪ひきます」

「嫌な所、見られちゃいましたね。お恥ずかしい」

「今度は、お守りじゃなくて、本人が落ちているんですね」
冗談交じりの笑顔で話す女性。

「気を付けて帰ってくださいね」
そういうと、女性はその場を去ろうとした。

「あ、あの、今度一緒にご飯食べませんか?」

酔っぱらっているせいか。
同僚からの「さみしい気持ち」のせいか。
はたまた会いたかったのか。

言葉をかけた自分に、ぐるぐるの頭の中で自問自答していた。

「ん~、いいですよ」

「え?いいんですか?」

「お守りからのご縁ですし」

2人は、連絡先を交換した。



あの夜から

ふたりは、数えきれないぐらいの連絡を交わし、

沢山の思い出を作っていった。

そして、結婚し子供も生まれた。

異性が苦手だった自分が、人を愛し、愛を重ね、子を授かるなんて。

あの夜までは、想像もしなかった事だ。

毎日が幸せだった。

そんな幸せの中、高い壁が立ちはだかる。


子供が話せる年齢になった頃

痛みを訴える子供。
病院へ向かう家族の姿があった。

難病が発覚した。

医師の話では、長くは持たない。
海外で臓器移植するしか道はない。と、告げられる。

麻酔でベッドに眠る子供を眺め、
夫婦は、大粒の涙を流した。

朝になり子供が目を覚ました。

「おはよう、今日からパパはお仕事、凄い頑張るから少し寂しくなるけど、きっとよくなるから大丈夫だよ」
そう話すと、病室を出た。

夫婦は、朝になるまで話し合った。
臓器移植には莫大な金額が必要だった。

旦那は、朝から深夜まで働き、資金援助の協力も依頼なども
必死に行うと決めたのだ。

その日から、来る日も来る日も働いた。

「今日もパパに会えないの?お話したいのにな」

来る日も来る日も働いた。

「パパ、頑張っているみたい。もう少ししたら会えるからね」


資金が半分集まった頃だ。

一本の電話が入った。

駆けつけた病院。

膝から崩れ落ち声出して泣く妻。

子供には白い布が掛けられている。

白衣を着た男性に詰め寄る
「なんでだよ。なんでなんだよ。助けろよ。助けてくれよ。助けてくだ…さ…」

白衣を掴みながら、ずるずると膝から崩れ落ちた。


あの日から数日たったある日

妻が、段ボールを持ってきた。

「これね、あの子が、入院中にパパとお話ししたいってよく話しててね。文字はかけないから、私があの子の言葉を書いた手紙なの。本当は、あなたに見せずに捨ててしまった方がいいんだろうけど…
私には出来なかった。ごめんね。
だからあなたに読むかどうかは決めて欲しい」

そういうと妻は段ボールを渡した。

すぐには見れなかった。

どんなことが書いてあるのか。気にはなる。
だけど今は喪失感の中を彷徨っているからだ。

また、数日たった。

妻が買い物に出かけた。

ソファーに座りながら、見てもいないテレビを見てるふり。

静かにしたく、テーブルの上のリモコンに手を伸ばす。

目に映るは、テーブルの下に段ボール。

一枚の手紙を手に取った。

パパは、お仕事で忙しくてお話しできなくて寂しい。大好きなパパに会いたい。の文字。

次の手紙も、次の手紙にも
【お話ししたい】【会いたい】【大好き】の数多くの文字。

治す事だけを考えて、あの子の願いや幸せを本気で考えてあげられなかった後悔が今も尚、この胸に突き刺さる。

戻れるなら戻りたい

【時計の針を戻したい】

お花の騎士

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