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病床でよぎる、母の教え

それはまさに、寝耳に水、青天霹靂な一言だった。

「コロナ陽性ですね」

「えっ?」

軽い喉の痛みを感じたのは、昨日の朝起きた瞬間のこと。
けれどたいした痛みではなかったため、風邪の引き始めかななどと軽く考え、葛根湯を飲んでいつも通り出勤したのだ。

***

これは風邪だな、と確信したのは昼過ぎのことだった。
喉の痛みが朝より増しており、腰や膝の裏など関節の痛みも出てきたからだ。

最近インフルも流行ってるし、熱っぽさはないけど念のため病院に行っておこうかな。

そんなノリで受診し、検査した結果が冒頭の一言だ。

———コロナの喉の痛みって、水分を摂るのも辛いレベルだと思っていたけど、こんな軽い痛みで済むものなんだろうか。
熱も出ると聞くけど、測ってもらった体温は平熱だったし。
喉の中を見せた時に「これから熱が出るかも」とは言われたけど、全然熱っぽくないし悪寒もない。

そんな疑問が顔に出ていたのか、先生が「最近の変異株って軽症なんですよ」と教えてくださった。

「ただ、この後喉のイガイガした痛みが出たり、後遺症として咳が長引いたりするかもしれないので、そういった後遺症が出にくいお薬を出しますね」

こうして、自分はコロナ患者なのだという実感が持てないまま病院を後にし、薬局で薬を受け取った。

———この後、とんでもなく地獄を見ることになるとは露ほども思わずに。

***

帰り道、熱が出るかもと言われてはいるし一応スポドリと熱さまシートだけ買おうか、と思い立ってドラッグストアに寄った。

薬局にいた頃まではほぼ問題なかった体調は、帰りの満員電車の中で一気に悪化していた。
それでもやはり熱っぽさはなく、喉の痛みや倦怠感を押さえてダントツで腰の痛みがひどいのが不思議だった。

———熱が出るかもしれないという予感がしたのは、帰宅してからだった。
飼い猫のお世話をしたり夜ごはんを食べたりしているうち、身体がゾクゾクしてきたのだ。

スポドリと熱さまシート、買っておいて正解だったかも。
そんな風に思いながら布団を敷き、枕元に買ってきたそれらや体温計など必要そうなものを並べて消灯した。

***

布団に横たわった瞬間、先生の仰った通りになったと感じた。
急激に倦怠感に襲われ、寝返りを打つのも大変なほどになってしまったのだ。

きっとこれから熱が上がっていくのだろう。
そう覚悟したその時、ふと看護師の母に言われた言葉を思い出した。

———熱が出ると脱水症状を起こしやすいから、水分をこまめに摂りなさい。
一気にたくさん飲むんじゃなくて、一口ずつ、少量ね。

どうにか頑張れば身体を動かすことができる今、少し摂っておいた方がいいのかもしれない。
そう考え、上半身を少しだけ起こして2ℓの重いペットボトルを自分の方に傾けると、一口だけ口に含んだ。

その後は言うまでもなく熱が上がっていき、ひどい時には39度台にまでなった。
倦怠感や悪寒、身体の震えや頭痛がとてもひどく、全く眠れそうにない。

こんな状態でずっと、朝になってまた薬が飲めるまで耐え続けるしかないのだろうか。
少しでも症状を和らげる方法は他にないのか。

そんな風に考えていたその時、再び母に言われた言葉が頭をよぎった。

———熱が出たり熱中症になったりした時は、首筋や腋の下を冷やすの。
そうすると体温を早く下げることができるから。

そうだ、熱さまシートを首筋に貼ってみよう。
そうして再び横になると、身体の熱がなんとなく引いていくのを感じた。

実家にいた頃、わたしが熱を出すと、母は優しく寄り添ってくれるどころかいつも嫌そうな顔をした。
身体が辛くて夜中に寝室の前で声をかけると、毎度怒られたものだ。

そんな母の助言に、ひとりで寝込んでいる今、救われている。
とても不思議で、なんとも言えない気持ちになった。

***

そうして、ぬるくなった熱さまシートを貼り替えたり水分を摂ったりしながら夜を過ごし、朝方少しだけ熱が上がったものの、今ではほぼ平熱と変わらないくらいの体温に戻った。
頭痛と倦怠感は多少残っているけれど、夜中の地獄を思えば遥かに楽だ。

———母の助言があっても十分に過酷な夜だったけれど、それらがなければもっと辛かったかもしれない。

去年、親子仲をさらに悪化させるかなり大きな出来事があってから母への連絡を完全に絶ってはいるけれど、心の中でそっと母にお礼を言った。

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