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ゲーム実況者・KUNの「50人クラフト」戦略をTVプロデューサー目線でガチ分析したら凄まじかった。

一際、異彩を放つゲーム実況者・KUNとは何者か?

 ヒカキン、兄者弟者、キヨ、TIE_Ru・・・様々な人気者が登場し、栄華を極めるゲーム実況界においてメディアがほとんど取り上げ無いが、圧倒的な人気を誇る異色のゲーム実況者がいます。その男の名前はKUNYouTubeチャンネル登録者数127万人(※2021/04/11時点)を誇るYouTuber、ゲーム実況者です。

 これまで投稿された全8,334本の動画の累計再生数は18億3486万6538回にも及びます。そのキャリアは長く、2013年まで遡ります。FPS「バトルフィールド4」のプロゲーマーとして活躍し、チームを初代アジア1位に導くなどの好成績を収めます。プロゲーマー引退後は、「PUBG」や「荒野行動」「フォートナイト」といったFPSで人気を集め、「APEX Legends」の大会である「CRカップ」ではMondo、はつめらと共に優勝を果たすほどの実力を誇っています。

KUNの代名詞とも言うべき大人気コンテンツ「50人クラフト」

 そんな彼を一躍有名にしたのが「マインクラフト」シリーズです。「マインクラフト」は自由気ままにサバイバル生活や建築を楽しむことができるマルチ冒険オンラインゲーム。しかし、単なるマインクラフトの実況動画ではなく<KUNキッズ>と呼ばれる自身の熱狂的なファンの中から50人を選抜し、そのメンバーで1つの巨大サーバーでの共同生活に挑戦したのが人気企画「50人クラフト」です。

 この50人クラフトの参加者は<参加勢>と呼ばれ、個性豊かな面々が揃っています。それも「不登校や引きこもり」「中卒ニート」「元声優の主婦」「虚言癖のある女子高生」「プログラミングが得意な学生」・・・と個性と呼ぶには強烈過ぎるバックグラウンドを背負っている人物ばかり。50人での共同生活は「巨大建築物を作ろう!」「海底神殿を豪華にしよう」「日本列島を再現しよう」といったテーマで進行していきます。しかし、予定調和な展開に進むわけもなく「建物をみんなで建築しよう」という企画では、一生懸命取り組む参加勢に対し、せっかく造った建物を爆発させようとする危険人物がいたり、サボって私利私欲をむさぼるものもいたり、仲間割れが発生したり、と必ず予測不可能な事件が巻き起こります。

 そんな彼らが織りなす筋書きのないドラマが人気を博した「50人クラフト」は数十万再生を叩き出す人気コンテンツとなっています。そして何より凄まじいのが、その投稿頻度です。通常、YouTubeの動画投稿は一定の頻度を保つことで再生数が向上すると言われています。例えば「毎週●曜日に1本投稿」「毎日夜8時に投稿」など。撮影・編集にかかる時間を考えると、毎日投稿を継続することのハードルが非常に高いと言われる中で、KUNの動画はなんと1日に6本にも及ぶ本数が投稿されています。これはYouTubeにおいても異常な投稿頻度と言えるでしょう。

 KUNが生み出した「50人クラフト」は単に再生数を稼ぐだけではなく、映像制作を生業とするテレビ局の立場から見つめてみても非常に学ぶべきところの多い、企画といって間違いありません。今回は、その秘密について番組制作の現状を踏まえながら分析してみます。

① 予測不能なドキュメンタリードラマとしての魅力

 テレビ番組は完全なシステム主義です。画面上で表現されるあらゆる出来事は台本で定められており、プロデューサー、ディレクター、脚本家ら複数名、時には数十人にも及ぶスタッフが事前に設計したシステムのもと展開されていきます。ある程度「ゴール」を定め、そこまで至る過程をアドリブで進める企画はありますが、「この人がこう言うだろうな」「このキャストはこうやって展開するだろうな」といった要素は逸脱し無いと言う前提の元、設計しているケースが多いです。

