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MONOの話 #4 『美容室のバリカン』

こんにちは。お昼の春菊です。連載テーマは「物(モノ)」です。毎月、1つの物について書いています。ところで、こんな有名雑誌に載してもらってるのに今の所、私の元には一切反響が届いてません。逆に聞きますけど皆さんのところはどうですか?間違って私への反響、届いてたりしないですか?私が留守中の時で、一旦みなさんの方で預かってくれてたりしませんか?

さて、第4回のテーマの「モノ」ですが、今回は…

「美容室のバリカン」の話。


オシャレにこだわりを持てない男性が考える「理想の美容室」は ”とにかく近場” で ”いつもの感じで”で済む所だったりします。


私にとっても美容室はやっぱりストレスの多い場所で、新規の店に飛び込みで入ろうものなら、思いのほかビカビカの店内装飾にストレスを感じたり、ガラス張りの壁に向かされて歩行者と目を合わさされてストレスを感じたり、かなり早い段階で「おや、なんかタメ口に切り替えようとしてますか?」というせめぎ合いでストレスを感じたり、

「毛先、少し遊ばせます?」と人の毛先をドッグランに来た犬みたいに聞かれ、毛先ってそもそも遊ぶものなのか?とメデューサのようなものを考えてたら眠くなって、意識を失ってるうちに青りんご臭のワックスが塗られててストレスを感じたり、

とにかく「美容室に求める事=ストレスが少ない」となり、店選びも髪型も「いつもの」ばっかりになったりします。



とかを思う一方で、私は突発的に相反する行動も取る事があり、急に知らない街の通りがかりの知らない美容室に飛び込みで入るのも結構やります。

それは「自分に合う最高の美容室を探して」というような美への探究心からくるものではなく、自分の髪型にこだわりもなければ向上心もなく、美容師さんには悪いのですが、つまりどうでもいいので投げ遣りに店に入れるのです。

考えてる事は「別に耳を切られなければいいかな」くらいのもので、例えば仮にこちらから細かくオーダーで「全体に少し丸みを持たせてサイドと後ろは短く刈り上げる感じに。前は横に少し流して長さを切り分けてアンバランスに。トップは立たない程度に長さを持たせる感じでお願いします。」

と伝えて、ウトウトして起きて丸坊主になってても「ごめん、失敗しちゃいました」と言われれば「お、おう」で済ませられるくらい髪型にはマジで無頓着です。

たまに飛び込みで美容室に行く事で自分に負荷をかけてみるという、無意識のストレス耐性訓練のような行為なんだと思います。美容師さんとも交流をするわけでもなく「そうですね」「はい」「お願いします」の3つだけを駆使してそのまま帰り、そしてそのまま2度と行く事がないのです。




そんな感じで長らく店々を転々とし、”流浪のご新規カット&シャンプー男”として彷徨い歩いた私なのですが、5年前から1つの店に定着しました。敢えて要らないのに言い直すなら 「ご新規カット&シャンプー寅さんが旅をやめた」。恋する店が出来たのです。


その店は小洒落たおじさんが1人でやってる2〜3坪くらいのこじんまりしたお店で、最初はこれまでと同じように飛び込みで入ったのですが、髪型に頓着しない私が見ても「あら、いいじゃない」とわかるくらい、まず切るのが上手いです。

美容室に行っていつも思う事で、大抵、最後にワックスとかでポテンシャルの100点の状態に仕上げられるんですが、こちらのライフスタイル的にその100点の状態にすることなど次に切る時まで1度も訪れません。寝癖のまま平気でコンビニに行くんですし。

それを察してなのか、「何もつけない普段の状態でセットが簡単にできるような仕上げにしました。」とかこのお店は言うのです。わかってるじゃないの。いいじゃないの。そして何より終わるまでのタイムが早いです。いいじゃないの、わかってるじゃないの。と言って雑でもなく「あなたの後ろのこの毛はこの向きで毛質がこうなのでこの処理にして、毛が寝ないように長さを3種類くらいに切り分けて云々…」と思わず聞き流しちゃうくらい、技術の細かさと仕事へのこだわりもあるのです。いいじゃないの。



