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仕事も山登りも自分の足で(1)

入社当時、事業部長は、新しいビジネスを立ち上げ責任者として皆をひっぱっていた40過ぎのAさんだった。仕事はもちろん、自分にも厳しく律する人だった。リタイアされたあと、山登りでもどうかとお誘いしたところ参加するという。

会社の仲間との飲み話で、ひょんなことから富士山に登ったのが30年ほど前、それをきっかけに年1,2回、アルプスをメインに夏山に行くのが恒例になっていた。

「素人でも登れるんかい?」
「靴と雨具とリュックを買ってください」
「あとは?」
「リストはありますが、少なめに。足りなければ誰か持ってますから」

御嶽山がその年に選ばれた山だった。もちろん大噴火のかなり前のこと、だから記録も記憶もうすれている。若い連中は先へ先へと登っていくが年配者はゆっくり、相応のペース。初めてのAさんには屈強の若者をひとり後ろにつけて登った。

頂上手前の急登、「しんどい」「疲れた」「ちょっと休ませて」などと泣きが入る中、やっとたどり着いて岩に腰かけて大休止。
じっと耐えていたのがAさん。一言もしゃべらない。
「大丈夫ですか?」
「ああ」

「山登りはいいなあ」
「そうですか」
「ゆっくりでも自分の足で歩いてれば、頂上にたどり着いたよ」

これまでの仕事と重なるのだという。一歩一歩休まずに前にさえ進んでいればそのうちにたどり着く、この達成感。他人の力を借りずとも自分でなんとかできるのがさらにいいのだという。人前で弱音は吐かない、自分にも厳しいAさんらしい姿が今でも目にやきついています。