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約束の時間を守らない人って苦手。守れない約束ならするなって子供の頃言われなかったのかな。

今朝もそうだったんだけど、鳴ってもないピンポンで起きてしまう時がある。
それも確かに聞こえた気がして、ベットから出てイヤホンに向かって「はい」と言ってから、玄関まで行って確かめたりする。

こんな時間に誰も来ないし、荷物も届くはずないのに。
そういう時は夢でも見てるんだろうか。
でもはっきり覚醒してるし、本当にピンポンって聞こえてるんだよね。
まさか隣の部屋や下の階の部屋のピンポンが聞こえるはずもないし、何やってんだろ。

今日はすこぶる天気がいい。
けれど、ちょっとやらなきゃいけない事があるから、散歩は無理なのかなあ。
まだ最初に入れたフィルムも撮り切ってないのに。

やることがあるとそれに気を取られて、なんだか時間が縛られてる感じがして嫌だ。終わるまで落ち着かない。

郵便屋さんに集荷を頼んだ。
ここらへんを回っている郵便屋さんは、集荷時間を守らない。
といっても、いつも早くくる。
遅れるわけではないからいいじゃないかとも思うだろうけれど、早かろうが遅かろうが約束の時間じゃないのはおんなじこと。

それも、1日のうち2時間、何時から何時までってとってあるのに、なぜそれが守れないんだろう。この2時間は私にとってはとても落ち着かない苦手な時間でもあるのに。

そしてみんなドアを開けた私に同じことを言う。
「10分くらい早くついてしまいましたけど、良かったですか?」
でも実際には20分早く着いてる。

家にいて、玄関のドアを開けて会話を交わしてから、
「じゃあ、20分後に出直してきて、その時間に約束しているんだから」
って、言える?
言える人いるのかな。

私はその約束した時間を目標にして、作業をしている。
そのおかげで、その時間までに終わらせたくて集中してやってた作業を中断して、イライラしながら玄関に向かわなくてはいけない。
そして、そんな風に突然中断させられた後、それまでと同じペースや気持ちで再開できるかっていったら、それもそんなに簡単じゃない。

この間見たXで
「人が自分のために使ってくれた時間は、その人の命であることを忘れてはいけない」と書いてあった。
大袈裟だなあとも思ったけれど、突き詰めるとそういう事になるってことも、本当のことのようにも思える。

「もしも、時間があったら相談にのってもらっていい?」
別に友達とか、それこそお父さんだったら命を削って協力しよう。
でも、仕事関係のこれはもうやめようと思う。
だって、その人は時間があったら自分の好きなことをするんだから。

それとも、協力してあげてもいいよって時は、上のXの文章をメールの最初につけてから、それでも「もしも、時間があったら・・・」って言えるかどうか聞いてみてからでもいいかな。

もしも時間があったら、本を読みます。映画を見ます。ドラマを見ます。写真を撮りに出かけます。お菓子を作ります。ピアノを弾きます。部屋を片付けます。アッティカの水替えします。キッチンを磨きます。本棚の整理をします。お父さんと買い物に行きます。旅行に行きます。何もしないでぼーっとします。

時間は誰にでも平等に与えられているらしいから、私の分は私の分だ。

そう、ちょっと機嫌が悪くなってしまいました。
そんなことがあってもいいよね。

でも、明日は映画を見に行くから、お風呂に入ったら全部忘れて楽しい気分になろうと思う。
そしてApple TVの見始めたドラマの続きを見よう。
それは2話くらいで我慢して、終わったら読み始めた本を読もう。
今日はココアを飲みながらにしよう。クッキーも食べちゃおう。

その時間も私の大切な時間だから。
機嫌悪くしてるなんて、もったいなさすぎだもん。


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