 一方「50人クラフト」は何が起こるかわかりません。番組の場合は共通の目的や演出があり、その実現のためには、出演者もシステムに組み込まれますが、「50人クラフト」参加勢は行動原理が異なります。「KUNさんに覚えられたい」「建築を頑張り貢献したい」という人物もいれば「悪目立ちしたい」「女性ユーザーにモテたい」など様々なモチベーションのもと、台本がない状態で動いているため、「何が起こるのだろう」「こいつは何をしでかすんだ?」とドキドキしながら見るドキュメンタリードラマとしての要素が強いのです。

 通常、ゲーム実況は「ゲームを楽しくプレーする」「上達する方法をレクチャーする」といったゲームそのもののファンが楽しむためのものですが、「50人クラフト」は必ずしもマインクラフトの真髄の楽しみ方を提供しておらず、そこで繰り広げられる人間ドラマが最大の見所となっています。YouTube内でケンカをした二人はその後、SNSでどういうやりとりをするのだろう?新人に対して古参の参加勢はどのように接触を図るのだろう?と、様々な見方で楽しむことができ、まるで、群像劇のようです。

 もちろん、群像劇で構成されるテレビ番組はたくさんありますし「オオカミくんには騙されない」や問題となった「テラスハウス」に代表されるリアリティショーの人気っぷりは周知の事実です。しかしながら、リアリティショーの出演者が普段何を考えていて、出演者同士がどのようにやりとりしているかは、ベールに包まれています。一方「50人クラフト」では、参加勢のTwitterや彼らのツイキャス配信などを通じて、参加勢同士がどのようなやりとりをしているのかが24時間発信され続けています。これはテレビ番組には不可能です。

 かつてスウェーデンのドラマ「SKAM」が話題となりました。人種問題や妊娠などセンセーショナルなテーマのもと展開される複雑な人間関係が見どころで、放送に至るまで毎日ドラマ役柄のままのSNSが更新され、登場人物が実在しているかのような斬新な楽しみ方を提供しました。

 人気アプリゲーム「A3!」では作中に登場するイケメン劇団員通しのやりとりが可視化できるコンテンツが提供されました。「LIME(ライム)」と言う架空のSNSアプリのやりとりが書き下ろされ、彼らの裏設定や人間関係が透けて見えると話題を呼びました。

 ですが、いずれもシナリオを書き下ろすための作者が必要で、それを形にするデザイナーやイラストレーター、監修するプロデューサーらの関与が欠かせ無いため、非常に手間がかかってしまいます。これに対し、「50人クラフト」参加勢のSNSは勝手に投稿され、コスト不要で掲載し続けることができる驚異的なコンテンツと言えるでしょう。

② テレビとは異なる制作費、コストパフォーマンス

 KUNコンテンツの強みとしてゲーム実況ならではのコストパフォーマンスが挙げられます。テレビの場合、30分のトーク番組を撮ろうとすると、1〜2時間ほど撮影するケースがほとんどです。それにリハーサルや機材セッティング、撤収作業などを考えると半日はかかってしまいます。

 さらに、

・美術セット
・カメラマンや撮影機材
・音声
・ヘアメイク
・スタイリスト
・スイッチャー
・TD
・フロアディレクター
・ディレクター
・スタジオ使用料

といった人的コストや機材コストがかかります。しかし、ゲーム実況に関しては、上記の準備は一切不要。実費としてかかっているのは、マインクラフトのサーバー代と編集費用程度でしょうか。さらに撮影も20〜30分ほどで8〜15分の動画を撮ることができるため、驚異的なスピードで撮影を終えることができます。ゲームの大会やスクリムにも出演しながら6本の新作動画投稿をキープするにはこの撮影スピードが欠かせ無いはずです。「APEX」の動画ではよほど凄いプレー動画でないと、再生数を稼ぐことができませんし、面白いネタ動画の撮影にはどうしても時間がかかってしまいます。KUNフォーマットの凄さと言えるでしょう。

 さらに出演費用が発生しないと言うことも強みの一つです。テレビ番組の場合は、当然「無償出演」はあり得ません。一方で「50人クラフト」は参加勢全員がKUNの大ファン。<無償で良いから出たい!>どころか<お金を払ってでも出演したい>参加勢がたくさんいます。50人のキャストを毎回稼働させようとしたら、一人あたり5万円の出演費だとしてもヘアメイクやスタイリング料を加味すると相当なコストとなります。

