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朗読劇脚本01_私たちのゴールデンウィーク

題:私たちのゴールデンウィーク



「明日から、またゴールデンウィークになればいいのに」

通路を挟んだ向かいの席にいる、会社員らしき男性のぼやき声が耳に入った。

ぼやきと言うには少々声量が大きすぎるかもしれない。

嫌でも聞こえてしまい、思わず私は視線は動かさずに、しかし意識はそちらに向いてしまう

とにかく。その男性は、過ぎ去ったゴールデンウィークへの未練を断ち切れないでいるらしい。

それか単に、机の上に広げている資料から逃げ出したいだけなのだろうか。

その男性の向かいには、もう一人男性が座っている。

先ほどのぼやきに適当な相づちを打ちつつも、休むことなく資料に目を通している。

こちらの男性は、もうスッパリとゴールデンウィークを過去のものとして、現実に目を向けている。

あまりにも対照的な態度がおかしくて、広角が上がってしまいそうになるのをどうにか堪えた。


平日の朝。

一般的には始業前にあたる時間帯。店内には、彼らと似たような人たちの姿が目立つ。

仕事前の一服か、彼らのように準備に追われている様子だ。

連休の浮き足だった雰囲気はもう感じられない。

「それか、もう夏期休暇が欲しい」

またもぼやいた同席者に対して、さすがにそれは早過ぎると、笑いながら返事をしている。

私も、確かにそれは気が早すぎるなと、心の中で相づちを打つ。

夏の休みが前倒しになってしまったら、きっとこの人は年末年始の休みまで心が持たないだろう。



またホテルバイキングを食べに行きたい。

遊園地で遊び倒したい。

デリバリーを頼んで、一日中家で映画を見ていたい。



恐らく、今年の思い出なのだろう。

男は明日からがまたゴールデンウィークだったらやりたいことを、延々とつぶやき続ける。

口に出すことで、文字通り黄金のように輝かしい一週間の日々を思い出しているのだろう。

やがて、

「どうして俺が働かなければいけないんだ」

と言いながら天を仰ぎ、そこでようやく止まった。

観念したように、机の上に広げた資料を手に取り、目を通し始めた。

彼のゴールデンウィークが、どうやら終わったようだ。



その後、向かいの席に居た二人の男性は黙々と仕事を進め、

あらかじめ予定を共有していたのだろう。時間が来たのか、二人は無言のまま資料を片付けはじめ、実にスムーズに席を立った。


会計を済ませ、元気よく「ありがとうございました。いってらっしゃいませ」と頭を下げる女性店員には目もくれず、足早に店を出て行く。


私は、店を出ようとする彼の背中に、心の中で激励を送ってあげようと思っていた。

だけど、今の一連を見て、それはやめた。

だからといって、悪態をつくようなこともしない。

偉そうに説教する気なんてない。

彼は彼、私は私だ。

どちらが正解ということもないのだから。



やがて、私はそろそろ出発の時間が迫ってきたので席を立った。

レジには、先ほどと同じ店員が立ってくれた。

会計をしてくれている店員に、私はゴールデンウィークウィーク中は忙しかったですか、と声を掛けた。

店員は慣れた手つきで、会計の手を止めることなく、ええ。連休中はいつも。正直大変でしたと、笑いながら答えてくれた。

もう店内に、忙しそうにしている人の姿はない。

朝のピークが去った安堵もあってか、店員さんも随分と砕けた様子で応対してくれるのが、少し嬉しかった。

いつもはしないことだが、

「あなたにも、連休はあるの?」

と聞いてみた。

すると店員は、接客以上の笑顔を浮かべた。

「ええ。明日からお休みを頂いているんです。久しぶり、実家に顔を出そうかと」

そう答えてくれた。

思わず私も笑顔に浮かべてしまった。

それは楽しみですね。では、私は一足先に失礼します。

私がそう答えると、一瞬店員はきょとんとした顔を作ったが、すぐに理解してくれた。

接客時に見せていたものよりもやわらかい、お客様ではなく、友人や仲間に向けるような笑顔を見せてくれた。


「お疲れ様でした」

「ええ、お疲れ様でした」



店員が頭を下げる。

私も、同じ角度で頭を下げる。

顔を上げ、踵を返して歩き出し、私は店を出た。


外に出て振り返ると、閉まったドア越しに、先ほどの店員が小さく手を振っているのが見えた。

私も、小さく手を振って返した。


キャリーケースを引きながら、歩き出す。


ホテルバイキングを食べに行ったり。

遊園地で遊び倒したり。

デリバリーを頼んで、一日中家で映画を見たり。

明日から、私だけのゴールデンウィークが始まる。


終わり。

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