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ホワイトデーに、合理的配慮について考える

バレンタインデーにチョコレートを貰った。受付の中にいる十人ほどの女性たち「みんなから」として貰った。
義理のチョコレートである。「いつもお土産いただいてるので、そのお礼に」と、念押しされたので間違いない。

確かに時々、旅行の土産に菓子折りなどを買って渡してはいた。ちなみに、職場で関わる他の女性たちからは、頂ける気配はなかった。

十一時十五分、小会議室。
孤独に資料をまとめている時、小腹が空いた。
ふと思い出して、先程貰ったチョコレートの箱を黒い紙袋から取り出す。
ピエールマルコリーニと書いてある。銀座にある高級ベルギーチョコレートの店だ。

十センチ四方ほどの正方形をした蓋を開ける。チョコレートの匂いがプンと鼻をくすぐる。色とりどりの、ハート型や四角形、丸、はたまた不定形な凸凹がある様々なチョコレートが、それぞれに合わせた形のプラスチックトレイに一つひとつ、ちょこんと収まっていた。なかなか可愛らしい。

赤いハートを一つ、口に入れた。美味しい。空腹だから、なおのこと美味しい。幸せ。
もうひとつ、ベージュの四角いのをつまみ上げ、ふと考えた。

さあどうしよう。小腹が空いてはいるが、もうすぐ人が来るし、その後は昼食の時間だ。今ここで全部食べてしまうのは、なんだか無駄な気もする。

指先にチョコレートが溶ける感触があった。慌ててトレイに戻す。四角いチョコレートなのに間違ってハート型のトレイに入れてしまい、ちゃんと収まらない。取り出して元の四角いトレイに収め、いったん蓋を閉じて、ティッシュで指先を拭った。

ドアがノックされ、ドアノブがガチャリと音を立てた。
慌ててチョコレートを書類の下にしまい、口を拭って立ち上がる。

「すみません先生、お忙しいところ。急に産業医相談の予約、すみませんでした」シュッとしたスーツの来客が、細い身体で恐縮しながらもずいずいと入ってくる。
「いえいえ課長、どうぞ。ささ、こちらへ」軽くお辞儀をして、斜め前の座席を勧めた。

話は、先だって病気で休職した部下の若い社員についてだった。

新卒で入社した社員。一ヶ月の研修期間の後は、技術職で二年、働いた。その後、営業に異動となってこの課長の下についたのだが、程なく、「抑うつ状態」という診断書が出され、休職となった。

「やらかす?」
「この人……いや、この社員ね、電話で相手の言うこと、ちゃんと覚えてないんです。で、おおポカやらかす。他に助けてもらうにも、ちゃんと取次すら出来んから、もういっぺん相手に最初ッから話してもらうしかない。二度手間三度手間で」

課長さんは、困った顔をしていた。
私も、困った顔をした。

「若い人は、電話に慣れてないですからね」
「いや、研修はしてますし、他の同じ年頃の子はちゃんとできてますし」

確かに仕事にならないのでは困る。本人も困っただろうし、周囲も困っているに違いない。

「前の部署ではどうだったんですか?」
「詳しくは分かりませんけどね、ちゃんとやってたみたいで。新人表彰もされて」
「電話も?」
「いや、電話はどうか、ちょっと分からんですね。あそこ、パソコンの部署だから、メールでやってんじゃないかなと」

おぼろげながら、これはやはり、もともとの得意不得意の問題じゃないかなあ、と思った。

「元気になってきたら、ご本人と相談して業務の進め方を考えてみると良いでしょうね」
「進め方、っていいますと」
「おそらく、今の業務の何かが、とても苦手なのでしょう」
「苦手なら、練習すれば……」
「そうですね。でも、練習してその状態なので、今度はやり方を変えてみましょう」
「やりかたを変える?」

 やりかたを変える。どう変えよう。

「耳で聴いた内容を頭の中でまとめる代わりに、メモのとり方を指導するとか」
「いや、メモしろ、って言ってはいるんですがね。何度言ってもちゃんと出来ないんですよ」
「じゃあ、何を確認すれば良いか列挙した、穴埋め問題みたいなメモ用紙を作ってもらったりが良いかもしれないですね」
「穴埋めメモですか。しかし、そこまでやらないかんのでしょうか。他の人らはそんな事しなくてもいいのに」
「そうしないと、また同じことになるかもしれないですよ」

課長はしばし考えていたが、わかりました、検討します、また相談させてください、と言って困った顔のまま去っていった。

そろそろ昼時だ。窓の外を見ると、今にも雨が降り出しそうだ。何となく、外に出るのが億劫になった。

チョコレートの箱を取り出した。先程食べかけた、ベージュの四角い一片をつまみ上げる。
ふと思って、また空いているハート型のトレイに入れてみた。
チョコレートが、入れたトレイの形に、合ってない。
いや、入れたトレイの形が、チョコレートに、合ってない。
人間は、溶かして形を変えることが出来ない。
 
ホワイトデーには、芦屋にあるアンリ・シャルパンティエの洋菓子詰め合わせを買った。
色んな形のフィナンシェが、一つの容器にガサガサっと入ったものを選んだ。

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