 もちろん、120万人以上のチャンネル登録者を誇るKUNの影響力は凄まじく、動画に出演した参加勢が自身もYouTubeチャンネルを立ち上げ、「この@あ(チャンネル登録者数6.3万人)」や「よしこちゃん(8万人)」のように「50人クラフト発」の人気配信者として新たなスターが誕生するケースもあります。

 無償出演で毎日撮影に参加したとしても120万人が視聴するコンテンツに出演することで得られる対価は非常に大きいです。さらにこういった人気参加勢が増えてくると彼ら・彼女らの新規ファンから新たにKUNコンテンツのファンになるような逆流現象も発生することとなります。通常、新たな世代のファンを獲得するにあたり、苦労をするケースが多いですが、「50人クラフト参加勢」の存在自体が間口を広げ、優良広告となっているのです。

③ 芸能事務所相手では不可能な出演リスクマネジメント

 個性豊かな参加勢が魅力の「50人クラフト」ですが、とても乱暴な言い方をすれば、出演しているのは芸能人でも人気YouTuberでもなければ、一般の素人です。それも「陰キャ」を自称し、積極的に人間関係を構築してこなかった人が初めてコミュニティに所属することで、様々なトラブルが発生するケースがあります。

 女性の参加勢に執拗に連絡を取る者や、自分のファンを囲い込もうとする者、さらには秘匿義務を守らず情報漏洩する者などなど・・・。通常、そういったトラブルを表に出すことはできません。しかしながら「50人クラフト」ではトラブルそのものをイベント化してしまいます。

 KUNが裁判長となり、トラブルの原因となった参加勢を配信中に呼び出し、取り調べ、裁判、さらには追放(BAN)までを全て垂れ流すことでトラブルすらもコンテンツ化させてしまうのです。これも「KUN」と言う絶対的な存在が参加勢にとっての「憲法」であり「神」であること、いつでもBANされてしまうことを承知で参加していること、さらには、その参加勢をBANしてもまた新たな参加希望者が大量に順番待ちしているため、出演者確保に困らない、という余裕がKUNにあることが理由です。

 テレビの場合はそうはいきません。「飲酒運転」や「薬物」などの犯罪行為については、即時アウトとなりますが、よほどの理由がない限りは出演を即打ち切ることはできません。仮に番組のリニューアルでキャストを変更する必要があったとしても遅くとも3ヶ月(1クール)前までには通達することが業界の暗黙のルールとなっています。次の仕事を受けやすくするためです。また、キャスト同士のトラブルは当然、表に出てきません。「共演NG」は存在しますが、番組内で公言し、裁判を開催するなんて不可能です。トラブルをも楽しむことができるKUNの懐の広さ(=商売人マインド)を窺い知ることができます。

 もちろん、一歩間違えれば炎上し、KUN自身に火の粉が降りかかる可能性すらあります。しかしながら、絶妙なバランス感覚でリスナーと世論の間に立ち、その時に一番<面白い(正しい/正しくないの2軸ではない)采配をし続けているKUNのディレクションセンス&キュレーションセンスによって成り立っています。

④ 「50人クラフト」そのものもリスクマネジメントされている

 ゲーム実況者として避けられ無い運命が「ゲームタイトルの衰退」です。栄枯盛衰はゲームでも例外はなく、かつては人気だった「PUBG」や「荒野行動」も再生数が取れなくなってきています。一本のゲームタイトルだけに注力することのリスクはゲーム実況者なら重々理解しているものの、焦って新たなタイトルに手を出すと、既存のファンが離れてしまう恐れもあり、バランスに苦慮するケースが多いです。ところが、「50人クラフト」はマインクラフトのゲーム性に依存しているのではなく、あくまでも参加勢を中心に展開されるドラマが人気であるため、仮にマインクラフトがサービスを終了したとしても、他のゲームに移行することができます。

 実際、参加勢らによる「APEX Legends」のカスタムカップが数万人規模の同時接続者数を記録するほどの話題を呼び、マインクラフト以外のコンテンツでも成立することを改めて証明しました。

 さらには「参加勢のリアルが透ける」シリーズと題し、参加勢の「ファッション」「食べているもの」「デスクトップ周りの写真」などを投稿しコンテストを開催することで、1本の動画として成立させています。これならネタが枯渇することがなく、無尽蔵に動画を生み出すことができるでしょう。

 テレビ局も一つのフォーマットに固執したあまり、飽きられた時に移行できず苦しむケースが散見されます。一時期のクイズブーム、おバカブーム、大食いブーム・・・などブームに依存してしまうと次が生み出しづらいのです。コンテンツの根底の魅力は何か、を問いかけ続ける必要があるでしょう。

テレビはKUNから何を学べば良いのか?

