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2/3のフェラチオ発生件数について

2/3は全国的にフェラチオの発生件数が少ない。恵方巻きがフェラチオを連想させるからである。え、どこがって、言わずもがなだがあの棒状の形と、それを口から離さず無言で食べなくてはならないという制約が明らかにフェラチオ的である。フロイトの夢分析にも恵方巻きはフェラチオを意味すると書いてある。普段小食な女性でも2/3となると、あんなぶっとい、お米沢山入った、カロリーの高そうなものを目の色変えて頬張るが、それは家族や友人や恋人の前で普段絶対できないフェラチオ様のことを堂々と披露できる口実を得るからである。女は例外なく全員、そのことに自覚的であるかは別として、自分がフェラチオしている姿を人に見てほしいと思っている。だから女は恵方巻きが好きなのである。2/3にフェラチオの発生件数が少ないのは、恵方巻きを食べ終えるとなんだかフェラチオし終えたような気分になり、お腹もいっぱいだしぐっすり眠っちゃう女が多いからである。男はそういう都合で2/3はフェラチオされずに終わり、2/4からはまたフェラチオされ始めるのである。

これだけで十分説得力のある記事が完成したのでもう書くのをやめてもいいのだが、なんだか下の方にまだまだ余白があるので一応補足を書いておく。そもそも恵方巻きを食べる時のルールはどう考えても女が作ったものである。喋ってはいけないとか、口を離してはいけないとか、普段フェラチオをしない男からこういう被虐性愛的な発想は生まれ得ない。あくまでフェラチオ”させられる側”の視点から作られたルールだということがわかる。もう、イラマチオのそれである。どんだけエロいんだよ。

恵方巻きの起源は春秋戦国時代だとする説が濃厚だが、それまで女達は人前で堂々とフェラチオ様のことをする機会が無かった。(あたりまえである)となると陰でこそこそ本物のフェラチオするしかなく、その分フェラチオ技術は向上した。一説によると春秋戦国時代から秦にかけての百年間が女性のフェラチオ技術が最も高い時代だったと言われており「口淫矢のごとし」とはこの頃生まれた言葉であるとされている。これは一見喜ばしいことだが、子孫繁栄を望む武士達からすると諸刃の剣であった。聡明な読者諸君ならもうお分かりかと思うが、挿入前にフェラチオで果たされてしまい精子を無駄使いする武士が急増したのである。ときの皇帝は国力に関わるこの問題を危険視し、年に一度チンコ様の(それも実際より遥かに巨大で食べ応えのある)ものを皆で食べ=フェラチオ様のことをする機会を設けた。めでたく恵方巻きの誕生である。

当然女達はこれを喜んで受け入れた。練磨された技を披露する機会と捉える者は多く、七寸程も高さがある恵方巻きをうわばみ様に口を拡げて丸呑みする者、舌を器用に使い中の具だけを抜き取ってしまう者などなど。男達は最初その姿にぞっとするものを覚えたが、そうした怪物じみた萎える芸当は次第に淘汰されていき、長い年月を経て、隋の時代にはほぼ今日のそれと差のない文化が出来上がっていた。奈良国立文化博物館によると遣隋使がこれを日本へ持ち込んだのは610年頃だとされている。

大和撫子という言葉が示すように、日本の女性はしとやかさが美徳である。当然フェラチオの最中もそのしとやかさを忘れない。きめ細かな気遣いと流麗な技術。しかしそれらを支える土台は他ならぬ献身性であることを当時から日本人女性達は心得ていた。

恵方巻きが擬似フェラチオであると知らされた推古天皇は、三度恥じらいの断りを入れたあと、隋の使者達の前で実際にそれを食してみせたという。一度も口を離さず。一声も発さず。それはウンコしたケツを手で拭く大陸人には到底理解できない繊細さであり、気遣いであり、献身性であった。使者達はちょうど恵方巻きを食べる時の様にポカーンと口を開けてそれを見ていたが、帰り際「俺らにはよくわからんかった」「もっとねぶりまわしてほしかった」「言葉責め様のことは必須かと思った」と、大体こんなことを中国語らしく難しい漢字がいっぱいの文で感想を残していった。

そう、お気付きの方も多いかと思うが、恵方巻きを食べるときのあのルールは日本人女性が、それも推古天皇が作ったものなのである。じゃあ他の国ではベラベラ喋りながら食うのかよというと実際そうである。おとなり中国や韓国では恵方巻きを食べながらベラベラ喋るし、北朝鮮の女性は食べながら国家を歌うとも、恵方ではなく将軍様の肖像画の方を向いて食うとも言われている。つーことはホントのそういうことしているときもそういうことなのである。やっぱり日本人が一番いいのである。

ものを書くには冷め切った心が必要である。サイコパスとかそういう陳腐なものじゃなくて、嬉しいも悲しいも気持ち良いも殺したいも、すべての感情をずっと遠いところから見下ろせる心。自覚に自覚的になることに躊躇のない心。そういう心から生み出された嘘のない文章(どの口がいう(笑))こそが人の心に響くのである。自分の親だろうと子供だろうと、それを喰っちまえると、少なくとも心の中だけではそう思える冷たさがないと面白い文章なんて書けないのである。

だからこの話も仕方なく書いたのである。文章修行の一貫なのである。でもほんとに、恵方巻きってちょっとエロいよね。だからこの文章は大方当たっていると思う。ただちょっと思ったのが、恵方巻きがフェラを連想させるなら2/3のフェラの発生件数は逆にめちゃくちゃ多い気がする。そう、この問題は多いか少ないか、そのどちらかなのである。普通ということは絶対にない。多いか少ないか。そのどちらかなのである。

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