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朗読脚本03_呼んでいたもの

題:呼んでいたもの

私たちは、道に迷っていた。
もう数時間もの間、ほとんど街灯のない舗装もまばらな道を歩き続けている。
そして、ずっと考えていた。
意識が途切れないように。
余計なことを考えてしまわないように。

目的地には、まだ、何故か、着きそうにない。

街灯もない道を、いや道と呼んでいいのかも分からない場所を、私は友人と横並びで歩いていた。
友人も私も、もう随分と口を開いていない。
ただひたすらに足を動かしているだけだ。
そして恐らく、友人も私同様、考えているのだろう。
どうしてこんなことになってしまったのか、と。

久しぶりに皆が顔を合わせた結婚式で、はしゃぎ過ぎたからだろうか。
式が終わった後も、場所を変えて飲み続けたことか。
そんな酒の勢いで、母校まで今から歩いて行こうなんて、馬鹿な提案をしたせいか。
・・・・・・途中から、道が分からなくなったというのに、引き返さなかったからだろうか。

いや。違う。
分かっている。
これらはきっかけに過ぎず、それにもう数時間前の過去のこと。
考えても悔やんでも、もう答えは分からない。仕方ないことだ。

《ルートを外れました。ルートを再設定します》

友人の手にあったスマホが鳴った。
私たちは道に迷っているが、この現代社会において、そうそう迷子になることはない。
ましてや私たちはちゃんとスマホを持っているし、ナビアプリだって使っているのだ。

だが、それでも迷っていた。
ナビアプリの指示を、聞かないからだ。
今のように、ずっと指示されたルートを外れ続けている。

だったらアプリの指示に従えと、誰もが思うだろう。
当事者でなければ、私だってそう言うに決まっている。

私たちは母校に向かって歩き出し、すぐにナビアプリを起動させた。
そして酒を片手に、思い出話に花を咲かせながら、歩き続けた。

《まもなく目的地です》

まだ大学までの半分にも至らず、アプリがそう告げた。
友人が目的地の入力を間違ったのだろう。
そう思い、私が母校の住所を調べて読み上げ、再度設定し直した。

《まもなく目的地です》

結果は変わらなかった。
もしかしたら、酔っ払っていたから気付かなっただけで、思った以上に早く着いてしまったのかもしれない。
そんな脳天気なことを考えていた。
だが、アプリの指し示す目的地が見えた時、そんな考えが一瞬で霧散した。

薄暗い街灯に照らされたそれは、雑木林に埋もれかかってはいたが、まちがいなく鳥居だった。
私も友人も、あの瞬間に、今日あれほど飲んでいたアルコールが一瞬で蒸発したかのように、冷静になった。

友人は何度も、ナビアプリに住所を入力し直した。
私が代わって入力することも、母校とは違う、最寄り駅の住所を入力することも試した。

だが、結果は同じだった。

どこを目指そうとしても、ナビはあの鳥居の先を指し示すだけ。

しばらくして、私たちは再び歩き出した。
ナビなどなくても大学に行けるはずだと、乾いた笑みを浮かべながら、無理矢理にお互いを納得させた。
事実、方角は概ね間違っていないはずだった。
だから鳥居に背を向けるようにして歩き出す。
そんな私たちに、ナビはずっと引き返すように指示を出し続けていた。

それから私たちは、こうしてずっと歩き続けている。
街灯は随分と前から無くなり、今では月と星の明かりだけを頼りに、隣に友人がいることと、足下を確かめながら進んでいる。
街灯だけではなく、しばらく前から信号も、自動販売機も、住居も見当たらない。
多分、今は茶畑の間を突っ切ってしまっている。
もしかしたら私有地かもしれないが、もうそんなことを気にしている余裕はなかった。
むしろ、私有地に入るな、と注意してくれる人に会いたいとさえ願いながら。
誰もいない、明かりもない茶畑を歩き続ける。

日本でこんな景色を見たことがなかった。
見渡す限りに、腰くらいの高さの茶の葉。そして一定の間隔を置いて、土の道が続いている。それ以外には、何もない。
地平線の先が見える。
モンゴルの大平原とか、アメリカのカントリーロードみたいだった。
家も街灯も、何もない。
私たちしかいないのだ。

あとは時折、ナビのアナウンスが響くだけ。
友人は、ナビを止めてくれなかった。
いや・・・・・・あるいは、ナビを止めたのに、鳴っていたのかもしれない。
もしかしたら、あの鳥居を越えるまで、この状態なのかもしれないという、恐ろしい考えが何度も頭をよぎる。
だけど、私にはそれを確かめる余裕も、今、振り返る勇気もなかった。

どれだけの時間が経ったのかは分からない。
もしかしたら、大した時間は経っていなかったのかもしれない。
私と友人はようやく、何時間かぶりのアスファルトの上に立つことができた。
そこはちょうど、私たちが目指していた母校の裏をはしる山道だった。

母校に着いたという感動よりも、まともな、普通の景色の中に帰ってこれたことが何より嬉しかった。
しかし、そんな喜びを口に出す余裕もなく。
私たちはそのまま駅へと向かい、始発が動き出すまでも静かなままだった。
友人とは、簡単な挨拶だけを交わして別れることとなった。

あれからしばらくして、あの時一緒だった友人の身の回りで不幸が立て続けに起きたと耳にした。
私はすぐに友人に連絡を取ったが、返事はなかった。
なんとなく、私はあの時の、ナビアプリのことを思い出している。

今になって考えれば、神社だからと怖がる必要は無かったのかもしれない。
もしかしたら、逆だったのかもしれない。
私たちはあの時、あのナビを恐れ、背を向けてしまった。
でも本当は、あのナビは警告だったのかもしれない。
このまま先に進むなと、私たちを止めようとしてくれていたのかもしれない。

それなのに、私たちは聞く耳を持たず、背を向けてしまった。
もしかしたら、それが原因で今友人の周りで不幸が起きているのでは・・・・・・。

いや、そうではなかった可能性もある。
今となっては、どちらの可能性だって考えることはできる。
考えても悔やんでも、もう答えは分からない。仕方ないことだ。

それでも。
もう一度、あの場所へ行けば。
その答えを知ることが、できるのかもしれない。

・・・・・・だけど。

私にはそれを確かめる余裕も、振り返る勇気も、今もまだないのだ。

終わり

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