 テレビ業界の制作費削減や広告費の縮小が報道されるようになって久しいですが、それでもYouTubeに比べると莫大な制作費が投入されています。KUN自身も「俺は天才では無いから努力をしなければいけなかった」と動画で語っています。限られたリソースで成果を出すにはクリエイティブを追求し、新たなフォーマットを開発する必要があります。テレビ東京が制作費の少なさと引き換えに新たな企画に挑戦し続けて市民権を得たように、KUNもまた試行錯誤を繰り返しました。

 テレビの場合は「番組1本」を世に生み出すことだけを成果としていますが、そこに至る過程や製作陣の想い、アウトプットまでに秘められた人間ドラマなど、まだまだ有効活用できる要素がたくさんあります。「番組1本」を作る過程でコンテンツを複数開発したり新たな収益を生み出したり、さらには製作者が積極的に顔を出して発信することもできるはずです。

 どうしてもテレビの場合は「与えられた制作費を使い切る」発想になり、新しい収益獲得や事業化といった発想が苦手です。放送するだけで予算償却できてしまっており、番組制作部署に収益目標が課せられることは多く無いでしょう。

 さらに、テレビ製作者は「裏方が表に出るのは恥ずかしい」というマインドを持っている人が多いのですが、近年は、TBSの藤井健太郎氏(「水曜日のダウンタウン」)や元・テレビ東京の佐久間宣行氏(「ゴッドタン」「ウレロ☆シリーズ」)ら自ら発信する人物も増えてきました。KUNのように自らがオーガナイザーとなり、製作過程をユーザーと共有することは共感を生み、新たなファンの獲得につながるのでは無いでしょうか。果たして現在のテレビの製作者、特にプロデューサーは脳に汗をかいているか。事務所との調整や予算管理で仕事をした気分になり、クリエイティブなことにリソースを割くことができているか。自問自答させられます。

KUNがテレビと交わる時は来るのか?

 現状、その日は来ないでしょう。テレビ局側が「KUNに出てもらう」と画策したとしても、逆にKUN側が飲み込むでしょうか。

 テレビ番組にゲスト出演したとしても得られるギャランティは限られています。バラエティ番組なら数万円程度の謝礼をもらって終了です。収益面だけで考えると、拘束時間も長く、その時間帯に撮影できていたはずの動画をリリースすることができ無いため、むしろマイナスです。これは、KUNがもはや一人分の収益ではなく、編集者らの分も稼ぐ必要があり、テレビ出演に伴う謝礼では、編集者に分配することができないことが大きいです。

 そのため、単に「YouTuberを呼んで話題にしたい」「視聴率を稼ぎたい」という狙いの番組に出ることは考えにくいでしょう。あるとすれば、番組に出ることで自身のブランディングが強化されること、あるいは、YouTubeでは実現することができないような大規模なコンテンツ開発(予算投下できる)に製作側の一員として携わることができる、などの座組みでしょう。例えば「50人クラフトTHE MOVIE」などの大型企画や「KUNプロデュース」の大型リアリティショーや彼がMCを務めるトーク番組など・・・妄想は尽きません。

 今でこそテレビは「インタラクティブ」「コミュニケーション」という言葉が交わされるようになっているが、真のインタラクティブなコミュニケーションを設計してきたKUNがYouTubeではなく、活躍の場をテレビに移したら、果たしてどんなコンテンツを生み出すのか。それを想像すると不思議な期待感と高揚感に包まれるのは私だけでしょうか。

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筆者プロフィール
大原 康明(おおはら やすあき)
1989年11月1日生まれ。神奈川県出身。テレビ局勤務。
番組制作部門でドキュメンタリーや音楽番組、コント番組、ドラマなど数々の番組でプロデューサーを務める。現在は、新規コンテンツ開発、コミュニティ開発、イベント開発などを担当。気になる参加勢は「つぶ貝」。
Twitter:https://twitter.com/OharaSpeaking/

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