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純粋に前を向いて歩き出す人間は、どんな世界にあっても美しい。

この間読んだフランシス・ハーディングの「呪いを解く者」が面白かったので、彼女がその作品の前に書いた「嘘の木」も読んでみた。

「嘘の木」は「呪いを解く者」よりもファンタジー性は強くなく、時代は一昔前の設定。男性がとても強くて女性は従順なことが美徳とされている世界のお話。

主人公の少女フェイスは、有名な考古学者の父を持ち、可愛い弟と美しい母と一緒に暮らしている。

父親の事を尊敬しているというか、崇めているくらいの気持ちを持っているフェイスは、父親の仕事である考古学にも幼い頃から興味を持ち、そんな時代にあってもこっそりと勉強を続けている。

父親も初めはフェイスの好きにさせているけれど、やはり年頃になってくると、フェイスが女の子であるという理由だけで、学問に傾倒することをよしとしない。

が、彼女は賢い。
賢い女性は必要以上に疎まれる世界。
学者になるなんてとんでもないことで、家に集まるその道の有識者の男性と同じ部屋にいることも、ましてやその世界の知識に関して話すことも許されない。

すごい世界だ。

面白い表現があって「男の方が頭がいいから頭蓋骨がでかい」という説。
女には頭の中身の良し悪しは関係ないから、頭蓋骨が小さいらしい。なるほど。
それを真剣に研究している学者がいるのがこれまた滑稽で笑える。

ところでタイトルの「嘘の木」
その木は本当に存在していて、フェイスの父親が隠している。

ある日、崖から落ちて木に引っかかって死んでいる父親を発見する。
自殺は御法度の世界でもあるから、母親はそれを事故だと取り繕う嘘をつく。

でも、フェイスはそれまでの父親の行動から自殺するはずはなく、誰かに殺されたんだと推察する。
父親が死んでしまった後の「嘘の木」は、フェイスの機転によってその木を狙う人たちから守られることになる。

「嘘の木」の栄養は名前の通り「嘘」
「嘘」を栄養に育ち、実をつける。
そしてその実を食べた者は「嘘の木」に与えた嘘にちなんだ秘密を教えてもらえる。

フェイスの父親が大嘘をついてなおかつ自分の名声までもを投げ打って知りたかった秘密とはなんなのか、フェイスの父親は本当に自殺したのか。

もちろんフェイスの知りたい真実は、父親の死の真実。
だから「嘘の木」にそれにちなんだ嘘を与え続ける。
フェイスはその嘘をもとに実った果実を口にして、徐々に真実に近づいていく。

父親がついた大嘘のせいで、一家は小さな島に引っ越すことになる。
スキャンダルから父親と家族を守るためだと、うだつの上がらない学者である親戚のおじさんに強く言われて移ってくるのだが、なぜその島なのか、なぜ都合よくその島で発掘調査が行われているのか、なぜそこに父親が招かれるようになったのか、そこまでいくと、そう、初めから計画されていた事でまず間違いない。

父親は人間の壮大な神秘を知りたかった。
自分のためだけではなく、目の前で牧師と科学者が喧嘩腰で熱く意見を交わすあの問題。

果たして人間は神の創造物なのか、それともちっちゃなものから進化して今の人間ができたのか。

父親はやはりフェイスの思った通り殺されていて、殺された理由も突き止める。
けれど壮大なる謎に対する答えは書かれていない。

この書き手は隙がない。
子供を主人公にして話に優しく導入していくのに、周りにある不条理な大人の世界も見事に書き出すし、宗教と化学、男女間にある格差、他人を偏見で決めつける世間、富と貧困、嘘のように見える真実と、真実のように見える嘘。

嘘のきっかけを与えたらそれが小さなものでも、あっという間に大きく広がって、一度広まった嘘は間違いを正そうとしてもそうはいかない。
後から証拠を示していくらそれは嘘なんだと説明しても、人は嘘を信じたがる。
信じることをやめない。

この本も面白かった。
入りやすい話から始まって、意外に奥深い話題をさらっと絡めてきて、読み終わったら考えさせれれる事ばかりだ。

喧嘩ばかりしてたけど、フェイスの頑張りに協力してくれたポールという男の子がいる。父親の仕事を手伝って死体の写真を撮っている。
映画「アザーズ」でもあったように、昔は死体の写真を記録や記念に撮っていた。

フェイスはポールに「私は考古学者になる」という。
ポールは「色んなところに行って写したいものを写すカメラマンになる。そんなものを写す方法もいろいろ考えて試したりしてるんだ」と言う。
そしてそこで別れて物語は終わる。

女が考古学者になるなんてとんでもないと言われてる世界、カメラは記録用で今のような使い方をするカメラマンなんていない世界。

踏み出す一歩はいつも小さいのかもしれないけれど、その一歩がなければ次の世界はないんだと、2人を応援したくなる。

純粋に前を向いて歩き出す人間は、どんな世界にあっても美しいと。


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