ただし、はじめに書かせてもらった通り、私は高い技術を求めて来ているわけではないのです。行けるものならパリに行ってぜひビダルサスーンに切ってもらいたいと心から思わない人間です。

この店のお気に入りポイントは他にありまして、その高い技術と見合わない、お世辞にも接客技術が高くないのが良いです。無愛想だとか、店のシステムがどうとかそういうセンシティブな部分ではなく、もっとわかりやすく初歩的な、こちらが心配になる可愛いミスのオンパレードの接客です。

すみません。ちょっと今から色々挙げますけど決して失敗をあげつらいたいのではなく、”技術と接客のプラマイちょっとプラ”さ加減が、実にストレスフリーだ、という面をご紹介したいのです。




おじさんは人柄も当たりも柔らかく何ならオネエぽくもあり、なんか「ありがとう」とかを言い過ぎちゃうタイプの接客苦手な人、という表現だとイメージして頂きやすいでしょうか。

まず店が程よく散らかっています。けして汚いと言うわけではなく散らかっていて、よく見ると床に何かのスプレーが転がってたり、多分「立っている美容師さんには見えない角度だけど、椅子に座る客だけが発見できる角度と場所」の絶妙な棚の下にあったりします。この行き届かなさはパリのサスーンのしつけが厳しく微細な落ち着かないサロンなら見れない豊かさです。

ドライヤーのコンセントまでも絶妙に位置が遠く、差してこちらに歩いてくる途中で足に引っ掛けて抜いちゃって「あっ」とか言います。

珍しくこちらが「今日はワックスつけてください」と言おうものなら、左の棚を探し、右の棚を探したあともう1度左の棚を探したり、基本的に世界一ワックスが使われるだろう場所・美容室で拝める光景ではない光景が見れます。山の上の雲海が見れるのとどっこいくらいレアです。

仕上げで使うバリカンもなんだか電池が弱く、でももしかして「おじさんの初めての給料で買った思い出のバリカン」を長く使ってるとかだったら指摘するのもアレだし、もしそうじゃなくてもどちらにしろ嫌味になっちゃうのでそこは言うこともなく、いつ行っても毎回ずっと弱いです。

内装コンセプト的に海辺の小屋風で可愛いのですが、カットが終わりシャンプーもしてもらい、マッサージを受けながら雑談するくらいの時に思い出したようにさざ波とウクレレの店内BGMのスイッチを押しに行ったりします。あくまで言いますがカットの腕がすこぶるいいです。

領収書をくださいと言えば割とくしゃくしゃのが出てくるし、雨の日に自転車で行った時には帰り際、わざわざ店の外に出てきてくれて店のタオルで濡れたサドルを拭いてくれて「ありがとうございます」と思って、パッと見るとサドルが毛だらけになっていたり、

ある日はおじさんが「近くにオススメの店がある」と話し始め「この間、◯駅の最寄りで美味しいフレンチのお店に行ってきて、すごく値段もお手頃でオススメですよ」と楽しそうに話すので「へー、そうなんですか?今度行ってみよう」と1年前に私が薦めた店の話でリフレインで盛り上がったり。きっとまた1年後にまた同じ店を薦められると思うけど、その時もまた別に指摘する事はないと思うし、また同じように「へー」と言うと思うし。




すみません、私の性格が悪いばかりにちょっと結局失敗をあげつらってしまいました。本当にそこが言いたいポイントではないんです。

何が言いたかったかといいますと、なんか人はサービスに対してより完璧さを求めますし、サービスする方もそれが美徳とされますし、それはまあそうなんですけど、だけどそれは実は概念みたいなもので、

実際はオシャレなBGMより、淀みないトークより、電池の弱いバリカンの音を聞いている方が、なんだか本来の暮らしにちょうど良いもののような気がしないでもないような…というような事をちょっとだけ思った、

今回は「美容室のバリカン」のお話でした。


※この原稿は、万が一、マガジンハウス編集部から雑誌『POPEYE』への連載依頼が来たら提出しようと思ってたけど、来なかったから書いてどこにも出してないやつを載せたものです。趣味です。全6回分あります。

※この原稿は2014年3月号〜11月号に掲載用に
自主的に書いたものに大幅に加筆修正したものです。

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