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岩井俊二監督の初期の名作『PiCNiC』の撮影にエキストラで参加した、あの暑い暑い夏の思い出のハナシ・2日目

今年1月9日に本noteに上げた「岩井俊二監督の初期の名作『PiCNiC』の撮影にエキストラ出演した思い出」話。当時3日間参加したということで、2日目編もすぐに書こうと思ったのだが、延び延びになってしまった。

グラドル関連の原稿を優先したためというのが一番の理由のはずだが、うーん、どうだろ。そうでもないか。参加初日編を書いて、もう書き尽くしたように思えたから? か。

正直、初日の撮影はだいぶ記憶に残っているのだが(そう言いつつ、午後から夕方のそれがほぼほぼ抜け落ちている)、2日目と3日目はそれほど鮮明じゃない。いや、最終日の3日目はまだわりかし頭に残っているような。

2日目は2か所に行って撮影した。昼間と夜。昼間は世田谷のどこか某所。夜は四谷のどこか某所(四谷三丁目駅の近く?)。初日の錦糸町は、なんとなくあのあたりだろうと、いまでも行けそうだが、2日目の世田谷と四谷はまったくどのへんだったかわからない。

そういう意味もあって、書く意欲が湧かなかったといえる……かもしれない(重ね重ね我ながら煮えきらない)。

昼間の撮影は、例の檻に面した廊下をCharaや伊藤かずえらが歩くシーン。患者役の自分らは、呻き声を上げながら檻から手を出したり、不気味な表情をしたりする芝居(大げさ)。あんな檻のある建物って、どこだったんだろう。急ごしらえのセットにしては、作りは頑丈だったような。

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患者役で選ばれたのは、へら(ちょんぺ)さん、友人のN氏(当時・役者、現・映画監督)、自分ら5、6人の男だったはず。そこでは自分なりにカメラに映るよう変な表情して、よだれも垂らしてがんばった。80年代の大映ドラマでよく見てた伊藤かずえを間近に見て、ちょっとテンション上がったような、そうでもなかったような(曖昧)。

ただし結果的に、そのシーンは大幅にカットされたように思われる。実際の本編ではけっこうあっさり終わったはず。のちに誰かから「日本版はいろいろ事情あってカット、外国向け版は長めに尺が使われたらしい」と聞いた気がするが、どうなのか。外国向けバージョンなんてあった(ある)のか。

昼間の撮影は、確か午後2時頃には終わった。へらさんらと「夜までどうする? 一回家に帰るのはさすがに面倒だなあ」などと話し、結局、世田谷区内の屋外のプールに行った。初日ほどではないにせよ、その日も暑かった。自分は泳げないので、彼らの泳ぎを見ていただけだが、それでも気分転換になり、涼んだ気持ちになった……んじゃなかったか。

四谷への移動は夜8時ぐらいだったか。なにで移動したのか(電車か地下鉄なんだろうが)、夕飯はどうしたか、あらためてどこかで時間を潰したか、まるで憶えてない。

四谷の現場で、知り合いの吉本(当時)の芸人2人と合流(2人もエキストラバイトが目的)したような記憶もあるが、まったく別の機会だったかもしれない。

四谷の撮影は、この階段の移動の場面。

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使った建物は古い洋館? まあ、画面見れば、そういうことなんだろう。撮影は極めてスムーズに行って終わった気がする。

この日は特に監督との接触はなく……(先述の檻の撮影も、特に難しい指示があるわけでなく、また、特に誉められもせず)。先に書くが、最終の3日目もなにも接点はなし。こういう平坦な流れゆえ、我が記憶も不鮮明ということかもしれない。

撮影後、どういう行動をしたんだったか。初日のように美味いジンギスカンを食べてないことは確かなのだった(笑)。


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